後編】自分がどういう小説家なのかは、読者が決めること

辻村深月さんの新作『ハケンアニメ!』は、アニメの制作現場でパワフルに働く女性たちのお仕事小説です。舞台に選んだ場所は少々特殊だけれども、そこで繰り広げられるやり取りはまさに「あるある!」の連続。後編は、アニメを含む物語をこよなく愛する辻村さんが、作品を発信する側として心がけていること、そして今年作家デビュー10周年を迎えて思うことについて語っていただきました。

『ハケンアニメ!』辻村深月(マガジンハウス)
あらすじ:伝説の天才アニメ監督による9年ぶりの作品『運命戦線リデルライト』。しかし、制作発表直前に、監督が失踪する非常事態が発生し、女性プロデューサーは彼の捜索に奔走するはめに。一方同じクールにオンエアされる『サウンドバック 奏の石』の新人監督は、現場での人間関係に一喜一憂。ハケン(覇権)をとるのは、はたしてどちらか?

担当編集者の太鼓判!
何でこの仕事をしているんだろう? 仕事が辛すぎる! そう思ったとき、ぜひこの本を読んでほしいです。あがきながら、泣きながら、「いい仕事がしたい!」その一念で必死にがんばる3人の女性たち。その姿こそが、私たちの熱情を掻き立てるのです。読後には新たな仲間ができたような心強さすら感じる作品です。 “物語”の世界への辻村さんの愛を受け取って、明日働く力にかえて共にがんばりましょう!(マガジンハウス 柳楽祥)

10代の自分を失望させない小説家でありたい

— 『ハケンアニメ!』の登場人物たちは、さまざまな過去の作品に受けた影響を励みに仕事に取り組んでいます。辻村さんは、今までどんな作品に救われてきましたか?

辻村深月(以下、辻村) 私はアニメや小説など、これまで見てきたもの、読んできたものすべてにその感覚がありますね。自分のためにこれを書いてもらったんじゃないかとか、私の気持ちがそのまま書いてある、と感じることが多かったんです。

— そうだったんですね。

辻村 そういう作品に出会うと大好きでたまらなくなるし、私と同じような気持ちでその作品を受け取っている人が、ほかにもいるはずだというところも含めて自分に味方がいるような心強い気持ちになりました。とても感謝しています。

— ご自身が作品を発信する側になって、物語に対する思いに変化は生まれましたか?

辻村 幸運なことに『ハケンアニメ!』もそうなのですが、「自分のことが書いてあるような気がしてうれしかった」とか「自分だけのものにしたかったのに、この感情を書かれてしまって悔しいとすら思いました」などと言ってもらえることも今はあります。

— すでにそんな反響があるのはうれしいですね。

辻村 中学や高校のときなど10代までの自分は、ひとつひとつの物語を今の比じゃないくらいにすがりついて読んでいたような気がするんです。だから今こうして小説を書きながら、中学高校のときの自分がもしもこれを手に取ったら、どう思うだろうってたまに考えるときがあって。

— 過去の自分にどう思ってもらいたいと考えていますか?

辻村 「こんなものを書いちゃってるんだ」ってがっかりされるような仕事だけは絶対にしたくないと思っています。どんな話であれ、大人になった自分がこれを書いているなんてうれしいと、10代の自分に信じてもらえるようなものでありたい。

— 信じてもらえるもの、ですか。

辻村 現実には10代の私に、今、自分の書いた作品を読んでもらうことはかないません。けれど当時の私のように、物語の世界に最も憧れているであろう多感な10代の子たちが、『ハケンアニメ!』を読んでアニメ業界に興味を持ってくれたりしたら、その代わりになっているような気がして、その意味ではとても幸運な仕事をしているんだなと思います。

— そうなったら本当に素敵ですね。

辻村 それに今現在10代でなくても、かつて若者だった人というか、10代のときに何か報われなかったような気持ちを抱えたまま大人になってしまった人もたくさんいると思うんです。そういう人たちに受け入れてもらえるような小説が書けたらとても光栄です。

— 今年はデビュー10周年ということで、『ハケンアニメ!』を含め単行本が3冊出版されるそうですね。先に出版されている『盲目的な恋と友情』は、どういうきっかけで生まれた物語なのでしょう?

辻村 直木賞をいただいた『鍵のない夢を見る』を読んでくださった男性の方から、「こんなにいろんなことを考えている主人公の女の子たちが、なぜそれでも恋愛を必要とするのかわからない」と言われたんです。男性の立場からすると「もう許してください。これ以上、男のことを必要としてくれなくていいです、と思ってしまったんですけど」って。

— それはすさまじい感想ですね。

辻村 それを聞いて、「すごい褒め言葉だな」とうれしくなったのと同時に、自分でもたしかにどうしてそんな子たちが恋愛を必要としてしまうんだろうって思ったんです。『鍵のない夢を見る』は、いろんな立場の5人の女の子が出てくるのですが、恋愛や結婚にこだわらなければ、それなりに幸せにやっていけそうな人ばかり。相手を本当に好きなのかどうかもわからないけど、彼氏がいないと思われたくないとか、女というのは人の目から自由になれない生き物なのだと再確認したんですね。

— 前作の『盲目的な恋と友情』でも恋と友情にとらわれた女性2人が出てきますが、そこから出発しているんですか?

