すべらない山羊座伝説 

星座館に集う人々と家族の絆を描いた「三軒茶屋星座館」シリーズで好評の、ホメロスも驚きの超現代訳ギリシャ神話、ヤンキー調。実はとってもダメ~で人間くさい神様たちの姿が、三軒茶屋星座館主人、金髪の元ヤンである和真の語りから浮かび上がってきます。夏から秋にかけて夜空に輝く山羊座についてのお話です。とってもひょうきんで宴会大好きの山羊座の牧神パーンは、恋にはとっても一途。さて、彼のした一世一代の恋の行方は……。

「山羊座は黄道十二宮に数えられる星座で、十二月二十二日から一月十九日生まれの人が山羊座ってことになる。

 星図では、山羊座は上半身が山羊、下半身が魚という奇妙な姿で描かれてるんだ。変テコな姿だよね? 今日は山羊座の下半身がなんで魚になったのか、という話をするね」

 和真はドーム型スクリーンの縁に立って、自分のビールグラスに口をつけた。プラネタリウムの客席にはリクライニングを利かせた客たちが横になっている。

「この山羊座はギリシャ神話に登場する牧神パーンがモデルになってる。牧神っていうのは、山の羊飼いたちにあがめられている神様のこと。というわけで牧神パーンは生まれたときから山羊の角とヒゲを持っている超山羊っぽい神様なんだよ。顔も面白いし、お調子者だしで、宴会のときには張り切っちゃうタイプ。でも一方で情熱と狂気の神様でもあって、さっきまでみんなの前で裸になってバカやってたと思ってたら、いきなりその場の空気読まずにキレたりもするんだ。パニックの語源はこのパーンだっていう説もあるくらいだよ。

 いずれにせよ、神話界の宴会部長といえば牧神パーン。

 年末年始の星座でもある彼は、忘年会や新年会にも盛り上げ役として大活躍なわけ。

 そんなわけである日、ナイル川のほとりで神々の宴会が開かれていた。神々の宴会っていっても大したもんじゃない。ギリシャ神話の世界は『セックス大好き大神ゼウス!』がほうぼうで子供を作りまくって神様が量産されたから、大抵みんなゼウスと血が繋がってるんだね。神々の宴会は、いわばお盆で集まった親戚集会みたいな感じだよ。

『いいぞいいぞーっ!』

『パーンもっと脱げーっ!』

『これ以上脱げないっスよ〜、これ着ぐるみじゃないんだから〜』

 なんて山羊面やぎづらのヒゲを引っ張りながらぐいぐいお酒を飲むパーン。いよいよ酔っ払ってくると、いつも大事に持ち歩いてるシュリンクスという名の笛をとりだした。シュリンクスを吹きながら山羊のマネをして踊り狂うのはパーンの鉄板ネタなんだよ。そのおかげで場内はもう爆笑の渦。

『あいつやっぱバカだわぁ』

『まじウケる、つか笑い死ぬ』

 って悶絶する神様が続出するんだ。

 宴会は大盛況。

 でも実はその影で、この宴会をめちゃくちゃにしてやろうと企んでいる奴がいた。その名も怪物ティフォン。彼はかつて大神ゼウスにフルボッコにされたティタン族の生き残りで、ゼウス一族のことを日頃からムカツいてたんだよ。まぁあの大神ゼウスには敵わないにしても、親族ならカツアゲくらいできるんじゃないかと思って、こっそりとティフォンは近づいていったんだ。

『おうおうオメーラ、ちょ、楽しそうじゃねーか、ああーん?』

 ちなみにティフォンは火を噴く蛇の怪物ね。見た目からしてしてそりゃもうむちゃくちゃ恐い不良なわけ。宴会で酒飲んでるのはみんな血統もすばらしい神様だけど、その場にいた全員がティフォンを見て凍りついた。ま、剛胆な父親の子供がたいてい小心者なのは、人間も神様も一緒なんだね。

