東京都港区の路地裏にある隠れ家のようなバー。平日、午前0時を過ぎるころ、高級スーツを身にまとった若手ビジネスマンやラフな格好の実業家らが集まりだす。
「チェック」「コール」「レイズ!」
カードを配る女性ディーラーに対し、さまざまな掛け声がかけられる。彼らが興じているのはポーカー。といっても違法ギャンブルではなく、店内だけで通じるポイントを買い、その多寡で勝負を決める。しかも、実は3000円程度の“お手頃価格”でもリッチなカジノ気分を味わえるため、プチ富裕層の間で「大人の遊び」として人気があるという。
客の一人、高給で知られる民放キー局に勤務する男性(39歳)は「昔は、女遊びや車にも相当なカネをつぎ込んでいたが、今は遊びといえばこれだけに絞っていますね」と大量のチップを片手に話した。それまでの遊興費からすると、万単位で削減できたという。
「カネはあっても貯金はない 見栄っ張り“トヨネーゼ”の悲哀」では、家計に苦しむプチ富裕層の特性を紹介したが、家計の見直しセンターの藤川太代表によると、その多くが40代のバブル世代という。30代以下になると、“見栄っ張り消費”はあっても、消費分野がかなり絞り込まれていたり、ケチなまでに節約意識が高いこともある。
「子供ができて、夫の車は真っ先に売らせました」
こう話すのは、大手通信会社に勤務する夫(36歳)を持つ専業主婦の女性(26歳)だ。
家計は夫から“全権委任”されており、真っ先に標的になったのが夫の高級車「レクサス」だった。「夫からはかなり抵抗されましたが、維持費がバカにならないですし。夫が『独身時代に元彼女を乗せていた』というからなおさらということで(笑)」
この女性は夫の月収67万円のうち財形貯蓄に5万円、企業年金に2万円、積み立て定期に6万円、そのほか残業代で変動する10万円以上はプールするなど積み立てを図る。
夫の小づかいは主に昼食費となる5万円、ゴルフ代の2万円だけだが、「昼食は本当なら弁当を持たせたいが、仕事の付き合いで必要だというので仕方ない。ゴルフは夫の出世のための投資と考えることにしています」と話す。お金をかけるのは長男(11カ月)向けのお菓子やベビー用品のほか、食器や家具など長く使える家財道具だけという。
40代のプチ富裕層が、家も車も教育もどれも「いいモノ」にこだわるあまり、結局どれも手放せず家計難に陥る負のスパイラルから抜け出せないのと比べると、まさに正反対といえる。
この女性は、バブル経済を経験しておらず、物心ついたときから不景気続きだ。夫の通信会社も近年不振気味で、「年金が出るまでに1億円必要とかいう話も聞く。いくら貯蓄しても足りないという不安が常にある」とまるで強迫観念のように節約に励んでいる。
年収2000万円の余裕
うまく“ケチ”るのが秘訣
また、いわゆる資産家ではなくキャッシュフローの高いプチ富裕層でも、年収2000万円以上の生活をのぞくと、ガラリと違う景色が見える。支出の優先度に「見栄」より、「効果」を求める傾向が強くなるようだ。藤川氏は「この層は専門職や、リストラが多い外資系企業の社員も多く、資産形成にも熱心」と指摘する。
「短い距離だったら、LCC(格安航空会社)も使いますよ」
富裕層向け投資アドバイスを手がけ、自らも5000万円以上の資産を持つS&S investmentsの岡村聡代表はこう話す。長距離移動の出張などではもちろんビジネスクラスを利用するが、1、2時間程度ならLCCを使うことで支出を削減する。「出費にはメリハリをつけている」と説明する。
現在居を構えるタワーマンションの知人たちには、外資系金融機関に勤める夫妻や自営業で世帯年収が2000万~3000万円の層が多いが、「高級時計を着けたりする世帯は少ない。車や衣服、外食にお金をかける人もあまりいないですね」と指摘する。
代わりに、ぜいたくをするときには集中的に楽しむ。「日本で中途半端に高級なものにお金をつぎ込むぐらいなら、モナコのレストランとか究極のものを経験したい」。
また、子供の教育も数少ない集中投資先といえる。といってもいわゆる「お受験」のためではなく、グローバル人材の育成が主眼。岡村氏は近く妻と娘をシンガポールへ引っ越しさせる計画だ。「3、4歳の幼少期から英語だけでなく中国語も教えてくれますしね」。周囲でも海外で教育を受けさせる世帯が増えている。
このように、プチ富裕層でも少し世代が下がったり、年収が高いと、実は様相が全く違うという特徴がある。俯瞰的に見ると、これまで「富裕層」というカテゴリーの下位に属していたプチ富裕層が、日本経済の停滞により、その“特権”を失ってしまったのが実情ともいえる。
老後に路頭に迷いたくない。40代のプチ富裕層がそう願うなら、これまでの右肩上がりの収入を前提とした“幻想”をまず捨てるべきだろう。
【Column】
年収2000万から自己破産へ
カネに翻弄の人生から再出発
外資系企業のエリートから、1億円を超える借金で破産を経験し、現在再起中の北嶋一郎さんに教訓を聞いた。
きたじま・いちろう/獨協大学卒業。IBMやインテルで働くも、現在は自己破産申請中。著書『生きぞこない』(ポプラ社)が発売中。Photo by Ryosuke Shimizu
2006年のある平日。東京・銀座の高級時計店に白いBMWが乗り付けられた。颯爽と降り立った若い男性は彼女の手を取り、「貸し切り」と書かれた店舗へ入っていった。
革張りのソファの前。差し出された高級腕時計を並べ替えると、男性は女性店員を見つめ、こう言い放った。
「じゃあ、ここからここまでいただくよ」。商談の時間約30分。腕時計6点で計500万円の買い物だった。
店員からは「きゃー、北嶋さま、かっこいい」と歓声。彼女も「ありがとう」とにっこり笑った。
まるで映画の主人公みたいな光景だが、これは北嶋一郎さんがIBMのエリートとして活躍していた当時の話だ。実際、このころまで人生のあらゆる場面で「主人公」だった。
「モノを買う、お金を使うことが本当に気持ちよかった。あの気持ちよさのためにどんな苦しいことも耐えられた」と北嶋さんは振り返る。
バブルの絶頂期に入社したIBMではいきなり年収1000万円。「スーツを着てビルに吸い込まれるだけで毎月100万円が振り込まれた」。すぐに「六本木カローラ」の呼称で人気だったBMWを購入したのを手始めに、ほぼ毎年車を買い替え、車体価格と同じレベルの改造も施した。
仕事でも、常に出世街道の最前線を走っていた。2000年には35歳の若さで700人の部下を持ち、社内のパソコン販売総額で世界1位を達成。金づかいは一層派手になり、田町に購入したマンションは当時の交際相手に「くれてやった」。
ところが、05年にパソコン部門が中国レノボに買収されたのを機に、人生が音を立てて壊れ始めた。
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