サイハテ

第10回 第1章

ついにやってきてしまった、由希が引っ越してしまう日。悠治と由希は、最後の思い出に学校を訪れた。
そして、夏が終わる――。

動画再生回数260万回を超えるボーカロイド楽曲の名曲が遂にノベル化! 
楽曲制作者・小林オニキスが自ら贈る、人と人が想いと願いをつなぐ物語『サイハテ』から一部を公開します。

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 八月二十五日
 日差しが強く一際ひときわ暑い日だった。午前中のうちに僕らは中学校に来ていた。
「最後だし、もう一度だけ学校を見ておきたいな」
 前日の晩にそう言っていた由希と二人で、学校の敷地を歩いていた。
 智史はまた「用事があるから」と言って来なかった。最後の最後で余計な気を遣ったのだろう。
 夏休み中の中学校は人気も少ない。運動場からは、野球部の練習している声が聞こえてくる。セミの鳴き声も以前より少なくなってきていて、夏もそろそろ終わりなのだなと感じさせた。
「もう荷造り、全部終わったの?」
「昨日のうちに全部済ませちゃった」
 自転車置き場の脇を通って、正門を通り、校舎の正面玄関へと向かう。
「十三時半に駅でお父さんと待ち合わせだっけ?」
「うん……」
 僕らは通い慣れたはずの中学校を言葉少なにぶらぶらと歩く。
 正面玄関はガラスのドアが複数あって、どれも施錠されていたが、一つだけ鍵が開いていてドアも開いたままになっていた。下駄箱の前を通って、階段を上る。二年生の教室は二階だ。四つの教室の前を通って、一番奥にある一組の教室に向かった。
 校舎の中は誰もいなくて静かだ。一組の教室にも人はいなかったが、誰かの机の上に乱雑にかばんと制服が置かれていた。野球部の生徒の誰かがここで着替えをしたのだろうか。教室の後ろの窓が開いたままになっていて、時折入ってくる風が教室のカーテンを揺らしていた。
 由希は教室の窓際、後ろから二番目の席に真っ直ぐ向かった。
 そして感慨深そうに机に触れ、イスに座った。
「由希の席、そこだったの?」
「うん。なんだかここに座るの、久しぶりな感じがする」
 由希がてのひらで机をそっと撫でた。
 僕は彼女が座っている席の一つ前の席に行って、背もたれの上に右ひじを乗せ、横向きにイスに座った。
「……今気付いたんだけどさ」
「なに?」
「由希の制服姿って見たことなかったな」
「あ、ほんとだね」
 思えば、夏休みにあの公園で知り合った僕らは、同じ中学に通う同級生だったにもかかわらず、学校での共通の体験というものが無かった。
「今までにも廊下ですれ違ったりしたこともあったんだろうけどね」
「私、たぶん悠治君と河村君と、前に話したことがあるような気がするんだ」
「え、いつ?」
「一年生でまだ入学してすぐの頃にね、自転車置き場のところで携帯電話のストラップを落としちゃって。いつの間にか紐が切れてて。それで一人でずっと探してたら男子二人に声をかけられたんだよね。何か探してるの? って」
 僕は中一の頃の自分を思い出しながら話を聞いていた。
「あのときの二人って、今、思うと悠治君と河村君だった気がするんだ」
 そう言って彼女は携帯電話のストラップを手にとった。
「言われてみればそんなことがあった気がするなぁ。停めてあった自分の自転車を出そうとしたら、足元にウサギの人形みたいなのが落ちてて、何気なしに拾ったんだ。そしたらなんだか、すごい悲壮な顔で自転車置き場の脇の側溝を覗き込んだりしてる女の子がいて。あ、もしかしてこれを探してるのかなって」
「そうそう。何か探してるの? って聞かれたから、答えたら、もしかしてこれ? って手渡されて。そしたら後ろにいたもう一人の男子が、もう失くさないようにねって言って。そのまま自転車に乗って行っちゃったんだよ」
「ああ、そうか。だからウサギのストラップを公園で見せてくれたときに、どこかで見たことがある気がしたんだ!」
「初めてあの公園で二人に会ったとき、もしかしてあのときの二人じゃないかなって思ったんだよ。やっぱりそうだったんだね」
「えっ! なんだよ、もっと早く言ってくれたらよかったのに」
「だって確証がもてなかったんだもん」
 由希がちょっとふくれた顔を見せる。
「ストラップを見せたときに、何か反応があるかなぁって思って悠治君を見てたのに、特に何もなかったし……もしかして勘違いだったのかなって」
「そう言えばあのとき、じっと見られてたから……。何でにらまれてるんだろうって思った」
 別に睨んでたわけじゃないよ、と由希は笑った。

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サイハテ

小林オニキス

再生回数260万を超えるボーカロイドの名曲がノベル化! 楽曲制作者である小林オニキス氏が自ら贈る、“人と人が想いと願いをつなぐ”物語『サイハテ』の一部を公開します。 それは、たおやかな恋でした――。 ある日、中学二年生の水上...もっと読む

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