第3回】誰も読んだことのない言葉を求めて

コルクは「作家と一緒につくった会社」だと語る三枝さん。「まだ読んだことのない作品に出会いたい」と目を輝かせる三枝さんは、コルクを通じて作家の可能性を切り拓き、文学の未来をつくっていくという目標を持っていました。聞き手は『文章ってそういうことだったのか講義』の古賀史健さんです。

作家の「可能性」と契約する

— では、ここでコルクの契約作家さんたちに話を移していきたいと思います。現在、エージェント契約を結んでいる作家は阿部和重さんと山崎ナオコーラさん、それから評論家の山城むつみさんですよね。そこに伊坂幸太郎さんの海外版権分が加わる。

三枝亮介(以下、三枝) はい、そうですね。

— まず、阿部和重さんと契約した理由というか、阿部さんの魅力について聞かせてください。

三枝 阿部さんについては学生時代から大ファンでした。自分が担当であることは関係なく、数十年にひとりの天才だと思います。
 文芸第一から『群像』に移ったとき、当時の編集長に「お前は『群像』の4番バッターは誰にすべきだと思う?」と聞かれたのですが、迷わず「阿部和重さんだと思います」と答えたのを覚えています。

— いや、まったく同感です。

三枝 実際に担当して、原稿をいただいて、編集観が変わるくらいのショックを受けました。

— まさに「こちらの予想や理解を超えたところにある小説」だったんですね。

三枝 ええ。1文字あたりのエネルギー量が群を抜いているし、校閲の人間さえ修正箇所がないと舌を巻くくらい完ぺきな原稿なんです。特に『ピストルズ』なんかは吐き気をもよおすほど(笑)、濃密な小説でした。しかも生活のすべてを小説に捧げている。『週刊少年マガジン』時代に出会ったマンガ家さんたち以上の努力を続けていると思いました。知識もすごいし、好奇心もすごい。すべての原稿がこちらの想像を超えてくる。もう、毎回圧倒されますね。


— 『インディビジュアル・プロジェクション』の衝撃、『シンセミア』『ピストルズ』といった大長編の密度と重量感、どれもとんでもないですよね。

三枝 阿部さんの小説って、まず単純におもしろいんです。そして圧倒的に新しいんです。いつも「こんなフィクション読んだことがない!」と思わされる。どの作品にも「フィクションとはなんなのか?」という、フィクションに対する新しい提示がある。

— いやー、僕も大ファンなので、お互いそのへんを語り出したら何時間あっても足りませんね(笑)。では、山崎ナオコーラさんについては?

三枝 ナオコーラさんは、『人のセックスを笑うな』というタイトルだったり、奇抜なペンネームだったり、すごくとんがった、今風な女性作家というイメージが強いと思うんですね。実際、マンガなどサブカルチャーへの造詣も深くて、それは彼女の長所ですし。でも、じつはナオコーラさんは大学時代に『源氏物語』の研究をしていて、古典文学への教養も兼ね備えているんです。

— へえー、それは少し意外な気がします。現代的でありながら、古典の素養がある。

三枝 そうなんです。日本人が世界で勝負するときに、たとえどんなにフォークナーに詳しくても、最終的にはアメリカ人に敵わない部分もあると思うんですよ。一方、谷崎や三島の強さは、欧米の文化や小説に対する理解に加えて、日本人ならではの武器を持っていたことですよね。その意味で山崎さんは、おもしろい武器を持っているんじゃないかと思います。

— たしかに。

三枝 たとえば僕は『群像』で「戦後文学を読み直す」という企画をやっていたのですが、それはただ単に過去の名作を読みましょうということではなくて、これから世界中の人に読んでもらう文学を書いていくのなら、日本文学をきちんと読んでいくことが武器になると考えたからなんです。GRANTA企画などの海外に出て行く新しい試みと、「戦後文学企画」のような過去に目を向けた企画は、同時並行することにこそ意味がある、というか。

— なるほど。

三枝 さらにナオコーラさんは『人のセックスを笑うな』でもわかるように、心に残る言葉を生み出す能力が非常に高い。おもしろいストーリーをつくれる作家は他にも大勢いるかもしれませんが、言葉選びのセンスが凡庸だと、読み終わったらなにも残りません。そんな作品って、意外と多いんですよ。
 でも、彼女の言葉は非常に残るし、突き刺さる。山崎ナオコーラにしか書けない文体をしっかりと持っている。
 一方で、まだ長編はあまり書かれていないですし、まだまだ伸びしろがたくさんあるんですね。そこは逆に楽しみです。

— ああ、山崎ナオコーラさんって短編やエッセイが得意な印象があるけど、そこも三枝さんの目には「長編への伸びしろ」として映るんですね。

三枝 ええ。これから長編も短編もエッセイもどんどんおもしろい作品を書かれていくと思いますので、サポートしていきたいと思います。

— もうひとり、契約作家のなかに文芸評論家の山城むつみさんが入っているのも、すごく興味深いところでした。大著『ドストエフスキー』で毎日出版文化賞を受賞されましたよね。

