ビッグデータ “超”分析の教科書

ビッグデータで社会はどう変わる?—北川拓也×ケネス・クキエ対談【前編】

日米気鋭のデータサイエンティストが考える未来とは。ベストセラーとなった書籍『ビッグデータの正体』の共著者で、英エコノミスト誌のデータエディターであるケネス・クキエさんと米ハーバード大で物理学とデータ分析を学び、帰国後は楽天執行役員に就任し、データを利活用した新しい展開を模索する北川拓也さんの対談が実現しました。これから社会や経済、人々の生活はどう変わっていくのでしょうか。前編では、ビッグデータについて深い見識を持つ2人の間で、ビッグデータや統計学の重要性について忌憚なく議論が交わされました。
11/17(月)発売の『実践! ビジネスに役立つ “超”分析の教科書』に先駆け、気になる収録内容をお伝えしていきます。

これからの社会や人間をビッグデータはどう変えるのか


左から、ケネス・クキエさん、北川拓也さん

北川拓也(以下、北川) まず自己紹介させてください。私は米ハーバード大学と大学院で9年間、物理学とデータ分析を学び、帰国後に楽天に入社して主にデータサイエンスに従事しています。

 例えば楽天はKoboブランドで電子書籍サービスをグローバルに展開していますが、日本のコンテンツで世界ではまだ知られていないものはたくさんあります。どの国で、どんな作品が、どのくらい人気なのかというデータを収集し、分析することができれば、面白いことが分かりそうですよね。

 あるコンテンツ会社が、顧客の視聴データを分析して、顧客が見たいコンテンツを制作・配信することで急成長を遂げた事例はよく知られています。このようにデータはコンテンツの質を上げるポテンシャルを秘めていると考えています。

ケネス・クキエ(以下、クキエ) 楽天では電子書籍サービスだけに携わっているわけではありませんよね。なぜ楽天で仕事をしようと思ったのですか。

北川 私はこれまで、長く科学を学んできました。次はビジネスの場で、人間行動を理解したいと考えたのです。多種多様な売り手と買い手がネット上に集い、リアルなビジネスとも協業を進める楽天という会社は、そんな私が働くのに合っていると思いました。

 物理学という学問は、材料同士を結合して複雑で大きなものを作ろうとする流れと、モノをより小さなものへ分解しようとする流れがあり、同時にその2つの流れを統合する理論が存在します。経済も、個人によるモノの売り買いといったミクロを捉える流れと、国同士の貿易や世界のマネーの動きを追うようなマクロを捉えようとする流れがあります。ビッグデータを使ってその両者をどう結びつけられるか、ビッグデータは社会や人間をどう変えていけるのか、今日はそのあたりの話ができないかと考えています。

データを蓄積・分析することで 様々な知見を得られる

クキエ 今まであまり話したことのないテーマで新鮮です。

 私が考えるに、この200年余りの間で人間が成し遂げた最も重要なイノベーションこそ、統計の発明ではないかと思います。不確実性についても定量化して把握できるようになりましたし、何より人々は直感に頼ることなく、データを蓄積してそこから答えを導けることを学びました。データによって自分たちの行動を予測することができたり、それまで想像もしなかった地平が見えてくるようになったんですね。

北川 私自身も、意思決定のあり方について、データを見ることで分かることがあると思うことがありました。

 少し話が外れますが、楽天に入社していくつもの会議に出席するようになって考え始めたことです。会議の議論がダイナミックに進むかどうか、いったん広がった議論が収れんしていくかどうかは、会議に参加している人数によって変わるんです。ということは、会議の内容と参加人数を観察し続けていれば、「会議でクリエイティブなアイデアを生むためには、人数は○人がよい」という答えを導き出せるかもしれない。こういったことが分かってくれば、意思決定の世界に劇的な変化をもたらすと思います。

クキエ 継続して観察し、データとして蓄積していけば、様々なことが学べます。

 例えば、裁判官が判決を下す時刻によって、刑罰の軽重に差があるという研究があります。午前中は比較的量刑が重く、午後は軽い。でもその裁判官が昼食を食べなかったら、午後の量刑が一番重くなるというものです。これは裁判官の腹の減り具合と血糖値の高低から説明されているのですが、実際に観察し、データを蓄積していけば、明瞭に答えが出るのではないでしょうか。

 目の前に危機があると人は正しい判断を下せなくなるという考え方についても、例えば、飛行機墜落の危機に直面したパイロットやそこに同乗した医師が、どう判断を下すかといったデータを何年もかけて蓄積していけば、本当に正しいかどうか分かるのではないかと思います。

北川 そのようにデータを蓄積し、分析することの大切さを社会に浸透させるには、教育の場でデータの持つ意味を知らしめることが、最もよい方法ではないでしょうか。そうした教育を受ければ、多くの人がビジネスの現場でもデータを使いこなせるようになる。これは私の友人である統計家、西内啓氏が主張し続けていることです。私もそう思っています。

クキエ それは統計のスキルを社会全体に分散して配置するというイメージですか。

北川 その通りです。

クキエ 100%正しいと思います。100年前は、パソコンを動かして情報収集や分析をできる人はいませんでした。ビジネススクールに行って財務や会計の知識を得ることもできなかった。また300年前には、字を読める人を探すほうが難しかったはずです。

 しかし今日では、識字率は上がり、会計の知識は広く知られ、パソコンを使った情報収集や分析も当たり前になりつつある。教育によってリテラシーが向上したのです。ビッグデータについても同じことが言えます。

(後編へつづく)

北川 拓也(Takuya Kitagawa)

楽天 執行役員 ビヘイビアインサイトストラテジー室 室長 。
理論物理学者。ハーバード大学で数学、物理学を専攻し、2013年同大学院で博士課程修了。現在は楽天でデータサイエンスのチームを率いる。

ケネス・クキエ (Kenneth Cukier)

英エコノミスト誌 データエディター。
主に経営と技術分野の記事を手がける。2002〜04年にハーバード大学ケネディスクール客員研究員。2007〜2012年東京特派員で日本に駐在。


『実践! ビジネスに役立つ “超”分析の教科書』は11/17(月)発売です!

実践! ビジネスに役立つ “超"分析の教科書 (日経BPムック)
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この連載について

ビッグデータ “超”分析の教科書

日経ビッグデータ編集部

ビッグデータ時代が到来した今、これからのビジネスパーソンには、データを読み取り、分析する基本的な能力が求められています。このニーズに応えるため、データ分析の基本的な考え方からデータ分析に成功した企業のケーススタディ、データ分析に関わる...もっと読む

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コメント

OsamubinLaden 分析大事  4年弱前 replyretweetfavorite

HBKi 「この200年余りの間で人間が成し遂げた最も重要なイノベーションこそ、統計の発明」「不確実性についても定量化して把握できるようになりましたし、何より人々は直感に頼ることなく、データを蓄積してそこから答えを導けることを学びました。」: https://t.co/bL1AbEnKPy 4年弱前 replyretweetfavorite

Makoto_Shirota おお、北川拓也氏、お元気そうでなにより。 https://t.co/3FsseFkU7h 4年弱前 replyretweetfavorite