早見和真 第二回「目次・オブ・ザ・イヤーがあったら候補くらいには入れるかな」

「整形シンデレラ」とよばれた確定死刑囚、田中幸乃。彼女が犯した最大の罪とは? 早見和真さんが、今年8月に上梓した、長編小説『イノセント・デイズ』が話題を呼んでいます。話題作を世に問い続ける早見さんが、今回、孤独で謎に満ちた主人公に寄り添いながら、見つめ続けてきた"本当のこと"について話を伺いました。第2回は、謎や驚きの絶えない小説の構成について。

前回に引き続き、死刑囚となった若い女性の生涯を、一冊丸ごと使って描き切った早見和真さんの新作『イノセント・デイズ』について話を訊きました。

正解に「ほんとか?」を投げかけるのがクセ

新作『イノセント・デイズ』では、田中幸乃という謎多き死刑囚の人生。『ひゃくはち』は高校野球で、『スリーピング・ブッダ』は禅宗の僧侶たちの世界など、いつも扱うテーマが幅広くて突飛です。次は何が飛び出してくるのか、予測がつきませんね。

 僕は自分を「企画屋」と卑下してるんです。アイデアはよく考えつくし、人と話すのも好きで、たぶん好奇心もある方です。こんな話、おもしろそうでしょ?という話はしょっちゅうしてます。

 なのに、文章を書く自信はなかなか備わらないから苦労してます。その点では、あらゆる小説家に対して僕は引け目を感じていて。こういう小説を書きたい!っていうのはたくさんあるのに、ああ、いまの自分じゃうまく書き尽くせないんじゃないかと、手をつけられていないものがたくさんあります。

題材がガラリと変わるのも驚きますが、それぞれの題材、つまり死刑囚、高校野球、僧侶などの言葉を聞いたときに想像することがらと、まったく異なる話が展開されていくことにもびっくりします。こちらの予測が軽く裏切られていく。びっくりさせたい、という意図がいつもあるのですか?

 それは僕の、ものごとに対する見方の問題だと思います。「ほんとか、それ?」というのがいつでも僕の立ち位置。正解だと信じられていることに、ほんとか?と投げかけるのがクセで、高校生のころからずっとそうでした。

 だから、様々な分野の約束事をそのまま信じるということができない。たとえば野球の物語ならこうくる、っていう型があるじゃないですか。弱小チームにスター選手がひとり入ってきて、どんどん勝ち上がっていくような。それはそれでいいんだけど、その展開が唯一の正解とはおもえない。

『ひゃくはち』はたしかに、そういう従来の野球の物語の枠には入らないかもしれない。エリートのチームに入ってもがく人間が、必死にベンチを目指して、それでも野球に賭けようとする話ですからね。でも、そういうストーリーにだって、いやそっちのほうにこそ普遍性があるんじゃないか。べつに脇道や邪道をねらっているわけじゃなくて、本道はこっちだと心からおもって書いています。

 自分のなかでは、たとえば『ひゃくはち』と『イノセント・デイズ』は、同じことをしているとおもっているんです。ぱっと見は、野球部と女死刑囚の話でぜんぜん違うけれど、「ほんとか、それ?」を追求しているという点ではいっしょなんです。大新聞社やなんとか連盟がお仕着せしてくるものに対して、「ほんとうは、こうかもしれないよ」と見せるのが『ひゃくはち』。『イノセント・デイズ』の場合はもっと直截的で、こういう報道がされていて世間はこう信じているけど、その見方だけが正しくて正義だとおもっているの? という問いかけ。『ひゃくはち』で始めた探求の、ひとまずの完成形が『イノセント・デイズ』じゃないかとおもっています。

そう言われてみれば、『イノセント・デイズ』は、冒頭から最終の場面まで「ほんとか、それ?」で埋め尽くされていますね。最初に出てくる裁判の場面で、被告人として立っている女性の姿からして、見た目通りに解釈していいのかどうか、戸惑う感じがあります。目の前にあるものの何もかもが、ほんとうにそのままおもった通りのものなのかどうかと怪しくなってきてしまいます。

 順に読み進んでいくと、信じていたことが覆されて、自分の足元が崩れていくような感覚が何度も訪れるはずです。最終章になってようやく覆されることもたくさんありますしね。最後までずっと「ほんとか、それ?」を自分に突きつけ書いていました。そのあたり、うまく伝わっているといいのですが。

最後まで謎や驚きが途絶えないのは、小説全体の構成が練りに練られているからでもありますね。焦点を当てる人物がうまく入れ替わり、時間軸もずらしていったりと、工夫が満載です。

 そこは考え抜きました。目次を見ると、苦心のほどをすこし分かってもらえるかもしれない。手に取ってくださった方は、ぜひ目次、開いてみてください。判決文の体裁をとって章が構成されているんです。もし「目次・オブ・ザ・イヤー」的な賞があったら、候補くらいには入れるとおもうんですけど、どうでしょう(笑)。


プロローグ 「主文、被告人を—」
第一部 事件前夜
 第一章 「覚悟のない十七歳の母のもと—」
 第二章 「養父からの激しい暴力にさらされて—」
 第三章 「中学時代には強盗致傷事件を—」
 第四章 「罪なき過去の交際相手を—」
 第五章 「その計画性と深い殺意を考えれば—」
第二部 判決以後
 第六章 「反省の様子はほとんど見られず—」
 第七章 「証拠の信頼性は極めて高く—」
エピローグ 「死刑に処する—」

この目次、読み終わってから眺めるとさらに凄みが増しますね。「ほんとか、それ?」を徹底していくと、登場人物はみな、シロかクロかで色分けできない存在になっていく気がします。実際、『イノセント・デイズ』の田中幸乃は、責められてもしかたがない行為だっていろいろしてきたことが、徐々に明らかになっていきます。まったくの悪人にも見えないが、かといって聖女のような清らかな人物でもない。少しモヤモヤが残る気もするのですが。

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junminaguchi 正解に「ほんとか?」を投げかけるのがクセ https://t.co/Z129lfLmLV 約3年前 replyretweetfavorite