『ぎ、ぎゃあああああ!』

『ティタン族の生き残りぃぃいいい!』

『てか、蛇が喋ってるううう!』

 もうそれこそパニックだ。

『ちょ、テメェらそこならべ。一列な』

 恐ろしさのあまり言いなりになる神様たち。順々にカツアゲがはじまっていく。反抗しようとする者はひとりもいない。さっきまで底抜けに陽気だった川の畔が噓みたいだ。あたりは緊迫した空気で張り詰めた。

 でも、そのときだった。

 その列の端にならんでいた親子が、急に走って逃げ出したんだ。

 それを合図のようにして、緊張の糸が解けた。いっせいに全員がばらばらの方向に走りはじめた。一気に酔いの覚めたパーンも、悲鳴を上げながら全力疾走だ。川に飛び込んだ神が魚に変身して猛スピードで逃げていくのを目にすると、それを見ていたパーンも、

『お、お、おれっちも魚にっ!』

 とパニクって川に飛び込んで魚に変身しようとした。でもすでにそうとう酒を飲んでいたうえに、天性のおっちょこちょいであるパーン。必死になって魚に変身しようとするんだけど、成功したのはなんと下半身だけ。上半身は山羊のままっていう奇妙な姿になっちゃったんだよ。

 で、その様子を天上から見ていたのが、ご存知のあの男。

 全天一のトラブルメーカーであり、絶大なる権力者の大神ゼウスだった。

 下半身だけが魚になったパーンの姿を見て、基本引き笑いの彼はもう過呼吸になるくらい大爆笑だ。

『ヒ、ヒ、ヒッ! ちょ、このパーンのカッコ、クソワロス! テ、テラワロス! マジ斬新だしっ! 写メ撮って待ち受けにしよこれ』

 とばかりにすぐさまそのパーンの姿を星座にして、いつでも見れるようにしたんだ。それがこの山羊座だよ」

 和真はそう言って、ビールグラスに口をつけて一息つく。

「えー、なんかもっといい話じゃないのー?」

 おそらく自分の誕生星座が山羊座なのだろう、手前に座っていた女が不服そうに言った。

「そのキャラ、星占いとはぜんぜん違うじゃーん」

「うーん、星座のエピソードと、星占いはけっこう違うんだよね。占星術だと山羊座は努力家とか誠実な人だって言われてる。でもギリシャ神話のパーンはむしろ占星術とはまったく逆の性格をしてるんだ。……あ、でもパーンにはもうひとつ話があるよ」

「なになに?」

「さっきパーンが笛を持ってるって話したろう? シュリンクス、って名前の笛。このシュリンクスっていうのはパーンの手作りの笛で、彼がずっと好きだった女の子の名前をつけたんだよ」

「やだぁ、ロマンチックじゃない!」

 女は急にご機嫌になる。

「そうだね。シュリンクス本人は月と狩猟と貞操の女神であるアルテミスに仕える妖精だったんだ」

「え、アルテミスって、あのヤンキーのアルテミス?」

 奥に座っていた中年の男が訊いた。おそらく以前にオリオン座の話をきいていたのだろう。

「そう。オリオンが恋していたヤンキーで月の女神のアルテミスだよ。この話、訊きたい?」

「ききたーい! ちょうだいよロマンチック!」

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超ヤンキー訳 すべらないギリシャ神話

柴崎竜人

娘一人に、お父さんが二人――星座館に集う人々と家族の絆を描いた「三軒茶屋星座館」シリーズが好評です。作品のもうひとつのウリが、星座のモチーフとなったギリシャ神話の物語。神々の王ゼウスは超絶倫! 英雄ヘラクレスの目的はモテること!? 実...もっと読む

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コメント

i_n_m_16 さすが山羊座。変態。俺の星座だわ。 約3年前 replyretweetfavorite

sunny_005 山羊座の男です。切ない… 約3年前 replyretweetfavorite