人の行動を自発的に変えることを命令する」という矛盾のそばで

人の行動を変えるには、どうしたらいいものか? 経済学者は"インセンティブ"、社会学者は"まわりとの関係性"、政治学者は"権力"で説明しがち。さて、物理学者と統計学者は? ウエアラブルセンサによって身体活動のデータ分析し、人間を支配する隠れた法則を解き明かした『データの見えざる手』の著者・矢野和男さんと、本書を読んだ『統計学が最強の学問である』でお馴染み西内啓さんとの対談が実現しました。在野の研究者であるお二人だからこその知見を、全4回でお届けします! 
ちなみに、cakesでも大人気だった連載の実践編である『統計学が最強の学問である[実践編]』が好評発売中です!

統計家として興奮した『データの見えざる手』のポイントとは

西内啓(以下、西内) 矢野さん、はじめまして。『データの見えざる手』、すごくおもしろく読ませていただきました。

矢野和男(以下、矢野) ありがとうございます。

西内 私が特にテンションが上った部分はどこかと言いますと、コールセンターの受注率が、休憩所の会話の「活発度」と相関していたというところです。

矢野 ええ。休憩室の会話が活発なときに、パフォーマンスが上がることがわかりました。そこは、注目してくださる方が多いですね。

西内 そうなんですね。でももしかしたら、私のテンションが上ったポイントは、ちょっと他の人と違うかもしれません。結果に対してではなくて、「ビジネスにおける定量分析のケースが書かれている! しかも日本のケースだ!」ということにテンションが上ったんです(笑)。

矢野 そこですか(笑)。それは、お仕事柄でしょうか。

西内 はい。私は分析の仕事をするときに、先行研究をすごく大事にしていて、その道の最先端の科学者はどこまでのことを明らかにしているのか、逆に何はまだわかっていないのかということを、必ず踏まえてから分析にとりかかるんです。日本では、経営学の定量的な分析結果があまり出てこないんですよ。経営学者の方も、歴史研究や質的な研究をされている方が多いんですよね。

矢野 ああ、そうかもしれません。

西内 アメリカでは、ヒューマンリソースのマネジメントで、どういうタイプのリーダーとどういうタイプの職場の相性が良いのか、といったことがよく研究されています。
 この本に載っているコールセンターの調査結果は、アメリカのエビデンスとも整合性がありますね。決まったルーティンのあるような定型的な仕事をする場だと、リーダーに求められる一番の資質はエモーショナルなサポートをどれだけするかということなんだそうです。

矢野 たしかに休憩所の活性化は、感情に関係するサポートですね。

西内 一方、型が決まっていない仕事の場合は、適切に仕事を振り分けられるリーダーのほうが向いている。『データの見えざる手』を読んで、この結果が日本でも確認できたんだなと、ひとりでエキサイトしておりました(笑)。

矢野 じつは、本には書いていないですが、それをさらに補強する研究結果が報告されています。緊急病棟のような非定型の塊で、しかも時間制約もきびしい現場では、本書に書いたような、リーダーを含むメンバー間に三角形のネットワークがあるかどうかということは、生産性と関係ないという結果が出ています。そういう現場では、リーダーが指示や判断を的確かつ適切なタイミングで出すことが、もっとも重要なんですよね。

西内 やっぱりそうなんですね。

矢野 西内さんはもともと医学部出身で、パブリックヘルス(公衆衛生)の研究をされていたんですよね?

西内 そうですね。そのなかでも、人の行動はどうやったら変わるのかということをずっと研究してきました。2010年には、ハーバードのスクール・オブ・パブリックヘルスに研究員として行っていたのですが、このまま研究していても、実際に行動を変える場には立ち会えないということに気づいて、今は主にビジネスの現場で統計ツールを使ったデータ分析をしています。

矢野 「人の行動を変える」というところは、我々としても十分に解けていない課題ですね。こう人が行動を変えたらよい方向に向かう、ということがわかっても、「行動を自発的に変えることを命令する」ってすでに矛盾してるじゃないですか(笑)。だから、例えば職場の環境、空間、コミュニケーションのパターンなどを変えることで、無意識のうちに行動が変わるという方法がいいのかなと。
 前述のコールセンターの会社などは、スタッフがウエラブルセンサを常時付けて、そのフィードバックを日々業務改善に活かしているんですよね。これは、これからの働き方のひとつになるんじゃないかと考えています。

