誰がために戦うのかを問う
—『009 RE:CYBORG』論

ライターの大山くまおさんが、話題の劇場アニメ『009 RE:CYBORG』を論じます。石ノ森章太郎の代表作をもとにして、現代に蘇ったこの作品はいかなる物語を描き出したのでしょうか!? なお、本稿は『009 RE:CYBORG』及び原作の『サイボーグ009』のネタバレを含む点、ご了承ください。

吹きすさぶ風がよく似合う
9人の戦鬼と人のいう
……
サイボーグ戦士 誰がために戦う
サイボーグ戦士 誰がために戦う

「誰がために」作詞 石ノ森章太郎

神山健治監督による劇場アニメ『009 RE:CYBORG』が公開されたのは今年(2012年)10月のこと。ゼロゼロナンバーと呼ばれる9人のサイボーグが悪と戦う、萬画家・石ノ森章太郎の代表作『サイボーグ009』を現代に甦らせた作品だ。

原作は1964年にスタートして以降、複数の媒体で断続的に連載が続き、作者の死によって未完に終わった大河SF漫画である。アニメ化も1966年、1979年、2001年のテレビシリーズをはじめとして何度も行われており、その最新版が『009 RE:CYBORG』となる。

冒頭に掲げた歌詞は、1979年版のアニメ『サイボーグ009』の主題歌「誰がために」のものだ。『009』のテーマソングといえば、石ノ森自身が作詞したこの曲と言っても過言ではない。事実、石森プロダクションの『009』オフィシャルサイトに歌詞が掲載されているのはこの曲だけである。

「誰がために」の歌詞をなぞれば、最新作『009 RE:CYBORG』の中に“9人の戦鬼”はいなかった。サイボーグ戦士たちは“誰がために”戦っているのかさまよっているように見えた。しかし、これはとてつもない野心作である。そして観終わった後、不思議な味わいの残る作品でもあった。では、『009 RE:CYBORG』のどんな部分が野心的だったのだろうか?

『009 RE:CYBORG』について語る前に、まずは原作の『サイボーグ009』についておさらいしておこう。物語の始まりは東西冷戦下の1960年代、戦争を商売とする秘密結社「黒い幽霊団(ブラック・ゴースト)」が未来戦争の兵器としてサイボーグ戦士の試作品・特殊能力を持つゼロゼロナンバーサイボーグを作り上げる。実験台は日本人の少年、島村ジョーら世界中から集められた9人。しかし、彼らにサイボーグ改造を施したギルモア博士はブラック・ゴーストの計略を知り、009=ジョーらとともに脱走、組織に反旗を翻す。

009たちとブラック・ゴーストとの戦いは、原作における第2期「地下帝国〝ヨミ〟編」で終止符が打たれる。009たちは宇宙空間での激闘の末にブラック・ゴーストを倒すが、ブラック・ゴーストは009にこう語りかける。「人間の心の中の悪がすなわちブラック・ゴーストなのだ」「人間がいなくならない限りブラック・ゴーストは滅びない」—。

009たちが戦っていた相手は、悪の権化ではなく“人間の心”だったのだ。最後の力を振り絞り、力尽きた009は002=ジェットとともに大気圏から地上に墜落する。流れ星になった2人を見た、何も知らない地上の少女が世界平和を祈るエンディングは名シーンとして語り継がれている。

しかし、ファンからの声に応える形でシリーズは続行する。石ノ森が次に挑んだテーマは“神”だった。ブラック・ゴーストが言い残したように、“人間の心”はかくも醜い。では、人間を創造した“神”なるものは一体何なのか? “神”に対して、けっして完全無欠なヒーローではないゼロゼロナンバーサイボーグたちがどう“正義”を貫き、争いを繰り返す愚かな“人間”たちを守っていくのか? 

第4期「天使編」、第5期「神々との闘い編」でこの深遠なテーマに挑んだ石ノ森は、何度も中断を繰り返しながら結末に向けて歩を進めていったが、ついに病魔にたおれて力尽きた。石ノ森が描き残したサイボーグ戦士たちと“神”との戦いこそが、未完の大作『009』という作品に残された大きな宿題だったのだ。

劇場アニメ『009 RE:CYBORG』は、神山監督が正面からこの巨大な宿題=テーマに挑んだ作品だ。「僕なりに『009』がどう終焉を迎えるのということをシミュレーションしてみた」「忌憚なく言わせてもらえれば〝神山版〟として完結編を作らせていただいたのが今回の作品です」ときっぱり語っている(※1)。だからこそ、野心作なのだ。

『009 RE:CYBORG』の舞台は2013年、つまり現代である。世界中の名だたる都市で、高層ビルを狙った連続爆破テロが起こっていた。爆破を起こした者は、人種、国籍、宗教などは関係なく、すべて“彼の声”と呼ばれる謎のメッセージを脳で直接受け取っていた。そして、その中には学生服に身を包んだ島村ジョーも含まれていた。ジョーは爆弾を用意し、六本木ヒルズにテロを仕掛けようとする。そこには颯爽としたヒーロー、009=ジョーの姿はどこにもない。見る者を不安にさせるオープニングだ。

ゼロゼロナンバーサイボーグたちは見た目こそ若々しさを保っているものの、原作が始まった1960年代からそれぞれ実際の年月と同様に年を重ねているという設定になっている。彼らはギルモア博士の元を離れて、それぞれの祖国で生活していた。冷戦が終わり、サイボーグ戦士たちが明確な敵を見失ってしまったというのが大きな理由の一つ。また、旧式のサイボーグである彼らはメンテナンスにお金がかかるため、祖国の支援が必要という現実的な理由もあった。002=ジェットはアメリカ国家安全保障局NSAで働き、007=グレートはイギリスの諜報機関SISで働いていた。006=張々湖は中華料理のチェーン店を開いて大富豪になったが、店の商標でギルモアと訴訟沙汰になっていた。年老いたギルモアは頑迷になっていたが、サイボーグ戦士たちはさまざまな苦悩を乗り越えた大人になっていた。しかし、彼らの誰もが“正義”を見失っていた。“誰がために”戦えばいいのか、わからなくなっていたのだ。再び「誰がために」の歌詞になぞらえるなら、彼らは“9人の戦鬼”ではなくなっていた。

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