第73回】ベルリンの壁崩壊から25年、東西ドイツ統一の困難を振り返って思うこと

ドイツのシュトゥットガルトに在中の川口マーン惠美さんが、EUから見た日本や世界をテーマにお届けするコラムです。


壁の崩壊を祝うため、ブランデンブルグ門に集まったベルリン市民 〔PHOTO〕gettyimages

東西冷戦に終止符を打ったベルリンの壁崩壊

今からちょうど25年前の1989年11月9日、ベルリンの壁が落ちた。これにより、戦後40年以上続いた東西冷戦に、事実上の終止符が打たれたのだった。

壁の崩壊のきっかけが、ゴルバチョフ氏であったことは間違いない。1985年、ソ連共産党書記長に就任した彼が着手したペレストロイカ(改革)は、破綻していたソ連の財政の立て直しを目標としていたが、それはまもなく政治や軍事、外交、はては思想全体の見直しにまで発展した。

当時のソ連の経済は、すでに壊滅状態だった。アフガニスタンでの泥沼のような出費が、その没落に拍車をかけていたとも言われる。防衛費をどうにかして減らそうとしたゴルバチョフは、レーガン大統領とともに核軍縮への布石を敷き、民主化の意思を示すため、国内の政治犯を釈放した。そして、その変化の気配を敏感に感じ取ったハンガリーやポーランドは、静かに、しかし確実に、ソ連の支配下を離れ始めた。

ところが東ドイツは、断末魔にあるソ連を前にしながら、現実を見ることはなかった。それどころか、1989年1月、ホーネッカー書記長は「ベルリンの壁は、50年後も100年後も存在し続けるだろう」と、間抜けな演説をしていたのだった。

しかし、歴史の展開は早かった。その年の5月には、ハンガリーがオーストリアとの国境を開き、自国民の出入国を認め始めた。すると、ハンガリーまで合法的に来られる東ドイツ人が、このルートを使ってオーストリアに出ようと試みた。

最初、東ドイツ人の出国を許可することを躊躇していたハンガリー政府だったが、そのうち、東ドイツのために第2の壁の役割を果たすのにうんざりしてしまったらしく、東ドイツ人にも国境を開放するようになった。それを見た東ドイツのホーネッカーはソ連に救いを求めたが、すでにこの時、ゴルバチョフの興味は、東ドイツではなく、西ドイツの意向にあった。

有史以来最大の占拠事件と100万人を超えた月曜デモ

その頃、チェコ経由で西側に出ようと試みていた人たちもいた。しかし、チェコ政府は東ドイツに遠慮して、国境を開放しなかった。そこで、彼らはプラハのドイツ大使館に行き、亡命の申請をしたが、事態は硬直した。そのため、9月、プラハの西ドイツ大使館には、にっちもさっちもいかなくなってしまった東ドイツ人が、1万人も集まったのだった。

彼らは大使館に居座って、西ドイツへの出国が認められるまで一歩も動かないと頑張った。歴史始まって以来最大の占拠事件と言われる出来事だ。まもなく衛生状態が悪化して、赤十字が警告を発する事態となった。

結局、この事件は西ドイツ外相、ハンス・ディートリッヒ・ゲンシャーの尽力により、9月30日に解決した。外相はこの日、プラハに飛び、大使館のバルコニーから、中庭にひしめく東ドイツ人に向かって、亡命を受け入れる旨のスピーチをおこなった。このシーンはYouTubeで観ることができるが、いつ見ても、私は感動を抑えることができない。

10月に入ると、東ドイツのライプツィヒで月曜デモが始まった。毎週拡大していくそのデモを、ホーネッカー氏は戦車で押しつぶそうとしたが、すでにソ連の後押しはなく、押しつぶされたのはホーネッカーだった(10月18日)。勢いを得たデモは全土に広がり、11月4日、100万人の規模に達していた。

国民が求めていたのは、亡命ではなく、国境の開放だった。彼らは海外に出る自由と、普通選挙を求めていたのだ。すでにパニックに陥っていた東ドイツ政府は、11月6日、「旅行法案」を提出したが、これは、出国したら最後、再入国が認められないものだった。それを知った国民は激しく怒り、政局はさらに混乱した。そこで9日の午前、政府は慌てて、再入国を認める条項を付け足し、昼ごろ、その新法案は混乱のさなかで、浮足立った議員たちによって可決された。

その夜、記者会見があり、政府のスポークスマンであったシャボフスキーが記者の質問に臨んだが、昼間の議会に欠席していた彼は、新しい法律の詳細を知らなかった。「この法律はいつから施行されるのか?」という記者の質問に、焦ったシャボフスキーは「私の持っている情報が正しいなら、即刻だ」と答えた。夜7時のことだった。壁の崩壊は、この「偉大なる勘違い」から起こったのである。

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シュトゥットガルト通信

川口マーン惠美

シュトゥットガルト在住の筆者が、ドイツ、EUから見た日本、世界をテーマにお送りします。

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