シックス・センス 
さて、お立ち会い、幽霊の見える少年のお出ましだ

今回の「およそ120分の祝祭」が取り上げるのは、M・ナイト・シャマラン監督の『シックス・センス』。霊が見えてしまう孤独な少年と、彼に付きそう児童心理学者を描いた本作は、アカデミー賞にもノミネートされ、話題を呼びました。この作品とシャマラン監督の個性とは……ご一読ください。

旅行でいちばんたのしいのは、計画を立てているときではないか。まだ見ぬ土地への想像をふくらませながら、ガイドブックのページを繰る瞬間すでに、旅行の快楽は始まっている。滞在日程表を作成する旅行者は、写真でしか見たことのない魅惑的な土地への期待に満ちあふれ、あれもこれもと予定を詰め込もうと躍起になるだろう。まず何よりも「あの場所へ行ってみたい」という欲求そのものが心地いいのであり、航空券を予約し、宿泊先のホテルを決めるといった手順のひとつひとつが、旅の期待を高めていく。むろん実際の旅行には、天候が悪かったり、ホテルの浴室で熱湯が出なかったりといった失望がつきものだが、それとて大した問題ではない。少なくとも旅行者は、期待に満ちた計画を立てるよろこびを味わったのであり、準備段階がまぎれもなく旅の一部分である以上、旅行者はすでに豊かな経験をしているのだ。

あらゆる楽しみは、そのように、事前の期待、想像を含んだ総体としてとらえられるべきである。たとえば、好きな小説家の新しい作品を待っている読者は、未来に届けられるはずの物語をイメージすることで、読書のよろこびの一部をすでに味わいはじめている。そうした読者にとっての読書体験は、本を読む行為だけではなく、刊行を待った時間を含めなければ語れないだろう。ここでは、期待そのものがすでに快楽なのである。ものごとの核心へ到達するまでの過程は、それじたいが心地いい。夏祭りのお化け屋敷に入るとき、友だちから熱心に薦められたレストランへ行くとき、知り合ったばかりの異性と初めてデートをするとき、われわれはあてのない想像を繰りひろげ、イマジネーションをどこまでもふくらませていく。ことによると、それは実際の体験よりもずっと甘美である。

大いなる期待と共に、何かが到来する瞬間を待つこと。M・ナイト・シャマラン作品の愉悦とは「スペクタクルへの期待」である。これからきっと、とてつもない光景がスクリーン上に提示されるであろうという予感そのものの快楽が、シャマランのフィルムを成立させている。彼はまず何より、観客に期待を抱かせる手練手管においてすぐれている映画作家だ。

「生まれてこの方、一度もけがをしたことがない男」「世界各地に突如として現れるミステリーサークル」「小さな村の住人たちが怯える謎の怪物」「人間を攻撃してくる植物の恐怖」といったモチーフの魅惑的ないかがわしさには、胸が躍らずにいられない。スペクタクルへ到達するまでの道のり、それじたいの充実。観客は、やがて訪れるであろう驚愕の事態へ向けて待機するが、それは旅の予定を立てる旅行者がふくらませる想像によく似ている。その結果、シャマランの作品群はあたかも、お化け屋敷の入口で順番を待つ瞬間の高揚のみが抽出されたかのようなフィルムになっている(実際のところ、そうした作品の構造は同時に、誤解の元でもあるのだが)。

初めて見るシャマラン作品が『シックス・センス』(’99)だったという観客は多いはずである。映画の冒頭で伝えられる「ストーリーの『ある秘密』を、まだ見ていない人には話さないでください」という思わせぶりなクレジットもあいまって、公開当時には大いに話題になった。シャマランのフィルモグラフィ全体を通して考えても、『シックス・センス』はもっともバランスが取れている作品である(ここでいうバランスとは、観客に抱かせる事前の期待値と、それに見合った結末のサプライズという意味での納得度を指している)。

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それはたとえば、『ユージュアル・サスペクツ』(’95)や『セブン』(’95)が新鮮だったように、当時の観客は『シックス・センス』をフレッシュに感じていたのだ。こうした経緯もあって、シャマランは当初、周到なアイデアを巧みに映像化する期待の新人として受け入れられていた。この時点では、観客は彼のことをあまりよくわかっていなかったのであり、シャマランがほんらいの作家性を発揮するのは、もう少し先のこととなる。

いまあらためて『シックス・センス』を見直してみても、舞台となるフィラデルフィアの美しい建造物や風景をとらえたカメラは印象的であり、そこへ不意に現れる幽霊の生々しさとのコントラストは新鮮にうつる。彼の作品中、最大のヒットになったもの納得できる内容である。ストーリーそのものは控えめに、一定の節度を保ちつつ語られるのだが、幽霊が現れる場面だけは剥きだしの猥雑さを見せるのだ。幽霊の登場というストーリーの核心へとさしかかると、シャマランはとたんに子どもじみた身も蓋もなさを大いに発揮して、血みどろの幽霊を嬉々として画面に登場させる。シャマランの作家性はこうした場面に刻印されるのだ。『シックス・センス』は、「派手な効果音と共に、カメラの前を幽霊がいきなり通りすぎる」といったホラー映画お決まりの演出方法に対していっさい躊躇がない。こうした作風は、謎解きのサスペンスと、ホラー映画のいかがわしいスリルとを共存させ、観客のイマジネーションを膨らませるのである。

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およそ120分の祝祭 最新映画レビュー

伊藤聡

誰しもが名前は知っているようなメジャーな映画について、その意外な一面や思わぬ楽しみ方を綴る「およそ120分の祝祭」。ポップコーンへ手をのばしながらスクリーンに目をこらす――そんな幸福な気分で味わってほしい、ブロガーの伊藤聡さんによる連...もっと読む

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campintheair cakes月1更新です。今回はシャマラン論! 熱い思いを語っております。シャマラン=現代版トール・テールという見立てです。読んでみてください。 約4年前 replyretweetfavorite