"ウケ狙い"の真実から距離を置け! 福島の食べ物の現実とは

今回から「産業」という切り口で福島の実態に迫っていきますが、その前に考えておかなければならないことは、センセーショナリズム(扇情主義)です。なぜならば、農業・漁業など「一次産業」や福島を訪れる「観光業」では、センセーショナリズムが多くの人の認識を歪ませてきたからです。そこから社会学者の開沼博さんは、食べ物を巡るイメージのパターンを分析していきます。

「定番ネタ」だけを考えればよいのか?

 前回までは「人口」という観点から、震災後の福島の社会状況と課題を俯瞰してきました。今回から何度かに分けて、「産業」について見て行きたいと思います。
 はじめに2つの問題を出しておきましょう。

問1 「福島県の米の生産高は全国都道府県ランキングで、震災前の2010年は何位で、震災後の2011年には何位か?」

 全く想像がつかない人もいるかもしれませんが、大体こんなものかなという推測で答えて頂ければと思います。例えば、「1位から10位とか」「15位のままだ」「30位から20位へ」などの答えがあるでしょう。

問2 「福島県では放射線について、年間1000万袋ほどの県内産米の全量全袋検査を行っています。そのうち放射線量の法定基準値(1kgあたり100Bq)を超える袋はどのくらい?」

「全量全袋検査」というのを聞いたことが無い方もいるかもしれません。福島県内でとれる米、店に並ぶものも、そうではなく普通の家で消費するものも含めて「全ての量の米を、全て袋詰になっている状態で一括して行う検査」のことを指します。同じ状態・同じ基準で放射線量を測定しているわけですが、どのくらいの袋が法定基準値超えしているでしょうか?
 また後ほど答えを説明したいと思います。検討がつかない人も、とりあえず、大体どのくらいなのか考えてみてください。

 さて、そもそも「震災後の福島」といった時、私たちは何を思い浮かべるでしょうか。避難のこと、除染のこと、賠償のことでしょうか。
 最近だといわゆる「汚染水問題」、つまり福島第一原発敷地内から出ている汚染水に関するニュースとか、放射性物質の汚染ガレキを収納する「中間貯蔵施設」のことを思い浮かべる人も多いでしょう。

 もちろん、これら「避難・除染・賠償・汚染水・中間貯蔵施設……」という「震災後の福島」とセットで語られる課題は、多くの人にとって福島ニュースの「定番ネタ」になってきているでしょう。
 しかし、この「定番ネタ」だけを考えていればいいのか。

「定番ネタ」が人の目を引かなくなった時に

 もちろん、「定番ネタ」もとても重要ですし、まだまだ課題は山積しています。ただし、ニュースバリューの有無を考えた時に、そろそろ「定番ネタ」も定番になり過ぎて陳腐化してきているのは事実です。よくも悪くも、落ち着いてきている。

 例えば、賠償。はじめは避難にかかった費用や、会社経営をしている人が営業上でた損失など「具体的に実費がわかりやすいもの」から始まったのが、徐々に「精神的苦痛」や自動車・不動産などの「財物賠償」など「費用計算が複雑な資産」についても賠償が進んできて、支払いも始まっている。
 除染も、放射線量の高い町中の除染は多くのところで終わり、楢葉町などいまも人が住めないでいる避難地域でも、国直轄で進められた除染作業の行程が一巡したところが出てきた。

 もちろん、「賠償・除染、まだまだ足りないぞ」という声は行政からも住民からも消えること無くあります。その点は、訴訟・ADRなど法的手続きに時間がかかっていたりもする。
 今後も、残念ながら調整には長い時間がかかっていくでしょうし、賠償の払い渋りや手続きの複雑さから申請が不十分な部分は十分にケアされていくべきです。

 ただ、ここで認識すべきなのは、「定番ネタ」だけでは福島の問題を語ることが難しくなってきているということです。
 つまり、これらの「定番ネタ」からは、これまでのような「人の目を引くような話題」は出てきづらくなっている。「除染がはじまりました」とか「遂に、これまで放置されていた財物賠償が開始」とか、そういう見出し・キャッチコピーを使えるネタは生まれにくくなってきたわけです。

センセーショナリズムが煽るのは、恐怖と憤怒

「定番ネタ」の陳腐化の中、それでも「福島の問題で人の目を引くような話題」を生産するにはどうすればいいか。
 悪い例をあげましょう。これは簡単なんですが、センセーショナリズムに走ることです。
「センセーショナリズム」とは、日本語に訳すと「扇情主義」ですが、つまり、意図的に人々の感情に対して「煽り」をかますわけです。

