ナタリー大山卓也は言いたいことがない?
加藤貞顕(以下、加藤) 実は僕、今日お話を聞くにあたって、この本を3回読んできました。
大山卓也(以下、大山) 3回もですか!?
加藤 3回はけっこう大変でした(笑)。ただ、どうしても気になるところがあって。
大山 というと?
加藤 大山さんは言いたいこと、表現したいことがないという話をよく聞くんですが、この本の巻末に載っている津田大介さんと唐木元さんの対談だと、「タクヤは『言いたいことがない』とかよく言うじゃん? たぶんこの本でもどっかで言ってると思うんだけど、あれ嘘じゃん」と書かれている。
大山 あれ、ひどいですよね! 本文で言いたいことはないし、自己主張もしないって書いてるのに、最後の対談でひっくり返すっていう。
加藤 ははは(笑)。でも、僕も同じことを思いました。言いたいことはないと言いつつも、本にはいろいろな主張が書かれているし、そもそもメディアを立ち上げるという大変なこともしている。それって相当言いたいこと、やりたいことがないとできないことですよね。
大山 たしかにそうかもしれない。んー、言いたいことがないというか、言う必要がないとは思っています。
加藤 どうしてですか?
大山 自分の言いたいことを言わなくても、ナタリーを見てくれた人が「おもしろい」と思ってくれればいいかなと。
加藤 編集者らしい考え方ですね。
大山 編集者は裏方だし、前に出て意見を言うのは照れくさいっていう気持ちがあるんですよね。
加藤 ということは、言いたいことはあるけど、あえて言っていないという感じですか?
大山 いや、言いたいことはない……と思いますよ?
加藤 「言いたいことがない、ということを言いたい」という禅問答のような(笑)。
ボンクラだった若者時代
加藤 この本には、すごい意識の低い学生だったと書いてありましたが、昔はどんな若者だったんですか?
大山 高校の時はバンドをやってました。
加藤 パートは何を?
大山 ギターボーカルです。
加藤 それ、めちゃくちゃ言いたいことがあるタイプの人じゃないですか(笑)。
大山 いやいや、せっかくやるならトコトンやらないとつまらないかなと。
加藤 大学では?
大山 バンドはやってないですけど、1人で曲作ってデモテープ作ったりしてました。
加藤 卒業後はマクドナルドに就職したんですよね?
大山 はい。
加藤 大学までの流れだと、音楽をやるか、メディアみたいなとこに行くかのどちらかだと思うんですが……。
大山 今でこそ編集者っぽく見えるかもしれないですけど、当時はボンクラな若者で、特に何も考えてなかったです。
加藤 就職のことを親に報告した時のエピソードがめちゃくちゃおもしろいんですよね。
大山 「お前はせっかく大学出てパン屋か!」「紙の帽子かぶって『いらっしゃいませ』か!」って父親に罵倒されたやつですね(笑)。
加藤 そうそう。笑いました。
大山 いやあ、マクドナルドも立派な会社なんですけど、結局、働き始めてすぐに「あ、向いてないな」と思っちゃいました。けど、すぐ会社をやめるのはこらえ性のない若者みたいでよくないと思って、2年は続けました。
加藤 その後は?
大山 マクドナルドを辞めた後は、失業保険をもらいながら、ひたすらゲームしてましたね。1年ほど経って貯金が底をついちゃったので、しぶしぶ仕事を探し始めて、新聞の求人欄を見たりしてました。その時に、メディアワークスの「雑誌編集者募集、未経験可」という求人を見つけて、「ゲーム雑誌を作ってるところだ」くらいの軽い気持ちで応募したんです。
加藤 それで編集の仕事を始めることになったと。
「批評をしない」「全部やる」というメディアの特殊性
大山 『電撃プレイステーション』というゲーム誌の編集部に配属されて、編集のイロハは大体そこで学びました。編集者は裏方だっていう考え方もこの時に身につけたと思う。その後、『電撃オンライン』というウェブメディアに異動になって、本格的にウェブの世界に触れるようになりました。
加藤 そこで働きながら自分のサイトを始めたんですよね。
大山 はい。ウェブのスピード感は自分に合っていたし、ウェブサイトなら自分ひとりでも作れるだろうと思って、「ミュージックマシーン」という音楽サイトを始めました。音楽ニュースに一言コメントをつけて上げていくっていう、今で言う「まとめサイト」みたいな感じのサイトで。
加藤 どうして「ミュージックマシーン」という名前にしたんですか?
大山 絶対人気出るから「ミュージック」を背負っていいだろうと思って、奇をてらわず「ミュージックマシーン」という王道感のあるサイト名にしました。
加藤 自信満々だったんですね(笑)。
大山 当時は似たようなサイトが他になかったので、絶対ニーズはあると思ったんですよね。
加藤 サイトを作ろうと決めてから実際に作るまでに2ヶ月かかったと本に書いてありましたが、その間は何をしていたんですか?
大山 コンセプトを考えてました。途中で挫折するようなみっともないことはしたくないし、やるならちゃんとやりたかったので、軸となるコンセプトは必要かなと。自分がなにをやるべきか、なにができるかをひたすら考えて、最終的に決めたのが、「批評をしない」「全部やる」の2つでした。
加藤 そのコンセプトは、すごい特殊だと思います。普通のメディアは、何かを選ぶこと、つまりキュレーションの部分にすごく価値があると思ってやっている。出版社なんかは完全にそうだし、それが常識になってますよね。
大山 たしかにそうですね。
加藤 でも「全部やる」、つまり網羅性を持とうとすることって、Amazonのような巨大な資本を持っている企業が目指すことですよね。それを個人で、しかも絶対うまくいくと思ってやるというのはすごいなあと思いました。
大山 実際できてたわけじゃないですよ。ニュースの対象をJ-POPに絞ったからある程度はできてましたが、それ以上広かったら無理だった。例えば、洋楽を含めてだったら絶対できなかっただろうし、かといって狭くしたらつまらなくなっていたと思う。
加藤 J-POPという範囲がちょうどよかったんですかね。
大山 はい。それに、J-POPが好きだったし、この範囲だけは全部やろうと思っていました。J-POPの中で、これはロックじゃないからやらない、みたいなことは言いたくなかったです。そうやって好みで取捨選択するのは、ダサいと思うし。
加藤 その感覚もけっこう特殊だと思います。「俺はこれが好きだからお前らもこれを見ろ」というのがメディアとしては一般的ですから、大山さんの感覚はすごく新しかったです。
大山 編集は裏方っていう意識がどっかであるからですかね。
次回、10/3更新予定
ナタリー創設者・大山卓也さんが初めてちゃんとナタリーを振り返りました!