結論だけ言えば、漢方の真髄は「人生を楽しむこと」にある

近年、すっかりメジャーな療法として知られるようになった漢方。生理痛や不眠症など、さまざまな症状に効く伝統的な東洋医学として認知されています。けれど漢方には、知られざるもう一つの顔があるそうで……。養生医学研究協会の会長にして、上海で現役の漢方医である村上文崇さんが、実用的な漢方よりも、知れば知るほど奥深い「サブカルチャーとしての漢方知識」をご紹介。題して新連載「申し訳ないほどおもしろいサブカル漢方大全」、はりきってスタートです!

無駄な知識は無駄ではない

漢方はナチュラルだから体に優しいという人がいます。

しかしナチュラルなものが体に優しいとは限りません。いや、むしろ逆で、ナチュラルにはキケンなものがいっぱいです。

自然界には猛毒のトリカブトや毒キノコがありますし、イモの仲間には食べると中毒をおこすものもあります。ふだん食べているジャガイモでさえ、日に当たって緑色になった部分や芽の部分には毒性があります。

ナチュラルなものは知識なしに口にするとキケンなのです。それなのにナチュラルな素材を使う漢方はなぜ体に優しいのでしょうか?

それは漢方が長い時間をかけて、キケンな自然界から安全で効果のある薬を選別してきたからです。最初から安全だったわけではありません。

漢方は昔の理論や意識、習慣に基づいて、ありとあらゆるものを薬として試してきました。その多くは、今では使われていません。薬としては使い物にならないからです。それどころか、毒性があるものも少なくなかったのです。

現代の洗練された漢方は、死屍累々のトライ・アンド・エラーの結果残った漢方の“うわずみ”なのです。

過去の記録を辿り、先人の膨大な試行錯誤を知ると、今の漢方の貴重さがリアルに分かります。過去の治療法を読み解くと、今の漢方のスゴサがわかるのです。

まあ、しかし、現代漢方のありがたみなんて、健康な人にとっては、どーでもよいことだと思います。おもしろい話に「意義」なんて要らないでしょう。今まで知らなかった漢方の世界を垣間見て、「漢方ってえらいオモシロイ」と思っていただければ、わたしはそれで十分ウレシイのです。

ながーい説明をすべて省略して結論だけ言えば、漢方の真髄は「人生を楽しむこと」にあるのですから、おもしろいって、一番大切なんです。だから皆さんも、わたしの漢方話をおもしろがって読んでください。

サブカルチャーとしての漢方

漢方をひとつのカルチャーとしてみると、その中には、今でも医学として実用に耐える部分と、そうでもない部分があります。

ふつう、漢方の専門家は、医学として使える漢方の情報を発信しています。例えば病気の治療に使える漢方薬や、養生の方法、薬膳の情報などです。こういう情報発信は、わたし自身もさんざんやってきましたし、今でもやっています。薬膳に至っては、本まで出してます。

知識ゼロからの薬膳入門──身近な食材で今日からできる「正しい薬膳」の基本
『知識ゼロからの薬膳入門』村上文崇

医学として使えない内容について積極的に情報発信する人は、日本にはほとんどいません。漢方界の人はマジメなんですね。医学として役に立たない話なんて、興味ないのかもしれません。

しかし、どっちがおもしろいかといえば、使えないほうの漢方文化のほうが圧倒的におもしろいのです。磨かれ、洗練された現代漢方はスゴイけど、それよりも、現代人には思いもよらない発想や、そんな物をよく薬にしようと考えたなぁと驚くようなアイディアを目にするほうが楽しいのです。

中国人は、そのヘンのことを十分わかっています。中国には文化としての漢方を「鑑賞」するという楽しみ方があるのです。例えば中国の書店には漢方を題材にした随筆や漢方エピソードを扱った本がたくさんありますし、いまだに多くの新刊本が出版されています。

中国では漢方は健康に関心がある人たちだけのものではありません。エンターテイメントとしても十分に楽しめる素材なのです。

この連載では、医学としての漢方だけではなく、興味深いサブカルチャーとしての漢方の顔をお伝えしたいと思います。

ちょっと変わった漢方医であるところのわたし

わたしは、自分で言うのも何ですが、ちょっと変わった漢方医です。

ふつう日本では、医大か薬科大を出た人が漢方の専門家になります。ところがわたしは大学生の頃は西洋哲学科という漢方とは縁もゆかりもない世界に身をおいていました。時代は、ホリエモンが在学していた頃と重なります。ずいぶん昔ですね。

