ワンス・ア・イヤー(林真理子)

80年代に華々しくデビューし、新しい時代の女性像を描いた作家・林真理子。finalventさんの「新しい『古典』を読む」第9回は、彼女の半自伝的小説『ワンス・ア・イヤー』。文学者林真理子の本質とはなんなのか。作品を通して浮かび上がるその実像に迫ります。

名前を与えられなかった主人公

 文学は現代の世界にあって反社会的な問いかけが許される最後の領域である。そこで私は「女とは何か?」「女はどのように女となるのか?」となんども問う。軽いトーンで描かれた、林真理子の自伝的と見られる中編『ワンス・ア・イヤー』はその問いに、鮮やかな描写やエンターテインメントの仕掛けの裏で、禁断の領域に踏み入れた読者にだけ、痛みの伴う答えを投げ返す。その答えがもし受け取れていなかったなら再読する価値がある。


ワンス・ア・イヤ—私はいかに傷つき、いかに戦ったか(角川文庫)

 編集者が付けたであろう副題は、上手にテーマを語っているように思える。23歳から36歳の女の人生で「私はいかに傷つき、いかに戦ったか」。その「私」とは、作者・林真理子を模したとはいえ、物語の主人公である。その名は……と言いかけて女に名前が与えられていないことに気がつく。不在にふっと奈落が開く。

 会話のなかでも女は名前で呼ばれることはない。「君」「あなた」「おまえ」。一部分だけ職場の愛称で呼ばれるシーンはあるが、愛称は続かない。いくつもの恋と恋人の男たちが年代別に、昆虫標本のようにラベルを付けられ陳列されているのに、女は名前を失っている。

 名前のない女という変数に読者はとりあえず「林真理子」を充てる。これは「林真理子」の自伝的小説なのだと読む。そうして読者である自分と作者との距離を取りながらも、その仕掛けのなかで読者という自分を失い、奈落のような無名の女に溶け込む。読者が女であれば「私はいかに傷つき、いかに戦ったか」をその時代の疑似記憶のように感じ、男であれば女に捨てられたその時代の実体験を思い起こす。

『ワンス・ア・イヤー』が描いた風景

 その時代。戦後初の若者世代のエリートである全共闘世代の青春という祭りが終わり、大衆が日本の歴史でも珍しいほどに浮かれた時代。前世代の青春に出遅れた23歳の田舎娘は、傷つき戦いながらその時代を生きる。本書は戦記あるいはクロニクル(年代記)としてもよい。

 年齢で刻まれた一年毎に簡素な題を付した14編の短い話が、あたかも一直線にゴールに向かうすごろくゲームのようにつづられていく。スタートは大学は出たものの定職はなく、アルバイトで過ごす一人住まいのあか抜けない田舎娘、「23歳 隣人」。そこから有名コピーライターとなる、「26歳 セントラルアパートの秋」。運命的な編集者と出会う、「30歳 有名人」。直木賞を受賞しスターダムにのし上がる、「32歳 パーティーの後」。結婚というゴールにたどり着く、「36歳 結婚」。奇妙に浮かれたあの時代だけが可能にしたサクセスストーリーのように読める。

 時代の風景は、大衆作家としてのサービスらしく印象深くちりばめられている。23歳の章では、FM放送からカセットに録音したユーミン(荒井由美)の曲『陰りゆく部屋』を一緒に聞こうと、同じぼろアパートに暮らす同世代の女友だちが銭湯の帰りに主人公に言う。青春の片隅をあの時代に置いた人なら、1976年のこのシングルのパイプオルガンの響きを思い出す。同章には「三年ほど前」ルバング島から小野田さんが帰還したともある。そこから主人公の23歳が1977年だとわかる。生年は1954年である。林真理子の生年と合致する。荒井由美(松任谷由実)も同年である。

 「26歳 セントラルアパートの秋」では、題に含まれる原宿のセントラルアパートそのものが1980年の風景を描きだす。喫茶店「レオン」のパックマンも懐古の笑みを誘う。田中康夫の『なんとなく、クリスタル』が発表された年でもある。

 著者・林真理子自身がこうした時代の風景の前面に現れたのは、1982年のベストセラーとなる初エッセイ『ルンルンを買っておうちに帰ろう』によってだ。「28歳 めまい」では主人公の書いた本が書店に並ぶ光景や、国立の書店のサイン会で興奮に頬をあからめる読者の少女が描かれる。増田書店だろう。私がそのサイン会にいても不思議ではない。多くの人が林真理子を支持した理由は彼女自身にも明らかだった。

いままでタブーとされていたセックスのことも、あけすけに書かれている。いや、過去にも大胆にセックスことを書いた本はいくらでもあった。けれど男に抱かれている最中、女がどんなふうなことを考えているか、男が誘う瞬間、女はどんな計算をとっさに働かせるかという、いわば種明かしの本は初めてだったろう。
 あの本はそれ以外にも私のすべてをつめこんである。就職先がなく、みじめさを噛みしめていた頃、友の成功に暗い嫉妬を燃やした等、そんなエピソードもいくつか書いて、私のお腹を裏返してまで見せたような思いさえある。こんな本が本当にあったのだろうか。

 翌年、林真理子は、小学館の写真志向の月刊誌『写楽』でヌード写真まで見せた。それをネタにしたエッセイも私は読んだ。『写楽』は篠山紀信『激写』ブームを受け、1980年に森下愛子のハミ乳写真を表紙に創刊された。29歳の林真理子もこの時代の女であろうと模索したが、『ワンス・ア・イヤー』にはそのエピソードは含まれていない。彼女は女優やタレントではなく、本格的な作家の道を歩み出したからだ。その内実は「30歳 有名人」で「正岡」というカリスマ的編集者の出会いから描かれている。

正岡と鈴木という二人の男

 野暮なネタバレというほどのこともなく、「正岡」は数々のベストセラーを生み出した伝説的な編集者・見城徹である。本書が連載された月刊カドカワの編集長として耳目を集めた。この物語は、1980年代的な、文才はあるが美貌のない田舎娘のサクセスストーリーであるとともに、見城徹という編集者の物語にもなっている。

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finalvent

「極東ブログ」で知られるブロガーのfinalventさん。時事問題や、料理のレシピなどジャンルを問わない様々な記事を書かれているが、その中でもとりわけ人気が高いのが書評記事。本連載は、時が経つにつれ読まれる機会が減っている近代以降の名...もっと読む

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