はじめは連載ではなく、読み切りを目指していた
—— いよいよ単行本が発売される『ケシゴムライフ』ですが、この作品が初めて世に出たのは2011年の週刊モーニングでの短期連載ですよね。どのような経緯で、掲載されたのでしょうか。
羽賀翔一(以下、羽賀) はじめは連載を目指すのではなく、読み切りを書いてみようとしていました。講談社の賞にマンガを投稿した後、佐渡島さんが担当についてくれたので、アドバイスを受けながら読み切り用のネームをつくっていたんです。
—— 投稿したマンガとは違うのですね。
羽賀 はい。投稿したマンガは「インチキくん」という話でした。今回の『ケシゴムライフ』には収録されていないですね。そもそもネームをつくりだしたころは、「分度器サンライズ」というタイトルで、現在の「ケシゴムライフ」とは違う話でした。
—— 分度器もケシゴムも、文房具つながりではありますが。「分度器サンライズ」はどんな話だったのでしょうか。
羽賀 小さい頃から、あの「分度器」のカタチというかビジュアルが、僕にはずっと「日の出」のように見えていたんです。それを思い出して、このモチーフでマンガを書けないかと思ったのが始めでした。「ある高校生の男の子が、分度器を忘れても誰も貸してくれなかったのだけれど、ある日分度器を貸してくれる友達ができて、その貸してくれた分度器から自分の中に光が差すような気持ちがした」というようなストーリーでした。そのネームを佐渡島さんにみせたら、「ちょっと気色わるいな」というリアクションで(笑)。
—— (笑)。
羽賀 言われてみると確かに、高校生の主人公にしては子供っぽい感情だったんですね。では、どういう高校生だったら自立しているだろう、自分の考えをもっているように見えるのだろう、と考えていくうちに、今の「ケシゴムライフ」(第一話)の書き出しのシーンを思いついたんです。「学校の床のデザインは、まるで境界線みたいだ」というシーンですね。佐渡島さんも「この書き出しはすごくいいから、これで最後まで話をつくってみよう」という感想で、そこから打ち合わせを重ねて、一話目のネームができていきました。
日常のなにげない行動から発想がジャンプした瞬間に、終わりがみえた
—— 書き出しを思いついたときには、話全体の構想はまだ分からなかったのですね。僕はてっきり、話の最後にあるメッセージ(※)があってから話がつくられたのだと思っていました。
※ネタバレしてしまうため、内容は省略しました
羽賀 はじめは、終わり方を決めていなかったですね。やはり描いていくうちに途中で詰まるのですけれど、「境界線」というところから「マンガのコマ」というところに発想がジャンプした瞬間に、「あ、これで話ができる」という感覚を得られました。
たとえば、「コマのすき間に文字を書く」というシーンも、身近な行動から連想しているんです。ほら、よく、手に文字を書く人がいるじゃないですか。メモをする人。あの行動を僕は、好きだな、親しみがもてるな、と思っていて、そのイメージを引っ張ったというか、このマンガに持ち込むとどうなるんだろうと思ったんですね。
すると、「彼(主人公の友人)はマンガを描いているんだから、そのマンガのコマのすき間に、手にメモを書くような感覚で、このふとっちょの子(主人公)がメッセージを書くとおもしろいんじゃないかな」と思いつきました。思いついたときに、「あぁ、これで話ができるな」、と思いましたね。
—— 羽賀さんの作品は、視点が独特で、おおきな魅力ですよね。ところで、このシーンが一番思い出深い、このシーンに実は注目してほしい、というようなものはありますか。
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