前編】アニメは小説家のわたしを築いた大事な一部分

ミステリーや青春、ファンタジーなどジャンルの壁を軽やかに越える直木賞作家の辻村深月さん。女性誌「anan」で2年弱にわたって連載された『ハケンアニメ!』は、アニメの制作現場でパワフルに働く女性たちのお仕事小説です。舞台は少々特殊だけれど、そこで繰り広げられるやり取りは、すべての働く人にとって「あるある!」の連続。前編では、本作がどのようにしてできあがったのか、そして辻村さん自身のアニメに対する熱い思いを語っていただきました。

『ハケンアニメ!』辻村深月(マガジンハウス)
あらすじ:伝説の天才アニメ監督による9年ぶりの作品『運命戦線リデルライト』。しかし、制作発表直前に、監督が失踪する非常事態が発生し、女性プロデューサーは彼の捜索に奔走するはめに。一方同じクールにオンエアされる『サウンドバック 奏の石』の新人監督は、現場での人間関係に一喜一憂。ハケン(覇権)をとるのは、はたしてどちらか?

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「だけど、待たせてる人たちの気持ちも少しは考えたらどうなんですか。少なくとも、王子さんがいない間、私は生きた心地がしませんでした」

「考えてるよ。誰よりも考えてる。作品のことだけじゃなくて、スタッフのことも。もちろん有科さんのことも」

 名を呼ばれ、黙ってしまう。


 王子が揺るぎない、まっすぐな眼差しで首を振る。

「一つのタイトルが始まれば、その人の時間を俺は三年近くもらうんだよ。俺がやりたいものを形にするっていうそれだけのために、その人の人生を預かるんだ。そのことを考えない日はないよ。監督は、基本、誰かに何かをお願いしないと進めない仕事なんだから。俺だけじゃ何もできないんだ」

 香屋子は瞬きもせずに、王子を見た。怒鳴るように言葉をぶつけられているのに、場違いに気持ちが揺れる。

 テレビアニメは、一話三十分の裏側にたくさんのスタッフがいる。シリーズ通じてだと、それこそ、何百人規模だ。

 ハワイだとか持ちだして、余裕を見せることが大人だと信じる子どもっぽいこの人を前に、彼と知り合ってから、初めて、香屋子は思った。

 かっこいい。

 長い時間をかけるアニメーションの現場で、王子の時間と人生をお預かりしている気持ちになっているのは、香屋子とえっじのスタッフも一緒だ。彼の“人生分の大事な三年”に併走できることを光栄に思ってきた。

 そして、彼が苦労してゼロから作り上げた“一”を、香屋子たちはこれから一緒に百にも千にもしていける。あれを動かし、観ることができる。

—『ハケンアニメ!』89 - 90ページより

生きていく糧となる「お仕事小説」を書きたかった

— なぜアニメ業界を舞台に選んだのですか? 「働く人、悩む人、だけどそれでも日々を頑張るすべての人へのエールとなるような小説を」というのが、作品を依頼された際の最初のオーダーだったと聞きましたが。

辻村深月(以下、辻村) 世の中にあるお仕事小説を読むと、たくさん取材したのだろうなぁと感じることが多く、せっかくなら取材して楽しい業界を書きたいという思いがありました。私自身アニメが大好きで、小さいときからお世話になってきたので、個人的に見てみたい業界だったというのがまず大きいです。

— これまでの作品ではしっかり取材をすることは少なかったんですか?

辻村 作品全体にかかわることではなく、一部のシーンを書くために、ということはあったのですが、ここまでしっかり、ということはなかったです。それと、アニメが好きだからこそ、「アニメ業界ってつらいんでしょ」とか「お給料安いんでしょ」みたいな情報がひとり歩きばかりしている状態が、ファンの一人としては気になりました。業界が先細りしてしまうんじゃないかと複雑な気持ちがあったんです。

— なるほど。

辻村 アニメが大好きで、それでも楽しそうだから入りたいという人も確実にいるだろうし、お仕事はお金だけが目的ではない、それ自体が生きていく糧となる部分もあるはずなんです。それならば、働くことの意味をきちんと描くのに、アニメ業界は打ってつけなのではないかと小説の舞台に選びました。

— 実際にアニメ業界を取材してどうでしたか?

辻村 私自身も「つらいんだろうな」という先入観があったのですが、実際はとても楽しみながらやっていらっしゃる方がたくさんいて、「もうほんとに困っちゃったんですよ」と話してくれるエピソードも、愚痴ではなくノロケを聞いているような感じでした。

— ノロケですか(笑)。

辻村 私の仕事でも多々あることですけど、できあがった作品について語るときって、つらかったことが一番楽しかったりするので、どの業界も同じなんだなあと。しかも狭い業界なので、ライバル会社であってもみなさん仲がいい。だから取材に行くと大体どこでも、「次はどこへ行きたいですか? 紹介しますよ」と言ってくださるんです。「次はフィギュア会社に行きますか? それともアニメ誌の編集部に行きますか?」みたいに分岐点があって、ロールプレイングゲームをしているみたいな楽しさでした(笑)。

— 『ハケンアニメ!』では、アニメ業界の内部事情や制作手順をきちんと説明しながら、ストーリーを転がしていく必要があったと思います。その辺りのバランスや表現方法で気をつけたことはありますか?

