早見和真 第三回「"人間とは何ぞや"という問いこそが最大のミステリー」

「整形シンデレラ」とよばれた確定死刑囚、田中幸乃。彼女が犯した最大の罪とは? 早見和真さんが、今年8月に上梓した、長編小説『イノセント・デイズ』が話題を呼んでいます。話題作を世に問い続ける早見さんが、今作で、孤独で謎に満ちた主人公に寄り添いながら、見つめ続けてきた"本当のこと"について話を伺いました。第3回は、家族というテーマ、そして小説に託した可能性についてです。


『イノセント・デイズ』は、これまでとはテーマも作風も違うとはいえ、やはり家族の問題が根底に横たわっていますね。そこはこれまでの作品と変わるところがない。

 僕が興味あるのは社会の在り方なんです。社会とは何かと考えるとき、最も見えやすいのが家族なんです。一番小さな社会の形が家族ですから。

『ぼくたちの家族』は、自分の身に起きた実話がベースになっているんですが、うちの母親が倒れたとき、僕のなかで父に対して、「父親なんだったらがんばれよ!」という気持ちが現れてきたんですよね。父は「昭和の父親」的な不器用なタイプじゃなくて、僕とキャッチボールするのが大好きな、飄々とした感じだった。そんな生き方をかっこいいなとおもっていたはずなのに、母が倒れたときに飄々としていてくれないのを目の当たりにしたら急に腹が立って、父親らしくしろ! という気になった。

 そんなことを考えた自分がショックでした。お仕着せの「父親の役割」みたいなものを、いざとなると父に担ってもらいたいとおもってしまう自分のことが。お仕着せ、押しつけ、決めつけを拒否したかったはずなのに、結局、自分もそういうものにとらわれていたことが露わになった。

 家族の問題から考えていくと、そのあたりの社会の在りようが、なんとなく見えてくる。家族はやっぱり自分が重視するテーマです。

 ものの見方や常識、みなに信じられているルールの集大成がいまの社会なのだとしたら、それが手放しに素晴らしいものであるとは僕にはおもえない。過去の政治家や経営者や小説家らを尊敬こそすれ、彼らが作り上げた「いま」は、決して完成形じゃない。だって、苦しいじゃないですか。ふつうにがんばっている人がもっとふつうに幸せになるべきですよ。小説を書くことによって少しでも何かを変えられるなら、それを目指したいとおもっています。

小説が、社会をつくり上げる原動力のひとつであり、「社会をいい方向へ」と考えるにあたって、小説が武器になると信じているのですね。

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山内宏泰

文学とは、なんなのか。文学者たちは今をどうとらえ、いかに作品に結実しているのか。言葉に向き合う若き作家たちの「顔が見える」インタビューシリーズです。

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