辻村 そうですね。『盲目的な恋と友情』にも出てくるのですが、学生時代なんかは特に、女友達から恋愛の悩みを相談されて建設的なアドバイスをしたのに、まったく聞いてもらえなかった経験って誰もがあると思うんです。「別れたい」って言うから相談に乗ってあげたのに(笑)。

— ありますね(笑)。

辻村 結局、恋に対して結論を出せるのは自分だけであって、そういうときの友情は無力で儚いもの。だけど一方で、恋は終わるかもしれないけれども、友情は終わらないものだから尊いとも言われるわけで。その辺りについて書いてみたいと思ったとき、「盲目的な恋と友情」というタイトルがすんなり出てきたんです。

— すごく印象的なタイトルです。

辻村 盲目的な恋というのはよく聞くけれど、盲目的な友情があるとしたらどういう形なんだろうって。ひとりは盲目的な恋をしていて、それに対して家族とか恋人みたいな位置からずっと言葉を投げているのに聞いてもらえないもうひとりを書いてみようと思い、ふたりのヒロインが形成されました。

— たしかに『鍵のない夢を見る』と『盲目的な恋と友情』には、女性の業の深さみたいなテーマで共通しているところがありますね。

辻村 『盲目的な恋と友情』については、2人のヒロインの立場にひとりの人が両方共感できる箇所を見つけてもらえるのではないかと思います。人の言うことを聞けなかった時代を思い出したり、あるいはそんな友だちをもどかしく思っていたときも、同じひとりの人の中にあったりするでしょうから。それをふたつに分けて突き詰めて書けたことで、同じようなテーマでまた違った形のものをこの先も書くんだろうなという広がりも見えてきました。

— 『盲目的な恋と友情』のヒロインの対比の強烈さは、本当に衝撃でした。

辻村 今まで女性同士の関係性をいろんな形で書いてきましたが、どちらかというと横並びの関係で格闘している子たちが多かったんです。そうではなく、美醜というテーマのみをいつか突き詰めて書いてみたいとも思っていたので、容姿端麗なヒロインと、コンプレックスを持っているヒロインの両方を書くことができたのは新鮮な体験でした。

10年後の自分を見せられて、ポカーンとするのが理想

— 『盲目的な恋と友情』と『ハケンアニメ!』もそうですが、辻村さんの小説は作品ごとに世界観や方向性がまったく異なっていますよね。

辻村 我ながら不思議です。『盲目的な恋と友情』と『ハケンアニメ!』の執筆は同時進行しているときもあったのですが、書いているときの感覚としては、荒波が立っている日本海で泳いだ翌週に、グアムにいるみたいな感じなんです(笑)。

— それはものすごく大変そうですね(笑)。

辻村 影響を受けてきたものがたくさんあるので、どちらの世界も好きなんですよね。それと、自分がどういう小説家なのかとか、どんなものを書く人だという色合いを決めるのは、自分ではなく読者なんだっていうのが10年経ってようやくわかってきました。『鍵のない夢を見る』のサイン会のときに初めて聞いたのですが、最近、“黒辻村”と“白辻村”という言い方をしてくれる人が出てきたんです。

— “黒辻村”と“白辻村”!?

辻村 昔から私の作品を読んでくださっている方が、「“黒辻村”のほうで直木賞を受賞したから、こういう黒いものばかり書く人だと思われちゃうのが心配なんです」と言ってくれたりして。こちらが心配しなくても、受け止める準備を読者のほうでしてくれるようになったというか、楽しみ方を自分で選んでくれている感じがしてうれしいですね。

— ご自分でご自分のあり方を決めたいと思っていた時期もありましたか?

辻村 「私はミステリー作家なんだ!」と意固地に思っていた時期もあったし、「女性ならではの」と言われると男性の読者を排除しているように聞こえて嫌だった時期もあります。だけど今は、自分の本意ではない捉え方をされたとしても読んでくれる人はいるだろうし、そこからさらに違うアプローチができたらいいなと思えるようになり、余裕が出てきたのだと思います。

— 作家としてデビューして10周年を迎えた今、改めてどんな心境ですか?

辻村 この間、『ハケンアニメ!』を読んでくれた大学時代の友だちに、本に折り込まれている10周年のチラシを見て、「作家を目指していた10年前のキミのところに、これを持って行ったらどう思うかなって想像したよ」って言われたんです。

— どう思うでしょうね?

辻村 たしかに、10年後の自分がCLAMP先生に挿絵を描いてもらっていたり、これだけいろんな出版社とお付き合いがあったりするのを見せられても、当時の自分は信じないだろうなと思いました。
 信じないけど、それを見たからといって書くものが変わるわけでもないだろうなと今は思えるので、もしさらにこの先、20周年フェアみたいなチラシがあったとしたら、それを今の私が見てもきっとポカーンとするような10年を送ることができたらいいなと思っています。10年後の私は、今は無理だと思っているジャンルに踏み込んで、たとえば、江戸時代とか平安時代の歴史小説を書く人になってるかもしれない、みたいな感じで(笑)。そんな次の10年を、私自身、とても楽しみにしています。


(おわり)

構成:兵藤育子 撮影:喜多村みか



『ハケンアニメ!』辻村深月(マガジンハウス)

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この連載について

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いまスゴイ一冊『ハケンアニメ!』辻村深月

辻村深月

ミステリーや青春、ファンタジーなどジャンルの壁を軽やかに越える直木賞作家の辻村深月さん。女性誌「anan」で2年弱にわたって連載された『ハケンアニメ!』は、アニメの制作現場でパワフルに働く女性たちのお仕事小説です。舞台は少々特殊だけれ...もっと読む

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コメント

hagoromo_andy 「ゼロハチゼロナナ」読んで以来ファン。 新しいの読みたいなー。 https://t.co/liolftzBHF 約4年前 replyretweetfavorite

a_shuri “白辻村”と“黒辻村”ってすごい呼称ですね!すげー笑った…… 約4年前 replyretweetfavorite