行動を変えるためには「活性化エネルギー」が必要だ

西内 いま、人の健康に関する行動を変えるところで、スタンダードに使われているのが「統合行動理論」というものです。これは、心理学者が中心になって、いろいろな心理学研究のなかで何が行動を変えるかをレビューし、整理してつくった理論なんです。

矢野 だから、「統合」なんですね。

西内 統合行動理論では、心理的な要因として、大きく分けて3つのものがあります。ひとつが「態度」。その行動をとるのが得か損か、かっこいいかどうかなどについて本人がどう思っているか、という要因です。
 2つ目が「規範」。本人ではなく、まわりでそれをやっている人がいるか、まわりがそれをやるべきだと思っているかどうか、ということ。
 3つ目が「コントロール感」。自分がその行動をとれると思うかどうか。

矢野 なるほど。

西内 私は、行動を変えるためにどういう研究があるのかということを、ずっと勉強してきました。そのなかで思ったのは、これまでの学問というのは、行動を変えるメカニズムの一部に注目しがちだったということ。経済学者は、全部「インセンティブ」で片付けちゃうし、社会学者は、社会と本人の相互作用など、「まわりとの関係性」にフォーカスする。そして、政治学は、すべて「権力」で説明しようとする(笑)。

矢野 たしかにそうですね(笑)。

西内 これらはつまり、態度か規範かコントロールか、っていうところに集約されるんですよ。そしてこれは、『データの見えざる手』のなかの、人の行動を熱力学の法則で説明するというところにも当てはまると思うんです。

矢野 ほう。

西内 この本の中では、「エネルギー保存則で、1日の行動の活動予算が決まる」など、静的な状態の記述はもうだいぶされていますよね。今度は、化学変化の部分が説明できるとおもしろいんじゃないかと思いました。分子のメタファだと、「規範」がまわりとの相互作用で、「態度」はどういう状態がその分子によって安定的なのかということ。そして、コントロール感が何かというと、活性化エネルギーの部分だと思うんです。要するに、何か行動を変えようとすると……
※活性化エネルギー:物質が化学反応を起こす際に、もとの状態から遷移状態に励起するのに必要なエネルギーのこと。


From Wikimedia Commons, the free media repository(Author:Nekohan)

矢野 何かエネルギーを与えて、励起しないといけない(笑)。ある一点で、ジャンプが必要なんですね。

西内 そうです(笑)。Aの行動をとっていた人が、Bの行動をとるようになるって、人間にとってハードルの高いことなので、それをどう乗り越えさせるかということですよね。
 でもうまくやれば、個人の行動を変えることもそうですし、組織全体にとっても、この化学変化を起こすことができるんじゃないかと思います。誰に働きかけるかとか、すでにBの行動をとっている人をネットワーク構造のどこに配置するかなどで、Aで安定的だった組織も、徐々にBのほうにひっくり返っていく。そして、だんだんBの行動をとるのが当たり前になるということがあるんじゃないかなと。

矢野 おもしろいですね。どういう要因で行動が変わるかということの整理は、いろいろな学問でやられてきたと思います。今回のウエラブルセンサの研究で特徴的なのは、それと同時にフィジカルな動きが、ある種の資源となってすべての行動に結びついているというあたりかなと。

西内 そうですね。

矢野 本の口絵に載せた「ライフタペストリ」は、人間の1年の活動量を、リストバンド型のウエラブルセンサで計測した動きの活発さによって、色分けして表示したものです。活動量の多い状態を赤、中くらいの状態を緑、少ない状態を青で示すと、それぞれに非常にきれいな予算が決まっていることがわかるんですよね。多少の変化はあっても、赤、緑、青の割合は、どの人も一定なんです。あたかも赤、緑、青のインクがあって、それぞれ1日に使える量が決まっているように。


ライフタペストリ(4人の1年分)。リストバンド型ウエアラブルセンサで計測した動きの活発さを色で表示した。活発な動きを赤で示し、静止状態を青で示す。日次、週次での規則性が人により大きく異なっていることがよくわかる。
(『データの見えざる手』16Pより)

 この資源の観点から分析すると、例えばこの私たちの会話がいつ終わるのかとか、どこで合意に至るのか、なんてこともわかるかもしれない。いくら、意志の力などで説明しようとしても、実は相当の影響や制約が活動量の資源からきているんですよね。


ライフタペストリ(著者の5年分)。生活時間帯が大きくずれているところは、海外出張による時差の影響。運動が多かったところ、少なかったところを見ると、そのとき何があったかを思い出すきっかけとなる。
(『データの見えざる手』17Pより)

