後編】血の繋がりによらない家族のかたちとは

美女だったら相手を選ばぬ絶倫大王ゼウスに、モテたくてたまらないヘラクレスなど、リシア神話の大胆な現代版アレンジを交えつつ、東京の下町・三軒茶屋の雑居ビルに入ったプラネタリウム兼バーを舞台にした小説『三軒茶屋星座館』シリーズ。なぜギリシャ神話が現代人の生き様につながるのか。そもそも、ギリシャ神話ってこんなお話なのか。後編は、バラバラになりつつある家族の絆、そして舞台となる三軒茶屋についてお話を伺いました。

『夏のキグナス 三軒茶屋星座館』柴崎竜人(講談社)

あらすじ:三軒茶屋にひっそりと佇むプラネタリウム。店主・和真のもとに、10年ぶりに双子の弟・創馬が帰ってきた。娘だという美少女・月子を連れて。娘1人にお父さんが2人。奇妙な共同生活が始まった……。“親子3人”の暮らしに乱入する、和真に恋する謎の美女。そして、家族の秘密の鍵を握る存在が、哀しくも大切な過去を、少しずつひもといていく。

担当編集者の太鼓判!

あなたの星座の物語を知っていますか? 自分の誕生星座の背景にあるギリシャ神話は、どうしようもなく人間くさく、とてつもなく面白い。星座館で語られる主人公・和真の“現代版アレンジ”に身を委ねれば、いまと変わらぬ家族、友情、恋の物語が次々と浮かんできます。楽しく簡単に神話が学べる—「三軒茶屋星座館」シリーズはそんなお得な小説です。

(講談社 塩見篤史)

星座も、バラバラだった星を誰かが結んだもの

柴崎竜人(以下、柴崎) この3人は、ギリシャ神話および星座の案内役であり、三軒茶屋という街の案内役でもあるんですよね。その役割を背負うにはしっかりした背骨を持っていなければならないんですけど、その数は1本や2本じゃ足りないと思ったんですよ。

— じゃあ3本にしよう、と。

柴崎 ただ、関係性はあとから。それぞれ謎も必要だし、なにより成長が必要ですよね。その象徴になる子供はひとり置きたい。あと、お父さんふたりは主人公の和真とその弟・創馬という、別々に育った双子の兄弟で、どちらも娘の月子とは血がつながっていません。
 なぜそうしたかというと、一般的な家族像とは異なる疑似家族を描きたかったからなんです。疑似家族自体は常に自分のなかにあるテーマなんですけど、今回はちょっと歪なものにしたかったというか。

— 家族のあり方というのも、時代とともに移り変わっていますからね。

柴崎 昔は、祖父母と父母と子供、さらには孫で形成される大家族だったのが、だんだん縮小して核家族になり、もはや家族という集団に属さない「個」だけになりつつある。現代を生きる僕らにとって、失われた家族の再獲得というのは、大きなテーマだと思うんですよね。そして、家族を繋げるのは「血」だけではないと思うんです。

— 第1巻では、まさに月子が自分の父親たちと血の繋がりがないことで悩む場面がありましたね。

柴崎 それぞれ一筋縄ではいかない気持ちを抱えた3人が、いかにしてひとつの家族のかたちをなしていくかを、しっかりと書いてみたかったんです。もっというと、和真の星座館が入っているあの雑居ビル自体がひとつの家族でもあるんですよね。一階下でオカマバーを経営するリリーや、ビルオーナーのピカ爺、星座館の自称バイトの奏太、新規の常連客の葵といったキャラクターがちょっとずつ脇を固めていく。

— 赤の他人なのに、切っても切れない縁で結ばれていますね。腐れ縁ともいえるかもしれませんが。

柴崎 夜空の星々も、一つ一つはバラバラだったのを、昔の人が線で結んで星座にしたわけじゃないですか。家族の絆もそういうものなんじゃないかなと。最終的に、それがこの物語全体のテーマになっていったんですよね。

— 星座と家族を重ね合わせるって、ロマンチックですね。

柴崎 そもそも、ギリシャ神話自体、登場する神々はだいたいゼウスの血縁者ですからね(笑)。美女はみんな彼が妊娠させちゃうから、言ってみれば大家族の話。

−− 「ビッグダディ」どころの騒ぎじゃない。

柴崎 ゼウスの奥さんは実の姉だったりしますからね。で、話を戻すと、星座館の父娘3人を中心に家族の絆が培われる過程で、今度はそこに物語が生まれる。登場人物の立場、それぞれにね。その家族の形は見る人によって違うわけです。実際に星座だって、ひとつの星座がいくつもの物語を持っていたりするし。

— と言いますと?

