ブーイングを浴びる覚悟もしていた
—— 松也さんが次に出演するのは、これまでに日本国内だけでも4度の再演を重ねている人気作『スリル・ミー』。上演は11月ですが、すでに何度かファンイベントに出演されていますよね。ファンの方々の反応をどのように感じましたか?
尾上松也(以下、松也) ものすごく緊張しましたね。僕がキャストになるのは予想外だったと思うので、受け入れてもらえるのだろうかと。ブーイングでも浴びるんじゃないかと思って怖かったですね。でも、本当に温かく迎えてくださったので、ありがたかったです。
—— 9月にはキャストが劇中の曲を歌う、初歌披露のイベントもありました。
『スリル・ミー』イベント
松也 初歌披露でもファンの方々がすごく楽しんでくださって、ありがたさと同時に使命感も感じました。これまで『スリル・ミー』という作品を愛してきてくださった人たちですから、厳しい目で見られると思うので、それは覚悟していかないと。
—— 二人芝居の『スリル・ミー』は、同時に複数組のペアで上演され、それぞれのペアの解釈を楽しむために何度も通うリピーターが多いと聞きます。今回は、松也さんと共演の柿澤勇人さんのペアの他に、あと二組のペアがいるそうですが、他のペアの稽古などを見たりすることもありますか?
松也 見る機会は作ろうと思えば作れるみたいです。でも、興味はありますけれども、あえてそんなに確認しあわずに、おのおののペアの個性を活かすつもりです。あんまり見過ぎると意識してしまうので。同じようなことをやるんだったら、三組でやる意味がない。それぞれの『スリル・ミー』ができあがることが、この三組でやる意味だと思うんです。
—— 松也さんのホームである歌舞伎も、いろんな人によって上演が繰り返される演劇ですね。意識の違いはありますか?
松也 今回は、もちろん歌舞伎ではなくミュージカルです。僕みたいな、まったくジャンルの違う人が『スリル・ミー』に出演するのは、ある意味で大サプライズ。歌舞伎の場合は先輩のやり方を参考にしていく部分がありますが、今回は、いい意味で自分そのままで行きたいなと思っているところがあります。
女形も「私」も、タイプが違うからこそやりがいがある
—— 二人の関係を常にリードし、「私」を犯罪に巻き込んでいく「彼」役に対して、松也さんが演じるのは、一見「彼」に従っているような受け身の「私」役。松也さんのイメージはむしろ「彼」役の方に近い気がしますが……。
松也 普段のタイプや柄からしても、近いのは「彼」役の方です。けれども、僕は歌舞伎では女形もやっています。女形は僕と真逆の存在でもあって、やるとなればいろいろと耐えなきゃいけない。その意味では女形も、普段の僕からするとタイプが違うといえば違うのかもしれない。
—— 松也さんはもう20年以上舞台に立たれていますが、数年前までは女形で舞台に立つことが多かったですね。
松也 若い頃、女形に非常にやりがいを感じていまして。体の大きさ一つにしても、気を遣わなきゃいけないことがたくさんある。ですがハードルが高いからこそ、クリアすれば自分に得るものがあると思って勉強していました。
—— 『スリル・ミー』の「私」役を演じるというのも、それに近いものがありますか?
松也 『スリル・ミー』に関してもそういう感覚です。「彼」役の方が近いんじゃないかとよく言われますし、僕自身もそう思います。でもやりがいがあるのは、真逆の「私」役だなと。「彼」役に近いというイメージを普段持たれているからこそ、うまくできた時には衝撃を与えられるなと思って。
ちゃんとできなければ、やっぱり「彼」役の方がよかったんじゃないか?って言われちゃうんですけど。でもやっぱりそこは、役者として挑戦しがいがあるところかなと。
—— 女形の経験も多いからこそ、実は「私」役のような受け身に見える人物を演じる素養もあるぞ、とひそかに自信も持っていたりする?
松也 それは正直、ありますね。『スリル・ミー』の「私」役は女の人ではないし、女形とは違いますが、気持ちとして女性に近いというか。そういう気持ちを演じることは長年してきましたし。また、ある意味で「彼」より「私」の方がミステリアスにも見える役です。女形でやってきたことが、きっといい影響を与えてくれるんじゃないかなと、自分でも期待するところはありますね。
—— 『スリル・ミー』のクライマックスの鍵を握る「私」役ですが、一体どこまで計算して行動していたのか、解釈の幅が広い役だと思います。「私」役をどう解釈して演じるか、今の段階で決めているのでしょうか?
松也 決めてないですね。最終的には、「私」役が気持ち的に有利に立つのは間違いないとは思います。ただ、最初からすべてを予想して行動していたのかといえば疑問が残るし、いろんな解釈の余地がある。実際に稽古を重ねる中で、どうしたらいいのか探っていく必要があるかなと。なかなかすべてを計算して行動するのは難しいんじゃないかと思うけど、逆にすべて計算していた完璧な人間として演じるのもありかなと思うし。
—— 観る側にとっても解釈の余地が大きいですよね。
松也 正直言って、一度観ただけではわからないかもしれない。何度か観ることによって、いろんな解釈ができる。さらに三組で上演することでまた違いが出るし、印象も変わる。これが『スリル・ミー』の醍醐味じゃないかなと思いますね。おもしろい作品って、何度観ても何か考えさせられる。『スリル・ミー』もそうだと思います。
さらなるインタビューが、dmenuの『IMAZINE』でつづいています。
殺人犯を通じて考えた、「愛」の複雑さ
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構成:香月孝史 撮影:吉澤健太 スタイリング:曽根原未彩(je le colore)
尾上松也さんが出演するミュージカル『スリル・ミー』、チケット発売中です!
11/7~11/24 東京・銀河劇場
11/29 大阪・サンケイブリーゼホール
※尾上松也×柿澤勇人ペアは東京公演のみの出演です。