西内 たしかにそれは、今まで意識されていなかったことですよね。

人間は猿と変わらない。だから、非言語の要素が大きく影響する

西内 この研究のすばらしいところは、単にウエアラブルセンサを開発してデータをとったというだけでなく、そのデータを人間行動の普遍的な法則性を見出すことに使っているところだと思います。

矢野 けっこうよく、「このときは何をやっているか」ということを判別するだけのためにウエアラブルセンサを使っている場合もありますからね。

西内 そうなんですよ、データをクラスタリングして「これがわかって、なにがうれしいの?」っていうような結果を出しているのを、よく見かけます(笑)。

矢野 我々も最初は何を分析していいのかわからず、試行錯誤しました。でも、加速度や動き、対面でどれくらいどの人に会っているか、というプリミティブな情報を膨大に積み重ねていくと、意外と人間の本質的なものが表れてくるんですよね。そのことが、おもしろいと思います。

西内 そうですね。

矢野 この研究は長年、マサチューセッツ工科大学のサンディ・ペントランド先生と協同で進めました。立ち上げのときからよく話していたのは、人間って9割以上、猿と共通した行動を示しているということ。だからこそ、体の動きや声のトーン、人と会うタイミングなどの非言語的な要素が、おどろくほど行動に影響を与えているんです(『正直シグナル:非言語コミュニケーションの科学』アレックス(サンディ)ペントランド、みすず書房)。
 我々の体をつくっている70億年の進化の歴史からは逃れられない。そういう発想に端を発しているのが、我々のウエアラブルデバイスの使い方の特徴なのかなと。

西内 あと、おうかがいしようと思っていたことがもうひとつあります。本のなかで「向上すべき業績(アウトカム)を明確にする」「学校や教育機関における学習効果をアウトカムとし……」など、「アウトカム」という言葉を使われていますよね。

矢野 はい。

西内 私は意識的に、「アウトプット」と「アウトカム」を使い分けるようにしているんですけど、それは医学研究や政策科学からきている使い方なんですよね。
 アウトプットというのは要するに、この政策の認知率が何%、資料請求が何件あった、という単なる数値です。それによって「どんないいことがあったのか」というところまで踏み込むのがアウトカム。英語では明確に区別されています。ゴールから逆算して、一番近い指標をアウトカムとして選ぶのは、自分がリサーチデザインを教えるときもかなり強調しているポイントなんです。だから、矢野さんはどこからこの言葉を使われるようになったのかな、と思いまして。

矢野 アメリカで長い間共同研究をしていたときに、結果として何が出てくるのかということを「アウトカム」と呼んでいたんですよね。またビジネスでも、ただコスト以上の価格で売ることで儲ける以外に、アウトカムベースのレベニューシェアやプロフィットシェアというビジネスモデルが、これからもっと重要になるだろうという流れもありました。それで、ある時期から、アウトカムという言葉が自然に出てくるようになったようです(笑)。

西内 自分以外で、日本のビジネスのデータ分析で「アウトカム」という言葉を使っている人を初めて見たので、ついうれしくなってしまいました(笑)。


次回は、11/7更新予定

次回まで待てない!という人は、『データの見えざる手』のすごさを伺った、以下の連載も併せてお楽しみください!
人間の行動を支配する隠れた法則とは—『データの見えざる手』矢野和男インタビュー

構成:崎谷実穂


データの見えざる手: ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則
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統計学が最強の学問である[実践編]---データ分析のための思想と方法
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この連載について

どっちが最強!? 物理学VS統計学—矢野和男×西内啓 対談

矢野和男 /西内啓

人間の行動を変えるには、さてどうしたらいいものか? 経済学者は「インセンティブ」。社会学者は「まわりとの関係性」。政治学者は「権力」。さて、物理学者と統計学者は? ウエアラブルセンサによって身体活動のデータ分析し、人間を支配する隠れた...もっと読む

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コメント

mswar777 人の一日の行動量の総予算…的な話、おもしろい。 約4年前 replyretweetfavorite

fwgk3882 組織のマネージメントにウエラブルセンサーを使って研究してたりするんですか / https://t.co/jwdzN9Nnp0 約4年前 replyretweetfavorite

rmuroya 人間は猿と変わらない。だから、非言語の要素が大きく影響する 約4年前 replyretweetfavorite

sadaaki おもしろいです。 約4年前 replyretweetfavorite