七月二十六日
僕と智史は、夜にまたあの公園に行くことにした。
智史は昨日、望遠鏡で月を見たのが思いのほか気に入ったらしく、「毎晩ちゃんと天体観測の記録を付けて本格的に自由研究にしたらいいんじゃない?」と言ってきたのだ。智史が星や月に興味が湧いたのなら歓迎すべきことだ。僕は智史の提案に乗ることにした。
夕方まで智史の家でだらだら過ごしてから、昨日と同じように家に戻って天体観測の準備をして公園に向かった。
藤沢さんは昨晩と同じように公園のベンチに座っていた。どこか
僕が話しかけると、黙ったままこちらを向いて軽く会釈をする。
「ねぇねぇ。ここで何やってるの?」
智史は相変わらず遠慮なく彼女に話しかけるが、返答はない。僕はそんなやり取りを見ながら、望遠鏡をセッティングする。今日は月だけでなく、他の星も観る予定だ。
僕は準備する手を止めることなく彼女に話しかける。一つ気になっていたことがあったからだ。
「そういえばさ。昨日、ちゃんと
「あぁ! よく考えたら藤沢って苗字しか俺たち知らないじゃんね!」
「……
小さな声でポツリと彼女が呟いた。
「えっ?」
「……藤沢……由希」
はっきりと聞き取れなかったらしい智史が反射的に訊き返すと、 藤沢さんはもう一度ポツリと呟くように答えた。
「由希か~! いい名前だね!」
智史がそう言うと、彼女は「そう……?」と平淡な声で呟いた。
「じゃあさ、由希って呼んでいい?」
智史は満面の笑みを浮かべて彼女に訊いた。自然と名前を呼び捨てするあたりはさすが智史だなと思った。僕にはとてもできない。
「別に……いいけど」
「よし。じゃあ由希、今後ともよろしく!」
智史のこういう性格は素直にうらやましいなと思う。僕も多少は見習うべきところなのかもしれないな。
それから僕と智史は、様々な星を望遠鏡で観察し始めた。藤沢さんはベンチに座って、そんな僕らの様子を見ていた。僕は藤沢さんに「観てみる?」と声をかけた。彼女は僕の言葉にうながされ、無言で望遠鏡を覗き込む。星を観ているときの藤沢さんは、やはり口数は少なかったが、すごく感動しているようだった。
智史はその後もめげることなく無口な彼女に話しかけ、少しだが返事が返ってくるようになっていた。
僕が、どうして夜の公園にいるのか訊ねると、「たまに公園のベンチに座ってボーっと星を眺めながら考え事をするのが好きなんだ」と話してくれた。
そして、昨日と同じように携帯電話で時刻を確認すると、そろそろ時間だからと言って公園の出入り口に向かって歩いて行った。
僕は藤沢さんがこちらを振り向くことを期待してその背中を見つめていたが、彼女が振り返ることはなかった。
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