辻村 何しろ取材をして書くというのが初めてだったものですから、取材で業界の仕組みがわかったり、おもしろいエピソードを聞いたりすると、全部入れたくなってしまってそこは悩みました。でも、最初に原稿を渡したとき「この部分はなくても大丈夫です」という線引きを担当編集者がきちんとしてくれたんです。それでちょっと楽になったところがありました。

— 読んでいても、絶妙にストーリーと絡んだかたちで、アニメ業界の知識が散りばめられていて、実際のアニメ業界の雰囲気が肌に感じられる内容でした。

辻村 制作の工程や具体的な数字について、取材をして事情を知っていると、文章では直接触れないとしても、登場人物のセリフや描写などに自信や説得力が表れるんだろうなと思いました。取材をしていると、魅力的な言葉がたくさん出てくるのですが、その言葉に行き着くまでの物語、要するにそういう名言を登場人物に言わせるための輪郭を作っていくことの繰り返しだった気がします。

— アニメが好きな辻村さんならではのこだわりの部分はありますか?

辻村 作中に出てくるアニメのストーリーにはこだわりました。私自身がアニメ業界に感謝を感じていることと敬意を作品の中で出したかったのですが、そのためには作内アニメを魅力的に描くことが重要だと思ったんです。読者に観てみたいと思ってもらえるようなものにしたかった。

— たしかに、主人公が1話ごとに歳をとるという魔法少女モノ『リデル(運命戦線リデルライト)』も、毎回ロボットが別のかたちに変形するという『サバク(サウンドバック 奏の石)』も、実際に観てみたいと思わされる内容でした。

辻村 作中作って、具体的な内容にはふれず謎のヴェールに包まれたおもしろいものという雰囲気でアジテーションしていくケースがよくあるし、「みんなが本当に大好きなんだ」って描写があれば一応成立してしまう。だけどそれだけでは、物語制作の現場を扱うものとしては弱いので、作内に大きく出てくる『リデル』と『サバク』、そして伝説の作品『ヨスガ(光のヨスガ)』については、設定をかなり書き込みました。

— 読んでいても、作中作を考えるだけでも大変だったのでは、という印象を受けました。

辻村 すごく悩んだわけでもなく、そこは私のアニメ好きな部分が生かされました。あとこの小説は、CLAMP先生という素晴らしいパートナーに恵まれたので 、CLAMP先生が描くこのアニメを見てみたいという、私の純粋な欲望もありました。原稿を送ると、CLAMP先生のほうからこちらが考えていなかったような質問が来たりするんです。

※ 単行本で装画を担当しているCLAMPが、anan連載時に毎号挿絵を担当していた。

— その相互作用で設定が生まれたりしたと。

辻村 はい。そのやり取りを通して、作中アニメがより立体的で奥行きのあるものになっていったと思います。今まで小説を書くときは、登場人物たちを読者の身近にいる誰かに引き寄せて想像してほしかったので、容姿や服装の描写をそこまで書き込んではいませんでした。

— なるほど、あえて書き込まず想像にまかせていたんですね。

辻村 はい。たとえば「パンプスのかかとがすり減っている」くらいは書くけれども、そのパンプスの色までは書かない、という感じで。だけど今回は挿絵をお願いする関係もあって、どんな服を着ていて、顔つきはどんな感じなのかをなるべく意識しましたし、そんなふうに書いたのは初めてでした。

思い入れが強すぎて、結論が決められなかった

— アニメ制作には大勢の人数が関わるという話も出てきますが、それだけに登場人物も多彩ですよね。登場人物が章を越えて直接的、間接的につながっていくのも見どころだと思うのですが、軸になるキャラクターはどのように作っていったのでしょう?

