第2回】 コルクが考える新しい編集者像

出版社をやめてエージェント会社を設立するという選択をした三枝さん。リスクをとる決意をさせてくれた作家一人ひとりのためにやるべきことは、彼らの作品を売ること。三枝さんがコルクで実現していきたい、新しい編集者像とは。聞き手は『文章ってそういうことだったのか講義』の古賀史健さんです。

編集者とは「木に登って遠くを見る人」である

— 佐渡島さんから「一緒にエージェントをやろう」と誘われたとき、迷いはなかったですか? 正直、講談社で文芸編集をやれるってのは、かなり恵まれたことだし、飛び出すリスクは大きいと思うのですが。

三枝亮介(以下、三枝) いやいや、僕は優柔不断な人間だし、ギリギリまで迷いましたよ。もちろん会社に残る選択肢もあったし、社内ベンチャーという考え方もあった。それに佐渡島くんとは別組織で独立する可能性だって考慮しましたし。悩みに悩んで、あらゆる可能性を考えました。

— 最後のひと押しはなんだったんですか?

三枝 そこはやっぱり作家なんです。阿部さんや伊坂さんに「いまこんなことを考えています」と相談したんですね。僕としては、きっと「お前に独立なんか似合わないよ」とか「いろいろ不満はあるだろうけど一緒に講談社でやろうよ」みたいな感じで引き止められるだろうと思っていたんです。心のどこかでそれを期待しているところもあったし。
 ところが、まったく引き止められなくって、逆に「それはぜひやるべきだよ!」と。

— へええ、おもしろい。

三枝 いまは、阿部さんも伊坂さんも「三枝くんがリスクをとって独立したから、私も応援したくなりました」と言ってくださっているようなのですが、僕からすると完全に順番が逆なんですね。
 お二人が先にリスクを選んで、「もしお前が独立するなら、協力するぞ」というメッセージをくれた。むしろ、うじうじ迷ってる僕の背中を押してくれたと感じています。もちろん、山崎ナオコーラさんと山城むつみさんからも同じように背中を押していただきました。

— みんなカッコイイなあ。

三枝 僕は阿部さんも伊坂さんも、もっと世界的な評価を受けてしかるべき天才だと思っています。そんな才能と同時代に生きて、担当編集として伴走できるのは、奇跡のような話だと思っているんですね。しかもお二人の全盛期は、これから先にある。まだまだピークに登り詰めていない、巨大な才能の途上にある恐ろしい作家です。
 そう考えると、ここで僕が勝負しないなんて、ありえないんですよ。
 

— なるほど。

三枝 あのまま僕が講談社に残っても、いいお付き合いは続くかもしれないけど、そこまで密な関係が続けられるわけではない。でもエージェントになってしまえば、一緒に山を登ることができる。

— 佐渡島さんは「作家と同じ船に乗る」という表現を使っていましたが、一緒に山を登るというのも、しびれる言葉ですね。

三枝 これからやってくるお二人の全盛期に、僕自身も編集者としての全盛期を迎えたいし、そんな関係のなかで一緒に高い山を登って、のみならず海外にまで進出していく。目の前にそんなチャンスがあって飛びつかない編集者がいたら、それはウソですよね。

— そこで聞きたい。三枝さんの考える理想の編集者像とは?

三枝 これは『週刊少年マガジン』の森田編集長に聞いた言葉だったと思うのですが、講談社で『モーニング』を起ち上げた栗原さんという伝説的な編集長がいて、その方がこんなことを言ったそうなんです。「編集者とは、木の上に登る人間だ。そして作家に向かって『あなたの進むべき道はあっちだ』となるべく遠くを指さすことのできる人間だ」と。

— へええ。

三枝 僕ら編集者には、作品を書き上げる能力はありません。でも、その作家と語り合い、作品をじっくり読み込むことで、可能性を見極め、方向性を指し示すことはできる。その作家が持っている可能性の最大値を指し示して、その作品が持っている可能性の最大値を指し示す。それが編集者じゃないかと。

— それは作家と編集者の関係を表す、かなりわかりやすい言葉ですね。

なぜ「小説を売るのは編集者」なのか?

— でも、基本的にエージェントって原稿料や印税の一部をいただくことで会社を運営していくわけですよね?

三枝 そうですね。もちろんエージェントフィーがすべてではありませんが、収益の柱ではあります。

— そうした場合、文芸の部数、しかも純文学の部数でエージェントという仕事を成立させるのはむずかしい気もするのですが?

