「福島の人口、30年後に半減の予測」は何が問題か
いわば余談ともいうべき話を【前編】でしたのには、理由があります。
余談の中に2つのポイントが有りました。一つは「課題の単純化の問題」、もう一つが、「地域間格差の問題」です。
「課題の単純化の問題」から説明しましょう。
「福島の問題」はどうしても課題が単純化されがちです。正確にいうと、「地方消滅」問題への一部の人のセンセーショナルな反応にも現れるように、日本全体の抱える課題も同様に単純化されがちです。
ではなぜ単純化されるのか。まずは、前回まで見てきたとおり、「情報の受け手の側」にいる私たちが単純化を求めているというのがあるでしょう。わかりやすい情報、恐怖心や攻撃心を刺激される情報のほうに人の関心は引かれがちです。
一方で、私たち「情報の受け手」の側だけではなく、メディアの向こう側にいる情報の送り手側も「課題の単純化」に陥ってしまいがちなんです。
例を2つあげます。
実はここまで論じてきた「福島から人は流出しまくっている幻想」が広がるにあたり、それを助長するような議論が多数ありました。ただのデマ、科学的根拠の全くない情報もだいぶ飛び交いました。
ただ、もっとオーソライズされた形の議論もその中には混じっていたからややこしい。
例えば、2012年3月の段階で出た「福島の人口、30年後に半減の予測も 政策大准教授試算」がそれです。
簡単に内容を把握できるようにポイントを引用すると、「東日本大震災の被災3県のうち、福島県の人口だけが減少を加速するとの予測」「東京電力福島第一原発の事故による避難で、子どもの世代と母親の世代が大量に県外へ転出。この傾向が続く場合、少子化が著しく進む」とのこと。
ただ、記事をよく読むと、「福島の人口、30年後に半減の予測」という煽りまくりの見出しとは違って、意外と「福島県だけがヤバい」という文脈でないこともわかります。
例えば、(仮に震災がなかったとしても)「3県とも震災前から人口が減っているため、2010年の人口を100とした場合、震災がなくても2040年には福島が63.8(36.2%減少)、宮城が75.0、岩手が59.4になると試算」ということで、岩手も「半減!」ではないにしても、「4割減!」であることも一応は書いてあります。
あえて福島だけあげつらうべきものなのか、という疑問を持つ人もいる部分でしょう。前回見たとおり、他県も結構たいへんだったりします。
スティグマ(負の刻印)を強化するな
問題はここからです。
「これに震災の影響を反映させると、今後の転出・転入のペース(移動率)が震災後1年間の7割に低下すると仮定した場合、福島は40年に50.8と人口が半減。65歳以上の割合(高齢化率)も同年に44.7%と全国1位になる」とのこと。
ここは、「震災後1年間の7割に低下すると仮定した場合」という前提自体が3年半たってみたら、全く違う結果になっていたというのは前回述べたとおりです。意外と「転出・転入のペース(移動率)」は震災前同様に戻ってしまったわけですね。
それで記事は、この「東日本大震災の被災3県のうち、福島県の人口だけが減少を加速する」という数値をまとめた政策研究大学院大学・出口恭子准教授の「福島の人口減を食い止めるには明確な復興の見通しを立てる必要がある」というコメントで終わります。
結局、予想が大きく外れたのはなぜか。「明確な復興の見通しが立った」部分もあるでしょうし、そうではない部分もあるでしょう。
いずれにせよ、背景には、一定の「確証バイアス」があったことは否めないでしょう。確証バイアスとは「自己の先入観に基づいて他者・対象を観察し、自論に合う情報を選別し受容して、それにより自信を深め、自己の先入観が補強される現象」を指すわけですが、「福島の人はみな放射線に怯え苦しみ、流出しまくっている」という偏見があったのではないでしょうか。
この偏見については、別に、とりわけこの数字を出した方、それを信じた方が悪いと言いたいわけではありません。前回まで議論してきたとおり、この点は、いまでも多くの人が誤った認識を持ち、「現実の福島」と「モンスター化したイメージ上の福島」との溝は埋められないままにあるわけですから。私たちが正しい認識をもち、そのことをエビデンスを示しながら言い続けるしかありません。
ただし、研究者の立場から言うならば、この議論について、なぜ福島だけ「30年にわたって高い移動率が続く(震災後1年ペースの7割分)になる」と説得力ある根拠もなく、はじき出された数字を軸に議論が進んでしまったのか、とても残念に思っています。
実際、こういう数値を見せられ続けることで、ただでさえ被災者として傷つき、その中で普通に福島に生きる人の中に、自分の生活への誇りを失い、恐怖感や強い抑圧感・負い目を感じて暮らすことを余儀なくされる人も少なからずいました。
情報の送り手にはそのようなつもりはなくても、メタメッセージとして、例えば「こんなところは人が住んではいけないんだ」という、そこに生きる人の尊厳を痛めつける情報を受け取っている人がいたわけです。
「こんなところは人が住んではいけないんだ」という主張がある人も多くいますし、そういう議論はそういう議論で、多様な意見が存在することは重要でしょう。
ただ、そういう話をしたければ「こういうデータがあるから、住んではいけない」と正面から言えばいいわけであって、遠回しにメタメッセージとして「30年後、お前はもう死んでいる」みたいな「予言」をすることは控えられるべきです。
社会学・心理学等では、そういう不必要な負の感情を弱い立場にある人にもたせ続けるものを「スティグマ(負の烙印)」と呼んだりしますが、スティグマ強化に誤った数字の一人歩きがいまでも加担しているのだとすれば、少しでもそれが是正されていくことを願います。
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