辻村 ひとつのアニメにたくさん人が関わっていることは、現実のアニメでエンディングのスタッフロールを見ていると嫌というほどわかるので、ひとりの目線で業界全体を語るのは難しいと思っていました。だから当初は6人くらい主人公を立てて、ひとつの章をもっと短いものにするつもりでした。

— 実際の2倍の人数の予定だったんですね。

辻村 それでまずは監督の目線で書いてみようと取材を試みたのですが、監督のことを一番わかっているのは監督本人ではなく、実は傍らにいるプロデューサーだったりするんですよね。だから監督業について語りたいときは、プロデューサーの目線で書いて、プロデューサーについて語りたいときは、逆に監督の目線にしたほうがよいのかもしれない、ということがだんだんわかってきて。

— ああ、言われてみれば、第一章では『リデル』プロデューサーの香屋子の視点をとおして監督の王子のことが描かれているし、第二章では『サバク』監督の瞳の視点をとおしてプロデューサーの行城のことが描かれていますね。

辻村 そうなんです。しかもひとりの目線で書いたとしても、声優さんや作画監督さん、進行さんなどほかの立場の人たちも自ずと絡んでくることに気づいたので、主人公を3人に絞って、そのぶん1章ずつを長くしてより強度のある話にしていこうと思いました。
 最初は、アニメ制作が集団作業だということを実感としてよくわかっていなくて、頭で考えたプロットだったのだと今になれば思います。集団作業は大勢の人が自然と絡んでくるものだし、ひとりで小説を書く作家とはこんなにも違うのだと途中で何度も感じました。書いていると登場人物それぞれに愛着が湧いてきて、当初の予定と異なり、後々まで絡んでくる人もたくさん出てきました。

— 週刊連載のなかで書きながら変更していく部分が多々あったわけですね。『ハケンアニメ!』は「覇権アニメ」のことで、そのクールでもっともディスクの売上があったアニメをあらわす業界用語ですが、書き始めた時点でどのアニメが「覇権」をとるかは決めていましたか?

辻村 『ハケンアニメ!』というタイトルで物語を始めたからには、みんな頑張りました、というなあなあな終わり方は絶対に嫌だと思っていたし、どのアニメが覇権を取るのか結果を出さなければいけないとは思っていました。だけど『リデル』も『サバク』も好きすぎて、もうどっちでもいいよ! みたいな気持ちになって、私自身が最後のほうまで揺れていたんです。

— それは意外です。登場人物それぞれのアニメに対する熱い思いも、読んでいてグッときました。辻村さんご自身も小さいときからアニメがお好きだったそうですが、そもそもアニメはどういう存在だったのでしょう?

辻村 私は小説を書く上で、小説以外にも漫画とアニメと映画から等しく影響を受けている気がしています。総じて物語の世界がすごく好きだったんでしょうね。10代の頃までを振り返ると、実際には生まれ故郷の町をほとんど出たことがなかったにもかかわらず、それを意外に思うくらいフィクションの世界で一番いろんなところに行かせてもらっていた時期だという感覚があります。その最たるものがアニメです。

— アニメのおかげで世界が広がったと。

辻村 はい。私にかぎらずアニメが原体験と結びついている人は多いはず。たとえばクリスマスにそのオモチャがほしくてねだったけど、買ってもらえなくて悔しい思いをしたとか、絵をスケッチブックによく描いていたとか、テーマ曲を聴くと一気に懐かしい気持ちになったりするとか。あるアニメを好きな人と大人になってから偶然話したりすると、それを好きだということだけで、いつまでも語れる。アニメがコミュニーケーションツールになるんです。

— たしかに。

辻村 アニメはそれくらい影響の大きいメディアですし、小説に出てくる王子という監督が、業界の先輩に感謝しているという話をするのですが、私もその気持ちは同じです。
 実際に制作現場を見せてもらうと、毎週決まった時間に放送されるのかどうかも危ういくらいギリギリで進めていたりするのですが、私はそんなことも知らずに、放送されるのが当たり前のものとしてテレビの前に座っていたかと思うと、より感謝を覚えました。アニメは今の自分を作ってくれた大事な一部ですし、いつかその世界に関わってみたいという気持ちを、こんな形で表現できたことがとてもうれしいです。


次回「自分がどういう小説家なのかは、読者が決めること」は、10月7日更新予定

構成:兵藤育子 撮影:喜多村みか



『ハケンアニメ!』辻村深月(マガジンハウス)

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この連載について

いまスゴイ一冊『ハケンアニメ!』辻村深月

辻村深月

ミステリーや青春、ファンタジーなどジャンルの壁を軽やかに越える直木賞作家の辻村深月さん。女性誌「anan」で2年弱にわたって連載された『ハケンアニメ!』は、アニメの制作現場でパワフルに働く女性たちのお仕事小説です。舞台は少々特殊だけれ...もっと読む

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コメント

pommeblanc 辻村深月さん読んだことなかったも。読んでみよう。 約4年前 replyretweetfavorite

seeds305 辻村作品は好きでよく読むが、これは近すぎて動悸息切れの予感。「上がってくる筈のデータが上がってこなくて疾走相手を探して東奔西走」とか、禿げそう。⇒アニメは小説家のわたしを築いた大事な一部分| 約4年前 replyretweetfavorite

mircea_morning いい話だった 約4年前 replyretweetfavorite

cigagel 面白かった。 約4年前 replyretweetfavorite