「祝い事を逆張りで突つきたくなる連中」も黙り込む
競技としてのディベートでは、自分の真意とは関係なく、与えられたポジションの答弁をするのがルール。たとえ個人的に「死刑賛成」であっても、「死刑反対」の論陣に加われば反対する理由をこねなければいけない。その際に手っ取り早いのは、自分が賛成する理由をそのままひっくり返すこと。「殺された側の人権を最優先に」を「殺した側にも人権があるのでは」とひっくり返していく。これができれば、いかなるディベートでもひとまず論陣を張ることが出来る。
大江麻理子アナというのは実にディベートがしにくいアナウンサーだ。なにせ、賛成票しかない。無理やり「反対してください」と言われて、賛成をひっくり返してみたところで、それが反対として馴染んでこない。「キレイじゃない」「ニュースが読めない」「性格が良くない」「私生活がだらしない」。朝方フジテレビに出てくるようなアナウンサーたちは、これらをいくつか使われて適当にバッシングされているのだが、大江アナはそれすらされない。今回初めて、「大金持ち×バツイチ×50歳」と結婚という、「反対」の論陣にとって恰好の素材が提供されたというのに、それでも素直に失望している様子で、「祝い事を逆張りで突つきたくなる連中(自分も含む)」がちっとも出てこない。これは奇跡的な出来事である。
NYライフをエッセイ集にまとめなかった凄み
「ワールドビジネスサテライト」のメインキャスターを務める前に1年間ほどNY勤務、というのは、今から振り返れば既定路線だったのだろう。その転勤の報を聞いた時に、こちらは息継ぎもせずに「パリでよろしくやってる元・女子アナみたいなオシャレエッセイ出さないで欲しいけど幻冬舎あたりで出すんだろうな絶対あーあとってもガッカリだよ大江さん」と先読みして残念がったのだが、彼女はその手のものを出さなかったのである。おすすめのパン屋や仕事帰りに立ち寄るカフェなど、海外移住組がこぞって取りかかる一冊に取りかからなかったのである。数々のオファーを断ったのは想像に易い。
ここ日本では財布を落としてもお金もそのまま戻ってくるんですと「お・も・て・な・し」精神で日本の素晴らしさを語ったキャスターは、その以前に出していた著書『恋する理由 私の好きなパリジェンヌの生き方』(講談社)で「フランスと日本のダブルアイデンティティとして生まれた自分自身の人生観」(紹介文より)を100%フランス礼賛で語っていたけれど、読者が羨ましがる環境をへりくだって伝えるこの手の流れに大江アナは乗っからなかった。「イチ会社員なので」という避け方はあるにせよ、自分を心地よく持ち上げてくれるエサを食べずに過ごすというのはそれなりに難儀だったはず。