三枝 山城さんは『ドストエフスキー』のような大作を8年がかりで書くような方で、「俺の本をバンバン売ってくれ」みたいなタイプではありません。僕は山城さんのことを世界的な批評家だと思っているのですが、そういう人にこそ、定期的に書かれたものを読んで率直に意見を伝えたりするサポート役が必要なんだと思うんです。

— 山城さんが入ることで、コルクとしても大きなメッセージを発信できるような気がします。

三枝 そうですね。よく「エージェントは作家を道具のように扱って、とにかく売れればいいと利益最優先で動く人間だ」と誤解されてしまいます。でも、山城さんに入っていただいたことで、売上げだけを考えている訳ではなく、作家と作品を最優先に考えていること、芸術や文学を大切に考えていることがわかっていただけるような気はしています。

作家こそが電子の可能性を切り拓く

— 現在、作家たちが直面しているテーマに「電子化」があります。三枝さん自身は、電子書籍をはじめとする電子化全般についてどんな印象を持っているんですか?

三枝 作家にとっては、自分の作品をよりたくさんの人に読んでもらうことが大切なのであって、そのかたちが紙だろうと電子だろうと、じつはそんなに重要なことではないのだと思います。そして「紙か、電子か」という二者択一的な選択肢なんて僕らには残されていなくって、両方やらなきゃいけないんですよ。

— ひとりの読者として考えたときにも、電子への抵抗はない。

三枝 僕はもともと紙の本で育って、紙の本が大好きな世代ですけど、だんだん電子書籍にも抵抗感はなくなりましたね。「紙が好き」とか「紙のほうが読みやすい」というのは、ほとんどは慣れの問題でしょう。ちょうど、和服と洋服の違いみたいな。

— ただ、とくに文芸の場合、装丁のアートワークや本を手に取ったときのずっしりとした重みも含めて、ひとつの作品だったし、読むだけではない「所蔵する喜び」みたいなものもあったと思うんです。それが電子になると、テキストだけ、みたいな状態になりますよね。そこへの違和感はないのでしょうか?

三枝 そうした所蔵欲のある人は、所蔵用と通読用の2冊を買うのかもしれませんね。紙の本を本棚に入れておきながら、通勤電車では電子版を読むような。僕も、装丁や造本に対する尊敬の念は強いです。ただ、紙と電子が足を引っ張り合うのではなく、相互に波及効果があるような方向に進んでいけばいいなと思っています。

— そうやって媒体が紙から電子へと移っていくなかで、小説の中身も変化する可能性はあるんでしょうか?

三枝 大いにあると思います。歴史的に見たとき、小説っていつも最先端のメディアで読まれてきたんですよ。バルザックや夏目漱石は新聞で連載しましたし、フローべールやドストエフスキーは雑誌で連載していました。戦後も多くの国で、文芸誌での連載、さらにファッション誌やカルチャー誌での連載、と様々なメディアで小説が発表されてきました。
 小説家は基本的に新しいものが好きだし、新しい場所で新しい可能性を追求することに喜びを見出すところがあります。ドストエフスキーみたいに、自分で雑誌メディアをつくってきた作家も大勢いますし。
 だから、電子メディアについても、決して小説家や漫画家が後追いのようにそこに乗っかるんじゃなくって、作家自身が新しい可能性を切り拓いていくんじゃないかと期待しているんです。もちろん僕らコルクも、そこをサポートしていきたい。

— なるほど、電子書籍が持つほんとうの可能性を示すのは、エンジニアではなく小説家だと。

三枝 メディアと作品は鶏と卵みたいな関係で、メディアが変われば作品も変わっていきます。そして、作品の力や作家の「想像力」こそが、あたらしいメディアの可能性を切り拓いていくと思うんです。とはいえ、個人的には紙の本も大好きなので、そちらの文化も大切にしていきたいですけどね。

コルクは「作家と一緒につくった会社」

— では、独立の経緯についてもう少し聞かせてください。コルクは佐渡島さんと一緒に設立された会社ですよね。もともと佐渡島さんとは、講談社時代からお友達だったんですか?

三枝 いや、プライベートな場で遊ぶような友達ではなかったですね。少なくとも友達だから一緒に起業した、という関係ではないと思います。

— お互いの存在は知っていたんですか?

三枝 彼が僕を知っていたかどうかはわかりませんが、「モーニングに佐渡島という優秀なヤツがいる」ということは知っていました。とはいえ、直接の知り合いでもないし、わざわざコンタクトをとるほどの興味もなく、という感じで。

— それで平野啓一郎さんの書き下ろし長編『ドーン』のとき、一緒にお仕事したんですね。

三枝 はい。『ドーン』のあとにモーニングで連載(『空白を満たしなさい』)をやることが決まっていたので、「じゃあ一緒にやったほうがいいよね」ということで『ドーン』では僕がチーフ編集として、反対に『空白を満たしなさい』では彼がチーフ編集という立場で、一緒に仕事をしました。

— 一緒に仕事をしてみて、佐渡島さんの印象は?

三枝 ほんとうに優秀というか、僕がいままで知らなかったタイプの編集者でしたね。

— 具体的には?

