前編】ソマリアの人は、日本人よりずっとよく物事を知っている

「アフリカの角」と呼ばれるアフリカ東北部に、海賊を含む多数の武装勢力や自称国家、自称政府が群雄割拠しているソマリア。そんなソマリアを舞台にした作家ふたり。『謎の独立国家ソマリランド』で第35回講談社ノンフィクション賞を受賞した高野秀行さんと、どういうわけかソマリアの海に叩き落とされていた日本人の青年を主人公にした冒険小説『ソマリアの海賊』を執筆した望月諒子さんが、ソマリアに暮らす人々の知られざる素顔に迫ります。

ソマリランド:北部に成立した民主主義国家
プントランド:東端の海賊国家
南部ソマリア:イスラム原理主義勢力、暫定政権、その他の武装勢力が覇権を争う戦国世界

ソマリアの人たちのことは、わかる気がした

高野秀行(以下、高野) いやぁ、まさか「ソマリア」というテーマで対談ができる日が来るとは思いませんでした(笑)。

望月諒子(以下、望月) 本当ですね(笑)。高野さんは『謎の独立国家ソマリランド』を書かれるにあたり、2009年と2011年に現地取材をされたと本のなかでおっしゃっていますよね。私が小説『ソマリアの海賊』の構想を練りはじめたのが2011年くらいなので、ほぼ同時期に、片やノンフィクション、片やフィクションでソマリアを描いていたことになります。

高野 望月さんは実際にソマリアへは行かれてないんですよね。つまり資料と想像力だけで書かれたわけですけど、どうしてソマリアで小説を書こうと思ったんですか?

望月 じつは、当初はソマリアを扱うつもりではなかったんですよ。もともとダイヤモンドを小説の題材にしようと思って、その原産地であるアフリカのどこを舞台にしようかと、各国について調べていたんです。その流れでソマリアにも行き着いて、そこで「世界で唯一の無政府国家」という紹介文を目にしたんですね。まず、そこに惹かれたんです。

高野 「無政府ってどんな状態なんだろう?」みたいな。

望月 はい。それでソマリアの人たちのことを調べていったら、彼らのことがわかる気がしたんですね。

高野 それはどういう点で?

望月 ソマリ人からは、身勝手で、我が強くて、自分が興味をなくしたらプイッてどこかに行ってしまう……そんな印象を受けたんです。私も、誰かと話していて「もうこの話飽きたな」みたいに思うことはたまにありますけど、突然その人を置いてどこかに行ったりしないし、表面上は「うんうん」って頷いて聞いていたりするんです。

高野 僕らは退屈な感情を表には見せないですね。席を外すにしても、一言断ってから。

望月 でも、彼らは違うんですよね。相手のことなんかおかまいなし。そういう、いちいち説明を試みたり相手に理解されようとしたりしない感じの生き方に、共感するというか。そんな彼らが泣き寝入りを強いられているということに、興味を持ってほしかった、というのはありますね。彼らにも言い分はあるけれど、聞いてくれる人がいないんじゃないかって。
 高野さんはどうして実際に訪れようと思ったんですか?

高野 僕も出発点はそんなに変わらないんですよ。ソマリアというと、内戦で荒れ放題の、マンガ『北斗の拳』のような世界をイメージしがちですよね。事実、僕は80年代後半からアフリカに出入りしていたんですけど、当時からアンタッチャブルで、絶対に行けない国だと思っていました。そんな中に民主的な独立国家があって、しかも治安もいいとなると「いったいどういうことなんだろう?」って思いますよね。
 でも結局、ソマリア自体が巨大なブラックボックスになっていて、ネットなどである程度調べることはできても、やっぱり情報が錯綜しているし、現地に行かないと本当のところはわからない。

望月 ソマリランドがある北部と、首都モガディシュを中心とする南部とでは、またぜんぜん違いますよね。高野さんはまず北部に興味を持たれましたが、私は、いつ何が起こってもおかしくない状態の南部に惹かれたというか、そっちのほうが正直な感じがしたんですね。だから小説も南部を舞台にしたんです。
 私たち日本人は、アフリカ大陸の人たちを「アフリカ人」と一括りにして、彼らに対してざっくり「虐げられているかわいそうな人たち」みたいなイメージを抱くことがあるじゃないですか。でも、ソマリアの人たちは、そういう想像上のアフリカ人とは違う顔をしている気がしたんですよね。

高野 というと?

望月 ソマリ人は獰猛で勇敢で強かで、自分たちが他人にどう見られているかを気にしない。彼らがもし国家としてまとまったら、なかなか恐ろしい国ができあがるんじゃないかって。だから、ソマリ人をいわゆるアフリカ人として規定するのを無意識に避けいてた感じがありましたね。

高野 まるで僕がソマリアに行ってない人で、望月さんが行った人みたいですね(笑)。

ソマリアの基礎知識

  • ソマリ人はアフリカ東北部、一般に「アフリカの角」と呼ばれる地域(ソマリア、ジブチ、エチオピア、ケニア)に暮らす遊牧民である。
  • ソマリ人は主に5つの大きな氏族に分かれ、歴史的に、氏族ごとに団結と分裂を繰り返してきた(南部ソマリアでは現在も氏族単位の抗争が続いている)。
  • 氏族とは、同じ言語と文化を共有する部族/民族の中に存在する血縁集団のことで、わかりやすくいえば日本史における平氏や源氏のようなもの。
  • 現在のソマリアは多数の武装勢力や自称国家、自称政府が群雄割拠しているが、大まかに「ソマリランド」、「プントランド」、「南部ソマリア」に分けることができる。

日本人よりはるかに情報通なソマリ人

望月 実際はどうなんですか?

