すべらない白鳥座伝説

星座館に集う人々と家族の絆を描いた「三軒茶屋星座館」シリーズで好評の、ホメロスも驚きの超現代訳ギリシャ神話、ヤンキー調。実はとってもダメ~で人間くさい神様たちの姿が、三軒茶屋星座館主人、金髪の元ヤンである和真の語りから浮かび上がってきます。今回はお笑いをとるのに命がけの少年と、爆笑王である友だちの友情を描いたお話です。

「……白鳥座は夏の星座のなかでも代表的な星座だよ。ほら、あそこの天の川のなかにある、十字に交差した明るい星、わかるかな」

 和真は自分のビールグラスを片手にドームスクリーンの縁に立つ。

「またの名を『北十字星』とも言う。その姿が白鳥に見えるんだね。ひときわ明るい星はデネブって言う星で、太陽の十万倍も明るいんだよ」

 プラネタリウムの客席は半分ほどが埋まっていた。彼らは客席のリクライニングを利かせて、星像投影機が映す夏の夜空を眺めている。

「白鳥座の話の主人公は、パエトーンという名前の少年だ」

「何歳くらい〜?」

 酔った女性客が手を挙げた。

「うーん、小学生くらいかな。この少年パエトーンは太陽神アポロンの息子だよ。アポロンってわかるかな? ゼウスの子供のひとりだけど」

「わからな〜い」

「そっか。詳しくはオリオン座のときにも話してるんだけど、大神ゼウスはヘラっていう超恐い奥さんがいるのに三度の飯より美女が大好物で、バンバン外で子供を作っちゃうんだよ。そうして生まれた子供たちの中でもとくに優秀なエリートの神様が、太陽神アポロンと、月の女神アルテミスの双子なんだ。白鳥座のパエトーンはそのアポロンの息子だから、ゼウスの孫ともいえるね」

 さて、と和真は息をひとつ吐くとビールで口を湿らせた。

「パエトーンはとくべつイケメンじゃないけど、とにかく剽軽な子供で、学校のクラスでもなかなかの人気者だ。ほら、グループにそいつがいるとなんか楽しそうな感じがする奴っているだろう? パエトーンが話すと『お前ってほんとバッカだよなぁ』って笑いが生まれる。クラスで面白い奴ランキングの投票ではいつもトップ3の座を守ってた」

「いたいたそういう奴」と手前の中年客が笑った。

「でしょう? たぶんそんな感じだよ。とにかくパエトーンは笑いに対してはどこまでも貪欲なんだ。自分が一番面白いって信じてたし、すこしでも笑いがとれそうなら先生に怒られたって平気で大声を出してギャグを連発してた。でもね、それでも彼はクラスの一番にはなれなかったんだ。

 彼にはキグナスっていう強敵がいたんだよ。

『パエトーンも笑えるけど、やっぱ一番面白いのはキグナスだよなー』

 ってのがクラスの評判だった。決して面白さでは負けてないはずなんだけど、なんていうのかな、パエトーンは笑いを取るのにどこか必死になりすぎちゃってたんだよね。一方でキグナスは『自分はみんなから認められてる』っていう余裕があって、それが笑う側の安心感にも繋がってるんだね。

 そしてなにより、キグナスには必殺のギャグがあったんだ。

 それ一発でクラスを大爆笑の渦にさせるような必殺ギャグが」

「どんなのですかー?」とさっきの酔客が振り返った。

 そんなことを訊かれたなにか答えなくてはいけない。

「……えっとね、こう手を頭の上で×型に交差させて『それって、キグナス、キグナス!?』って体を揺らしながら飛び上がるんだよ」

 そう言って和真がジャンプする。

「もう一回!」

「だからぁ、『それって、キグナス、キグナス!?』」

 あははははは、と酔客が身を捩るほど笑い、周りの客たちもにやにやと歯を見せた。

「そんなに面白のそれぇ〜?」

「いいだろ、僕がやっても面白くないけど、学校の教室じゃ大爆笑なんだよ。キグナスは面白オーラで充ち満ちてたし、みんなはキグナスが笑わせてくれるキッカケが欲しかっただけだからね。でももちろんパエトーンは納得できない。だから彼はキグナスに対抗して新しいギャグをいくつも考えたんだ。けど残念ながらどれもこれもいまいちクラスには浸透しなくて、すぐにみんなに飽きられちゃう。それどころか自分のギャグで寒くなった瞬間に後から被せてくる『それって、キグナス、キグナス?!』の爆笑で救われるざまだ。しかもあとで、

『大丈夫、パエトーンも面白いって』

 なんてキグナスに言われると、それが同情に聞こえて余計に腹が立つんだ」

「えっと、これなんの話ですか?」と手前に座る中年客が訊く。

「もちろん、白鳥座の話だ」

 和真は真顔できっぱりと答えて、ビールを口にする。

「……さて、そんなある日。

 国語の先生が『私のお父さん』という作文の宿題を生徒たちに出したんだ。エリートの二世にありがちなことに、パエトーンはぜんぜん勉強ができなかったんだけど、この宿題だけは気合いを入れて書いていった。なんせ彼のお父さんは太陽神のアポロンだし、そんな父親を彼はむちゃくちゃ尊敬してたからね。父親への想いはクラスの誰にも負けないと思ってた。

 それに実はパエトーンの父親があの有名な太陽神アポロンだってことを、まだクラスのみんなは知らなかった。自分が有名人の息子だってことで気を使われるのが嫌でいままで内緒にしたんだよ。でもキグナス全盛のこのクラスではもはやそんなことも言っていられない。もしこの機会に自分がアポロンの息子だって発表したらみんなは死ぬほど驚くだろうし、今後の自分のギャグへの注目度も高まるかもしれないとパエトーンは思った。

 そして宿題の提出日。

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超ヤンキー訳 すべらないギリシャ神話

柴崎竜人

娘一人に、お父さんが二人――星座館に集う人々と家族の絆を描いた「三軒茶屋星座館」シリーズが好評です。作品のもうひとつのウリが、星座のモチーフとなったギリシャ神話の物語。神々の王ゼウスは超絶倫! 英雄ヘラクレスの目的はモテること!? 実...もっと読む

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