三枝 『週刊少年マガジン』で見てきた名編集者って、マンガづくりのうまい、職人気質の編集者が多かったんですよね。ディレクター型というか。
 ところが彼の場合、もちろんディレクターとしても優秀なんですが、それ以上にプロデューサーとしての能力がズバ抜けている。おもしろい作品をより大きくしていく力、作品の中身だけでなくパッケージングまで考えられる力、というか。

— 新しいタイプの編集者ということですか。

三枝 そうですね。僕自身がディレクター気質の強い、どちらかというと古いタイプの編集者なので、彼の仕事ぶりには大いに刺激を受けました。

— 佐渡島さんと一緒に会社をつくる、彼と編集者人生を共にする、という決心ができた最大の理由は?

三枝 いや、僕のなかでは「コルクは佐渡島くんと一緒につくった会社だ」というより、「作家と一緒につくった会社なんだ」という意識のほうが強いんです。そのチャレンジができているからこそ、いま毎日が充実しているんだと思います。

— ああ、それはエージェントの核心を言い当てる言葉かもしれません。

三枝 実際、阿部さんや伊坂さん、それから山城さん、山崎さんたちが背中を押してくれたからこそ、ここにいるわけですからね。

— じゃあ、社長である佐渡島さんとの関係はどう表現したらいいんでしょう?

三枝 それはもう、社長と部下ですよ(笑)。

— はははっ! (笑)

三枝 いやいや、まあきっと彼もそうだと思うんですけど、僕らの最優先事項は圧倒的に作家なんです。そこの共通認識があるからこそ、佐渡島くんとの信頼関係も崩れないし、今後もいいパートナーとしてやっていけると思っています。
 こうやって会社を起ち上げてみて、あらためて「こいつと組んでよかったな」と思えています。これは当初思っていた以上に、ですね(笑)。ここの部分は嬉しい驚きというか、やっぱり僕にないものを持っているし、その能力は作家のためにもなることなので。

— それって、さっき言っていたプロデューサー目線の部分ですか?

三枝 そうですね。出版社を飛び出して、これまでお目にかかる機会の少なかった方々、たとえばネット業界の方々と話をしてみると、いろんな可能性が見えてくる。佐渡島くんと話していると、たくさんの可能性が見えてくる。
 紙と電子、みたいな単純な話ではなく、作家たちの「潜在的な読者」がどこにいるのか、ずっと見えやすくなった気がしています。まだ具体的なプランをお話しできる段階ではありませんが、かなりおもしろいプロジェクトがいくつも進行中です。

— 会社を飛び出すことで、視界が広がったわけですね。

三枝 ええ。前職時代も積極的に動いていたつもりだったのですが、会社に残っていたら絶対に見えてこなかった景色ですね。国内も電子も海外も、これから相当おもしろくなりますよ。

— コルクの未来だけでなく、文学の未来までも楽しみになってきました。

三枝 がんばります。

— いやー、楽しかったです。どうもありがとうございました!

三枝 こちらこそ、どうもありがとうございました。

 

三枝亮介(さえぐさ・りょうすけ)
株式会社コルク 代表取締役副社長。2001年講談社入社。2001年~2005年週刊少年マガジン編集部、2005年~2008年文芸図書第一出版部、2008年~2012年群像編集部、2012年文庫出版部に在籍。2012年9月に講談社を退社、10月に佐渡島庸平氏とともに作家のエージェント会社、コルクを設立。
コルク:http://corkagency.com/
twitterアカウント:@saegusacork


インタビュー
古賀 史健(こが・ふみたけ)

フリーランスライター。1973年生まれ。一般誌やビジネス誌で活動後、現在は書籍のライティング(聞き書きスタイルの執筆)を専門とし、実用書、ビジネス書、タレント本などで数多くのベストセラーを手掛ける。臨場感とリズム感あふれるインタビュー原稿にも定評があり、インタビュー集『16歳の教科書』シリーズ(講談社)は累計70万部を突破。2012年、初の単著となる『20歳の自分に受けさせたい文章講義』(星海社新書)を刊行した。cakesでは『文章ってそういうことだったのか講義』を連載中。
ブログ:FUMI:2
Twitterアカウント:@fumiken

写真

キベ ジュンイチロウ
1982年生まれ。福岡県出身。大学新聞部での取材をきっかけに写真を始める。在学中から、フリーランスとして仕事をはじめ、大学卒業後はベンチャー企業に5年間勤務。2011年、独立してフリーランスに。得意な被写体は「人」。
オフィシャルサイト:http://www.kibenjer.net/

 

コルク

この連載について

初回を読む
未来を切り拓く作家たち 株式会社コルク・三枝亮介インタビュー

古賀史健

「日本に作家のエージェント業を根付かせたい」という想いから設立された、新会社「コルク」。社長の佐渡島庸平さんとともに、新しい挑戦に乗り出したのが、元講談社の文芸編集者・三枝亮介さん。作家とのスクラムを大切にし、阿部和重さんや伊坂幸太郎...もっと読む

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