 その煽るべき感情とは、恐怖と憤怒です。
 何か具体的な事実を提示しているふりをしながら「こんな恐ろしいことが起こっている!」「こんなけしからんヤツがいた!」というメタメッセージを忍び込ませる。
 これだけ。単純な話です。

 広い視野をもった取材や細部に目を配った分析・考察が下手くそな人ほど安易なセンセーショナリズムに走ります。話のオチが「こんな恐ろしいことが起こっている!」「こんなけしからんヤツがいた!」という2パターンになるようにさえすればいいので、たいして頭を使いません。時には、真偽不明な事実さえ、強引に自分の主張に合うように加工して、恐怖と憤怒を煽り、話題をでっち上げる。

 その典型例が今年、そこそこ大きな社会問題化した朝日新聞の吉田調書問題でした。「原発は恐ろしいんだ!」「東電はけしからん!」と言いたいだけ。
 別にその事実は否定しません。どんな立場の人でも、いまからその事実を打ち消すことは相当屁理屈並べ立ててもできないんじゃないでしょうか。
 ただ、「まあ、そうですよねー。そんなこと大方の人は知ってますよねー」というこれまで散々繰り返されてきたパターンの「凡庸なメッセージ」にすぎないものを、嘘をでっち上げ、大袈裟に粉飾して、あたかも非凡な話題であるかのように小細工した。
 それによく事情も分からない学者が知ったかぶって同じ紙面をつかってお墨付きを与え、メディアイベント化した。

吉田調書問題に象徴されるセンセーショナリズム

 なぜこんなことになったのか。「ウケるから」です。
 他人の恐怖や憤怒を煽って「ウケたい人」はいっぱいいます。そうすることで自らの持つ不安や功名心を裏に隠し、正義の側に立ちながら賞賛を浴びることができる。
 ただ、今回はやり過ぎました。加担した学者は未だ訂正も謝罪もしていませんが、社長の首は飛びました。マスメディアの権威はかつてほどのものではなくなっている。それを象徴する事件だったと思います。

 一方で、同様に学問の権威もかつてほどのものではなくなっている中で、このような浅薄さと無責任さとを象徴するような対応がなされる。 
 震災後だけみても、安全かどうか分からない中で「安全です」と言ってしまった「御用学者問題」や大スキャンダルに発展した「STAP細胞問題」など、学問の信頼を損なわせ、その意義を根底から省みなければならない事件が起き続けています。
 そのような中で吉田調書問題に象徴されるように、福島に関する問題のセンセーショナリズム化に少なからぬ学者が加担したことをとても残念に思います。

 このことについては、「『吉田調書』を正しく読み解くための3つの前提 『朝日 vs. 産経』では事故の本質は見えてこない」「朝日の『吉田調書』スクープで無関心は加速する 前代未聞のメディア・イベントはいかに成立したか」などで既に分量をとって述べてきましたので、ここではこれ以上詳しく説明しませんが、「震災後の福島」と「センセーショナリズム」との結びつきに分かちがたいものがあるのは確かでしょう。

 前回見た、人口問題もまさにこれ。「福島は人口流出しまくり! 30年後に人口半減! 恐ろしいだろ!」と真っ当な根拠もなく叫ぶ。「あれ、全国の都道府県の人口流出状況見たら、現時点ですでに福島よりヤバいところあるんですけど」みたいな誰でも3分も調べれば分かる、一発で否定される反証データがあろうと、「こんな恐ろしいことが起こっている!」を煽り続ける。
 そういう「ウケ狙い福島の真実」に対しては、そろそろ「たいして頭も使わずに人の目を引けて良かったですね。お疲れ様でした」と一蹴し、冷静に対応する目を持つべきです。そのためにこそ、そこに起こっていることをデータと論理を通して見定めることが重要です。

 私は、一切、吉田調書報道を肯定・擁護するつもりはありませんし、同様のことが再発しないこと、あるいは、これまで散々起こってきたけど事件化しなかった福島の問題を利用した「吉田調書事件型ウケ狙い報道」の検証が進む必要性を感じています。
 ただ同時に、私はそこに「善意」があることも理解したいと思っています。つまり、「人の目を引くような話題」を発信することで「多くの人に忘れ去られようとしている地味で難しい福島の問題」に目を向けてほしいという情報の「送り手」の意識、それに呼応する情報の「受け手」の意識。両方の「無意識の共犯関係」のもとにこのような事件が起こったことも事実です。