高野 おっしゃる通りだと思いますし、そこが一番共感できるんですよね。とにかく気が強くて荒くれで、欧米のことなんて知ったことじゃない。でも、他方ですごく合理的で、論理的なんですよ。ひとつ例を挙げると、彼らはよくイエメン人やエチオピア人の悪口を言うんですね。「あいつらはバカだ」とか「腰抜けだ」とか。で、僕が「それは言い過ぎじゃない?」ってなだめると、「本当のことだからしょうがない」で片付ける人もいるけれど、なかには「おまえたち日本人だって、韓国人や中国人を差別するだろ? それは韓国人も中国人も同じだし、そうやって近隣諸国は差別し合うものなんだ」って。

望月 賢い。

高野 よくわかってるんですよ、自分たちのやってることを。

望月 学もない、といっては失礼ですけど、先進国と比べれば教育水準も低いはずなのに、そういう知識というか知性みたいなものって、自然発生的に人間のなかに生まれるものなんですかね?

高野 ソマリ人は、視野が広いですよね。それはおそらく彼らが遊牧民であることと関係していると思うんですけど、もともとアフリカ各地に親戚や家族が散らばっていたのが、いまは世界中に拡散しているわけですよ。つまり情報網が発達していて、世界中に仲間がいるから国際情勢にもすごく関心がある。みんなアルジャジーラやBBCやCNNをチェックしているし、ソマリアの国際放送でも世界中のニュースを報道しているんです。

望月 日本人は、あまり国際ニュースに関心がないですからね。

高野 だからソマリアの人たちは、僕らよりもずっとよく物事を知ってるんですよ。たとえば、アフリカやアジアの国で車をチャーターしたり通訳を雇ったりする場合、日本よりも安く済むでしょ。現地の物価に合わせることができるから。でも、ソマリではそれが通じないんです。彼らは日本の物価を知っているから「おまえたちはこれだけ給料をもらってるはずなのに、なんでそれしか払えないのか」って、こっちの相場に合わせてくるんですよ。

望月 やっぱり、ほかのアフリカ人とは違いますよね。

高野 まったく違いますよね。ソマリアへは、隣のケニアから行き来するんですけど、ケニア人は本当におとなしくて、僕がしゃべっているときは黙って聞いてるんですよ。でも、ソマリ人はせいぜい2センテンスくらいしか聞かない。それ以上しゃべると「で、おまえは何がしたいんだ?」って必ず話を遮ってくるんです(笑)。「いや、だからそれをいま説明しようとしてるんだよ」って、ああだこうだ言い合っているうちに、少しずつ話が伝わっていく感じなんですよね。

望月 高野さんの本に、町中で猫の写真を撮っていたら、近くにいたおじさんに「カネを払え!」と怒鳴られたって書いてますでしょ。そういうところもおもしろいですよね。

高野 そうそう。通りがかりの人間が介入してくるから、大変なんです。猫ではなく人の写真を撮っていて、被写体には了承を得ているのに「おまえは誰の許可を取ってるんだ?」と。「ちゃんと本人に許可をもらってる」って返すと、「いや、ここはソマリランドだ!」云々と屁理屈をこねるわけです。とにかく自分の意見を言いたい。思ったことはすぐ口に出さないと気が済まないんですよね。

望月 じつをいうと、私は自分の小説を書き上げるまで、高野さんの本を読めなかったんです。「これを読んでしまったら、『ソマリアの海賊』を完成させられなくなる」って。

高野 現実に引っぱられてしまうかもしれませんね。フィクションとノンフィクションのリアリティはまったく違いますし、小説は、ある程度飛躍がないと書けないと思います。

望月 高野さんは実際に目で見てきたことを書かれているわけですから、もう読むのが恐くて。でも、私の小説では核ミサイルを飛ばしているからいいかなと、そこは割り切って(笑)。「フィクションだから許して?」みたいな感じですよね。

高野 ははは。僕は若いころ、篠田節子さんや桐野夏生さん、高村薫さんといった豪腕女性作家の作品が好きでよく読んでいたんですよ。で、望月さんもその系譜を継いでいるというか、筆力で圧倒するようなタイプだと感じていたんですが、やっぱり考え方も豪腕なんですね(笑)。


次回「無政府国家、海賊、内戦、難民……ソマリアはダメな国なのか?」は、10/21公開予定

構成:須藤輝


謎の独立国家ソマリランド
『謎の独立国家ソマリランド』高野秀行

ソマリアの海賊
『ソマリアの海賊』望月諒子

この連載について

ソマリア対談—高野秀行×望月諒子

高野秀行 /望月諒子

「アフリカの角」と呼ばれるアフリカ東北部に、海賊を含む多数の武装勢力や自称国家、自称政府が群雄割拠しているソマリア。そんなソマリアを舞台にした作家ふたり。『謎の独立国家ソマリランド』で第35回講談社ノンフィクション賞を受賞した高野秀行...もっと読む

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コメント

kamendou 次回10/21(ФωФ) 10ヶ月前 replyretweetfavorite

KAWAZOI #高野秀行 2年弱前 replyretweetfavorite

n_keiei 高野さんの記事があった! 3年以上前 replyretweetfavorite

nawoshim これはおもろい!後編も期待 3年以上前 replyretweetfavorite