その頃は東大でもパソコンを持っている人は少なくて、わたしもワープロ専用機で卒論を書きました。ホリエモンはその頃すでにPCを使ってコードを書いていたみたいですから、やっぱり時代を先取りしていたんですね。

その後、わたしは中国伝統医学を学ぶため中国の上海に留学しました。当時通っていた鍼灸治療院で、中国には「秘方」と呼ばれる日本では知られていない漢方処方があると聞き、興味をそそられたからです。ところで中国伝統医学という言葉には馴染みがないと思いますが、漢方の一種と考えていただければ大体OKです。ですから、これからはわかりやすく「漢方」と書くことにします。

上海は今でこそセブンイレブンもローソンもココイチも丸亀製麺もある街ですが、わたしが留学した2002年当時はローカルの超しょぼいコンビ二しかなくて、店内でタバコを吸うオヤジや、つり銭を投げ渡すオバサンは当たり前、期待していた中華料理もあまり美味しくない始末で、とてつもなくストレスフルでした。

それでも、漢方を学ぶなら中国です。日本にも漢方はありますが、中国は国のバックアップがあり、漢方専門の教育機関も医療機関も揃っているので、情報量も症例も桁違いに多いからです。

日本で漢方薬を出してもらう場合は、街の漢方薬局に行くのが普通だと思いますが、中国ではベッド数1000床を超えるような大病院が、まるごと漢方専門の医療機関なのです。わたしが卒業した大学だけでも、このような付属病院が4つもありました。

毎日大量の漢方薬を処方するので、薬を運ぶにも佐川急便の人が使うような台車を使います。その台車に工事現場のセメント袋のような袋に詰まった大量の党参、甘草、陳皮などの漢方薬を載せて病院内の薬局まで運ぶわけです。

上海のような都市部ではこの規模ですが、地方の病院の規模はさらに大きく、病院の敷地内がそのまま小さな町のようになっていて、病院の敷地内で生活が完結してしまうレベルです。日本でよく見かけるような小規模なクリニックは一般的ではありません。もちろん患者数も桁違いです。

中国の漢方専門大学は5年制です。しかも卒業後に病院実習が1年あるので、漢方医の免許を取ろうと思ったら、最低でも6年かかります。まあ、長かったですね。中国語に馴れるのにも3年近くかかりました。

自分で中国語が読めるようになると、大学で教えるカリキュラムに組み込まれていない情報も入手できるようになります。情報源はインターネットや漢方関連の文献、さらに口コミもあります。

そうした情報に触れると、漢方ワールドがいかに広く混沌としているかわかります。大学で学ぶ漢方は、広い広い漢方ワールドのほんの一部だということが、次第にわかってきたのです。そして、医学としては使えない、今では淘汰されてしまった漢方の姿が、あまりにもおもしろいことに気づいたのです。

医学として今でも使われている洗練された漢方を、漢方のメインストリームとするなら、メインではないけどおもしろい漢方、「サブカル漢方」とでも言うべきものが存在するのです。

この連載を通じて、ここでしか読めない日本初の情報も紹介するつもりですので、乞うご期待ください。


次回「猛毒 トリカブトVSフグ」は、10/14更新予定

画像出典:『本草図譜. 第3冊 巻22毒草類2』岩崎潅園(国立国会図書館デジタルコレクションより)

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この連載について

申し訳ないほどおもしろいサブカル漢方大全

村上文崇

近年、すっかりメジャーな療法として知られるようになった漢方。生理痛や不眠症など、さまざまな症状に効く伝統的な東洋医学として認知されています。けれど漢方には、知られざるもう一つの顔があるそうで……。養生医学研究協会の会長にして、上海で現...もっと読む

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コメント

cagliostro_alch オレ様もこの態度は見習いたいな。 1年以上前 replyretweetfavorite

chaxxxchaxxx サブカルチャーとしての漢方→ 約2年前 replyretweetfavorite

R30 こ、これは…次回が待ちきれない…!(ゴクリ 約4年前 replyretweetfavorite

amamorishin 死屍累々のトライアンドエラー!あああやっぱりそうなのか(゚д゚lll)昔むかしの方々には申し訳ないけど面白そうな記事。楽しみですー 約4年前 replyretweetfavorite