三枝 だからこその海外だと思うんですよ。たとえば、文学的価値は高いけど、国内で5000部しか売れない純文学作家がいたとする。でも、そうした上質な純文学を愛好する読者は、世界各国にも5000人ずつくらいいるんじゃないかと。アメリカや中国だけでなく、ドイツでもハンガリーでもスウェーデンでもチュニジアでも、読まれる場所はどこでもいいんです。世界の20カ国で5000部ずつ売れたら10万部、十分なベストセラーですからね(笑)。
 少なくとも阿部さんや伊坂さんクラスの作家だったら、収入の半分は海外で、というくらいの状況にならないと。

— 海外を意識するようになったきっかけは?

三枝 講談社の文芸第一にいた当時、吉田修一さんと一緒に韓国に行ったんです。韓国語版のプロモーションで。すると韓国の編集者たちは、平気で3カ国語くらい話せるんですよ。

— へええ。

三枝 というのも、韓国の出版市場は規模が小さくて、とても国内だけでは回らない。そこで積極的に海外進出していくことで、なんとか利益を確保しようとしているんです。これは同じ出版の世界にいる人間として、ちょっとした衝撃でしたね。

— 日本だと人口も多いし、国内マーケットだけで成立しちゃう部分があります。

三枝 それは本当にすごいことなんですよ。でも、我々出版に携わる人間は国内マーケットの大きさに甘えてきたところがある。そしてもう、甘えていられる時代は終わってしまったと思います。

— じゃあ、海外に出ていくにあたって、コルクではどんな考えを持っているのでしょう?

三枝 基本的な考えとして守っていきたいのは「作品と作家を一番理解している人間が紹介する」という原則です。

— ほう。

三枝 まず我々が理解すべきなのは、海外の読者、とくに欧米の読者が日本の小説を読む積極的な理由はない、ということです。

— どういう意味でしょう?

三枝 わざわざ翻訳された日本の小説を読まなくても、自国の作品で間に合っているわけですから。

— ああ、なるほど。

三枝 だから日本文学を世界で売っていこうと思うなら、現地の出版社やエージェントを、情熱たっぷりに口説き落とさないといけない。つまり、ライツ(版権)の専門家というだけでなく、その作家と作品の魅力を「自分の言葉」で説明できる編集者が中心になって動いていくべきなんです。
 そのような考えに基づき、講談社にいたときにも、GRANTA(英語圏)やNeue Rundschau(ドイツ)やVagant(ノルウェー)という文芸誌と提携したり、翻訳者や編集者と直接会ってネットワークを築く努力をしてきました。

— 現在、コルクとして具体的に動いているものってありますか?

三枝 まずは質の高い英語にすることですよね。そこがうまくいけばポルトガル語でもロシア語でも、いくらでも広がっていくはずだと思っています。
 たとえば、伊坂さんの短編3つ(「PK」「超人」「ブックモビール」)を翻訳していただいたのは、川端康成や川上弘美さん、よしもとばななさんを翻訳したマイケル・エメリックさんだし、もう一作品進めてもらっているのは、桐野夏生さんや村上龍さん、小川洋子さんを翻訳したスティーブン・スナイダーさんだし。さらに『ラッシュライフ』のシノプシスとサンプルトランスレーションをつくっているのは、フィリップ・ガブリエルさんで、彼は村上春樹さんや大江健三郎さんの作品を担当している翻訳家です。
 彼らは日本の柴田元幸さんや岸本佐知子さんのような一般読者への訴求力はないかもしれないけど、アメリカの編集者への信頼も高いですし、実際に翻訳の質が圧倒的に高いんですよ。

— ああ、もう翻訳者を選ぶところから入るわけか。

三枝 日本の出版社はそれぞれの作品について、国内で売っていくための努力は必死でやっています。ところが海外で売ることについては、残念ながらあまり力を割けていない。オファーがくるのを待って、オファーが来たら対応するというのがほとんどで、戦略性に乏しいのが実情です。もしこれが国内で売るのと同じくらいの努力をしていたら、もっと大きな展開が期待できるはずだ、と思うんです。

— それで、まずは質の高い英語にする。

三枝 最終的にはアラビア語でもインドネシア語でも、なんでもいいと思っています。昔は英語圏の先進国じゃないと利益にならないと言われていましたが、たとえば家電の分野でサムソンが途上国マーケットを開いて、いまや日本の家電メーカーを抜き去っています。
 それと同じように、仮にインドネシア語のいい翻訳者がいるとしたら、なんとか会いに行って、僕自身の言葉で作品の魅力を語りたい。そうやって少しずつ作品を世界に広げていきたいんです。

「読んだことがないもの」を読みたい

— 世界で勝負できるような作家のポテンシャルを見極めるとき、あるいは新人作家の「伸びしろ」のようなものを見極めるとき、三枝さんはどこを見ているのでしょう?