「福島の問題で人の目を引くような話題」を打ち出したいならば、このような共犯関係をいかに避けるか、常に意識的になるべきです。そのためには、まずはそこにある事実を丁寧に見据えること。そして、それが本当にそこで暮らしている人のためになるのか考えぬくことが重要です。

「食べて応援・知って応援派」のパターンとは

 また、例のごとく前置きが長くなりました。しかし、この「震災後の福島とセンセーショナリズム」という観点は、福島の状況を考える上で、常に意識的でなければならないものです。そうしないと、無意識の中にある恐怖心や正義心から、誤解・デマ・似非科学に絡み取られ、身動きが取れなくなってしまいます。
 その点で、まず注目すべきなのは「産業」、中でも農業・漁業など「一次産業」や福島を訪れる「観光業」でしょう。これらでは、センセーショナリズムが多くの人の認識を混乱させてきた。

 まずは農業・漁業の状況から見ていきましょう。端的に言えば、「福島の食べ物」の話です。
「福島の人口」の話では、誤解があるにせよ、なんとなく多くの人が共有するイメージがあったかと思います。一方、「食べ物」についてはイメージがばらついているようにも思います。あえて単純化して説明しましょう。

 パターン1は、「食べて応援・知って応援派」がいます。

「震災後、はじめて福島の食べ物、被災地の食べ物の素晴らしさに気づいた。震災前まではそんなに意識してなかったけど、首都圏にいる私たちは普段から東北の食べ物に支えられてきていたんだ。震災後にネットで調べたり、テレビで見たり勉強して、福島にはこだわりの野菜を作っている農家とかいるのを知った。津波の被害や後継者問題、もちろん放射線の被害もあるんだろうけど、みんな色々な対策をして頑張っていることを知った。福島の作物の直売市が定期的に都心でもやっていて、そういうのも行っている。会社のボランティアでも福島の有機農家に行って一緒に農作業をしました。改めて福島のものを食べて、本当に美味しいっていうことに気づいたけど、何よりも食材が豊富。季節に合わせて野菜も果物も、あと加工品も色々あって。都内にも福島のアンテナショップがあって、この前買い物に行っちゃった」……みたいな。

 そういう人たちの中には、例えば都心の大企業とか官庁とかで働く社会人が勉強会やったり、会社で福島産野菜の直売会やったり、休日を利用して実際に福島の生産者や流通・販売業者の状況を視察にきたりする人が、結構います。
 産品別でみて特に人気があるのは、福島市のモモとかいわき市のトマトとか。毎年、旬の時期にわざわざ農家や生協を通して取り寄せしてるファンもいて、それは震災前からもいましたが、むしろ震災後により話題になって知った人たちも多くいるでしょう。

攻撃的で過激な主張の「福島の食べ物ヤバい派」

 もう一方のパターン2は、「福島の食べ物ヤバい派」がいます。

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes・note会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

この連載について

初回を読む
俗流フクシマ論批判

開沼博

311福島第一原発事故から3年以上経ちますが、今フクシマはどうなっているのでしょうか? いまだ具体的な数字や実態に基づかない情緒的な議論が溢れる中、この連載の目的は、フクシマの問題について「論理とデータを通した議論のベースの再設定」す...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

kokikokiya 攻撃的で過激な主張の「福島の食べ物ヤバい派」 2年以上前 replyretweetfavorite

kokikokiya 攻撃的で過激な主張の「福島の食べ物ヤバい派」  もう一方のパターン2は、「福島の食べ物ヤバい派」がいます。 この続きは有料会員登録をすると 読むことができます。 https://t.co/RVVkQEuUUo 2年以上前 replyretweetfavorite

kokikokiya 前回見た、人口問題もまさにこれ。「福島は人口流出しまくり! 30年後に人口半減! 恐ろしいだろ!」と真っ当な根拠もなく叫ぶ。 https://t.co/RVVkQEuUUo 調べれば分かる、一発で否定される反証データがあろうと、「こんな恐ろしいことが起こっている!」を煽り続ける。 2年以上前 replyretweetfavorite

rokugatsuyu |開沼博 https://t.co/uJZeKWn08w 一部のミュージシャンとかアーティスト系、あるいはそのファンの人でもいます。この方たちはかなり攻撃的であったり、過激なことを繰り返し言ったりする傾向があります。 約3年前 replyretweetfavorite