柴崎 たとえば『夏のキグナス』で扱った白鳥座も、小説では本のタイトルにもなった「キグナス」の話を書きましたけど、もうひとつゼウスが主役の物語もあるんです。それは、ゼウスがレダという人間の女性と寝たいと思って……。

— さすがゼウス。行動原理が全部それ(笑)。

柴崎 そのレダを落とすのに難儀したゼウスが、女神のアフロディテを焚き付けて「僕が白鳥に化身するから、きみは鷲になって僕を追いかけてくれ」と。そうすればレダは白鳥を可哀想に思って自分の懐に入れてくれるだろうって。

— どうしようもないですね。

柴崎 白鳥ゼウスはレダの前で追いかけ回されるんだけど、そのうち鷲となったアフロディテは、普段からゼウスにムカついてるからかなり本気で襲いはじめて、白鳥ゼウスは尻から血を流しながら全力で逃げ回る。でも、おかげでレダは哀れな白鳥に向かって手を広げてくれて、その瞬間に、ゼウスは合体&着床に成功するという。

— むしろレダさんが可哀想……。

柴崎 レダは、白鳥に化身したゼウスと交わったものだから、卵を生むんですよ。しかもふたつ。それがカストルとポルックスという双子で、のちの双子座の物語につながるんですよね。じつは白鳥座に限らず、僕は物語の下地となる星座にまつわるギリシャ神話を、最初に全部書き出したんですよ。その中から、どれがおもしろいかなって選んで、各物語に織り込んでいったんです。

— それは大変なパズルですね。

柴崎 ええ。でも、そうすれば神話のキャラクターも自ずとできあがりますし。シリーズが完結したら、スピンオフとか、なんらかのかたちで発表できたらいいなと、ぼんやりと思っています。

フィクションと現実の街がつながる物語

— 三軒茶屋のTSUTAYAには、『夏のキグナス』がドーンと平積みしてあって、売上ランキングで一時は池井戸潤さんの新作『イカロスの翼』を抜いたらしいですね。それは柴崎さんの作品が三軒茶屋に響いた、あるいは三軒茶屋に受け入れられたというひとつの証ではないでしょうか。

柴崎 そう言っていただけると本当にありがたいですし、これを読んでくださった方に「三軒茶屋に行ってみたい」と思っていただけたら、もう感激です。

— 「三軒茶屋星座館」シリーズを語るうえで欠かせない、三軒茶屋という街ですが、どうして三軒茶屋なんですか?

柴崎 僕は、三軒茶屋にもう20年住んでるんですよ。三軒茶屋って、「都会の田舎」な感じがして、おもしろいお店もたくさんあるし、僕にとっては本当に住み心地というか生き心地がよくて、なかなか抜けられない街なんですよね。自分の好きなものはみんなにも知ってほしいじゃないですか。だから、もともと僕の小説にはなにかと三軒茶屋がぽろぽろ出てくるんですけど、今回は全開で。

— 僕は三軒茶屋在住ではありませんが、町並みはある程度知っているので「ああ、あそこらへんかな」みたいな景色が浮かぶ箇所がいくつかありました。

柴崎 実在する場所や店舗もたくさん書かれていますから、おそらく三軒茶屋に住まわれている方やよくいらっしゃる方は、和真の星座館が入っている雑居ビルの目星もつくはずなんですよ。
 もちろん三軒茶屋を知らない方も、それこそ知らない街を散歩するような感じで楽しんでもらえたらなと。フィクションである物語と、現実の街がシームレスでつながっているような、ちょっと変わった読書体験を味わってほしいです。

— ひょっとしたら、三軒茶屋にプラネタリウムをオープンすることが、ちょっとしたビジネスチャンスになるかもしれないですね(笑)。

柴崎 ははは。実際、プラネタリウムと一緒に何かできないかなと思ったりもするんですよね。和真がするようなギリシャ神話の小話を、現実のプラネタリウムで聞けたらおもしろいかなって。
 そういった現実とのリンクも含めて、読者の方がこの「三軒茶屋星座館」シリーズをロイター坂にして、プラネタリウムやギリシャ神話、三軒茶屋、もしくはほかの小説などに飛んでいけるような、バネの強い物語を書いていきたいですね。


(おわり)

構成:須藤輝、撮影:吉澤健太



『三軒茶屋星座館』
柴崎竜人(講談社)


『夏のキグナス 三軒茶屋星座館』
柴崎竜人(講談社)


dmenu

この連載について

初回を読む
いまスゴイ一冊『夏のキグナス 三軒茶屋星座館』柴崎竜人インタビュー

柴崎竜人

美女だったら相手を選ばぬ絶倫大王ゼウスに、モテたくてたまらないヘラクレスなど、ギリシア神話の大胆な現代版アレンジを交えつつ、東京の下町・三軒茶屋の雑居ビルに入ったプラネタリム兼バーを舞台にした小説『三軒茶屋星座館』シリーズ。その2巻目...もっと読む

関連記事

関連キーワード

コメント

Tweetがありません