終戦直後に生まれ古希を迎えた稀代の司会者の半生と、 敗戦から70年が経過した日本。
双方を重ね合わせることで、 あらためて戦後ニッポンの歩みを 検証・考察した、新感覚現代史!
まったくあたらしいタモリ本! タモリとは「日本の戦後」そのものだった!
タモリと戦後ニッポン(講談社現代新書)
34歳の地図——タモリとアメリカの影 3
名物ディレクターからオファーを受けてのドラマ出演
デビューから5年目を迎えた1979年、タモリは自分の能力の限界を超えるほど多忙をきわめていた。そのすさまじさは《スケジュールを見せられるとね、十二月なんか、これでオレは生きて年を越せるんだろうかって(笑)》思うほどだったという(山藤章二『「笑い」の解体』)。『家路 ママ・ドント・クライ』というTBSのドラマに出演したのはちょうどこのころだ(放送期間は1979年8月~80年2月)。
『家路』は東京・湯島にある傾きかけた中華料理店を舞台にしたホームドラマである。タモリの役どころはその店の料理人で、劇中では毎回、仕事を終えた彼が近所のスナックに立ち寄り、持ちネタを披露するというシーンが設けられた。そこで演じられたのは、すでに本連載でも触れた丸太を切る音の口マネのほか、ウイスキーの瓶を女に見立てた降霊術、ピアノで名曲クラシックの弾きマネ、勝手に動く右手、ハエやニワトリの形態模写など、かなりマニアックなものだったらしい(加藤義彦『「時間ですよ」を作った男』)。
『家路』が放送されたのは、TBSの水曜21時の「水曜劇場」の枠だ。同枠からは『時間ですよ』『寺内貫太郎一家』などといったホームドラマの名作が生まれている。いずれの作品もTBSのディレクターだった久世光彦が演出したものだ。『時間ですよ』で、堺正章と樹木希林(当時の芸名は悠木千帆)がコントのようなやりとりを繰り広げる場面を設けた久世は、以後の作品でもドラマの本筋とは関係のない“寄り道”の部分を積極的に盛り込んだ。その志向は1977年から79年にかけて放送された『ムー』『ムー一族』でさらに強まり、当時のTBSの大人気番組『8時だョ!全員集合』とコラボするなど、よりバラエティ色の濃いものとなった。
笑いに強く惹かれていた久世は、伊東四朗、小松政夫、ドリフターズ、のちにはビートたけし、とんねるず、イッセー尾形など、その時代ごとに人気コメディアンをドラマに起用してきた。実現しなかったとはいえ、萩本欽一にも「水曜劇場」とその裏番組だった『欽ちゃんのどこまでやるの?』(テレビ朝日)との2局同時放送の企画を持ちかけていたという。タモリには、3部作の予定だった『ムー』シリーズの最終作『ムーの樹に花咲くころ』に、同シリーズの常連だった郷ひろみや伴淳三郎、近田春夫らとあわせて出演をオファーしていた。だが、この作品は久世が1979年秋にTBSを退職したため幻に終わる。『家路』はすでに決まっていた出演陣をそっくり引き継いで、久世の片腕だった宮田吉雄の手で制作されたものだった。
余談ながら、TBSをやめて番組制作会社カノックスを設立した久世は、翌80年にドラマ『ミセスとぼくとセニョールと! 夢飛行』(毎日放送・TBS系)において、俳優の常田富士男演じる売れない漫才師「アリス」の相方「テレス」の役でタモリを起用している。
さて、『家路』で注目したいのは、同じく料理人の役でタモリと共演した近田春夫である。近田の本業はミュージシャンだが、『ムー一族』では「夢先案内人ヘホ」という役で出演したほか、「ムー情報」という寄り道コーナーではMCも務め、視聴者の投稿や時事ネタをとりあげたりしていた。ある回では、プロ野球の読売ジャイアンツへの江川卓の入団をめぐる騒動について、「江川に対する世間の反応がやたらモラリスティックになっている」「そもそもプロ野球はカネ儲けてナンボの世界なんですから」といった主旨のコメントをしている。江川バッシングが大々的に行なわれていた当時にあって、近田のように冷静に事態をとらえようとした者は珍しかったはずだ。
そんな近田の批評性、あるいは芸能界でのポジションは、当時のタモリとかなり近しいものがあった。当時、女性週刊誌に掲載された2人の対談を読むと、お互いに芸能界への違和感を語っていて興味深い。たとえば、芸能界のめんどうな慣習の例として、こんな話が出てくる。
近田 [引用者注——コンサートなどを行なうとき]花輪はケッコウですから、前もっていっておかないと。あれ、意外とお返しが大変なんですよ。
タモリ あの花を贈ったり、贈られたりこそ、芸能界じゃないですか。うるさいんだよナ、あれ。
近田 それにケッコウ高いんですよ。
タモリ 花をちょっと怠ると、かなり感情がズレ合うんだよネ。
(『女性自身』1979年5月24日号)
このときのタモリは、毎日ゲストに花輪が届けられるような番組を、まさか30年以上にわたって司会することになろうとは夢にも思っていなかっただろう。
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