三枝 うーん。やっぱり、作品を読んでおもしろいと思うかどうかですかね。

— 三枝さんが「おもしろい」と思う条件とは?

三枝 いちばんわかりやすい言葉でいえば「こんなの読んだことがない!」ですね。どこかで見聞きした言葉ではなく、その人オリジナルの新しい言葉。別に奇抜な小説が読みたいということじゃなく、たとえ普遍的なテーマであっても、ちょっとした言葉の選び方や独自の視点があるだけで、作品は新しくなると思うんです。
 あとは、自分に理解できてしまう小説ではなく、理解できないところが残る小説でしょうか。「うまい小説」って先が読めちゃって、驚きが少ないんですよ。たとえ技術的にうまくなくても、こちらの予想や理解を超えたところにある小説を読むと、ドキドキします。

— それは編集者ならではの読み方かもしれませんね。

三枝 明らかにおもしろいんだけど、そのおもしろさをまだ僕の言葉では説明しきれない。そういう作品に出会ったとき、読者としていちばんの喜びを感じるんです。

— つまり、ただ作家や作品を読んでいるというより、そこに秘められた「可能性」を読んでいる感覚なのでしょうか。

三枝 ああ、その通りかもしれません。たとえば、青木淳悟さんの『私のいない高校』の原稿を読んだ時は、「よくわからないけど、これが新しくてすごいものだということはわかるぞ!」という感覚で、とても興奮しました。

— うーん、それはおもしろい感覚ですね。少し違うかもしれませんが、シェーンベルクの初演を聴いたマーラーが、「わたしには彼の音楽がわからない。だが彼は若いし、たぶん正しいのだろう。わたしはもう年で、あの音楽がわかる耳を持っていないのかもしれない」と言っていたのを思い出しました。
 いま「文学が売れない」とか「文芸誌が衰退している」とか、いろんなことが言われていますが、三枝さんの話を聞いていると、そこまで悲観していないように聞こえます。

三枝 いやいや、状況は厳しいですよ。悲観していなかったらあのまま講談社に残ってます。ただ、辞めちゃったら悲観しているわけにもいかないってだけで(笑)。

— なるほど(笑)。

<次回は12月18日(火)更新予定>

 

三枝亮介(さえぐさ・りょうすけ)
株式会社コルク 代表取締役副社長。2001年講談社入社。2001年~2005年週刊少年マガジン編集部、2005年~2008年文芸図書第一出版部、2008年~2012年群像編集部、2012年文庫出版部に在籍。2012年9月に講談社を退社、10月に佐渡島庸平氏とともに作家のエージェント会社、コルクを設立。
コルク:http://corkagency.com/
twitterアカウント:@saegusacork


インタビュー
古賀 史健(こが・ふみたけ)

フリーランスライター。1973年生まれ。一般誌やビジネス誌で活動後、現在は書籍のライティング(聞き書きスタイルの執筆)を専門とし、実用書、ビジネス書、タレント本などで数多くのベストセラーを手掛ける。臨場感とリズム感あふれるインタビュー原稿にも定評があり、インタビュー集『16歳の教科書』シリーズ(講談社)は累計70万部を突破。2012年、初の単著となる『20歳の自分に受けさせたい文章講義』(星海社新書)を刊行した。cakesでは『文章ってそういうことだったのか講義』を連載中。
ブログ:FUMI:2
Twitterアカウント:@fumiken

写真

キベ ジュンイチロウ
1982年生まれ。福岡県出身。大学新聞部での取材をきっかけに写真を始める。在学中から、フリーランスとして仕事をはじめ、大学卒業後はベンチャー企業に5年間勤務。2011年、独立してフリーランスに。得意な被写体は「人」。
オフィシャルサイト:http://www.kibenjer.net/

 

コルク

この連載について

初回を読む
未来を切り拓く作家たち 株式会社コルク・三枝亮介インタビュー

古賀史健

「日本に作家のエージェント業を根付かせたい」という想いから設立された、新会社「コルク」。社長の佐渡島庸平さんとともに、新しい挑戦に乗り出したのが、元講談社の文芸編集者・三枝亮介さん。作家とのスクラムを大切にし、阿部和重さんや伊坂幸太郎...もっと読む

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k_sato_oo 「編集者とは、木の上に登る人間だ。そして作家に向かって『あなたの進むべき道はあっちだ』となるべく遠くを指さすことのできる人間だ」|コルクが考える新しい編集者像| 3年弱前 replyretweetfavorite