寺山修司がタモリに送ったラブレター

「タモリの地図」、32歳編の最後は芸人と文化人のお話。メディアで活躍する「文化人」が急速に増えたのが、タモリがデビューした1970年代。タモリが、文化人よりの芸能人として受け入れられていく場所ができてきたタイミングでもありました。そんな中、テレビの世界でみるみる頭角を表していったタモリの芸人人生は、早世した詩人・劇作家の寺山修司と一瞬だけ交錯します。

終戦直後に生まれ古希を迎えた稀代の司会者の半生と、 敗戦から70年が経過した日本。
双方を重ね合わせることで、 あらためて戦後ニッポンの歩みを 検証・考察した、新感覚現代史!
まったくあたらしいタモリ本! タモリとは「日本の戦後」そのものだった!

タモリと戦後ニッポン(講談社現代新書)

32歳の地図—芸人と文化人のはざまで 4

大物らしからぬ大物・野坂昭如

タモリがデビューしたばかりの1976年、作家の野坂昭如がサントリーウイスキー「ゴールド900」のテレビCMに出演し、「ソ、ソ、ソクラテスかプラトンか ニ、ニ、ニーチェかサルトルか みんな悩んで大きくなった」と高らかに歌い上げた。作詞したのは当時まだ20代だったコピーライターの仲畑貴志で、「みんな悩んで大きくなった」はたちまち流行語となった。

ゴールド900は従来のウイスキーよりも容量の多いボトルを採用したことから、まず「これは大物」というキャッチフレーズが決まり、CMにもそれにふさわしいスター俳優などがリストアップされていたという。だが、社内のマーケティング会議の席上、当時のサントリー社長・佐治敬三はこれに異論を挟んだ。ゴールド900は、この頃「シラケ世代」と呼ばれていた若者向けのウイスキーのはずなのに、そのCMにいかにも大物でございといったスター俳優を登場させたら、共感を呼ぶどころか、反感を招きかねないというのだ。そして佐治が代わりにあげたのが、野坂昭如の名前だった。

たとえば野坂のようなのは、見方によっては大物であるし、若者にも人気がある。世間一般の大物概念との落差からくるおかしみも出せるはずだ。シラケ世代に商品のイメージを浸透させる、そこがポイントと思うんだがな。
(塩沢茂『ドキュメント サントリー宣伝部』

果たして、サングラスに白い帽子、白いスーツを着て、歌いながら踊るという、野坂の板につかないエンターテイナーぶりは、若者たちの心をつかむことになる。

もともと放送作家やCMソングの作詞家として出発した野坂は、小説家デビューし1968年に直木賞を受賞してからもさまざまな活動に手を染めた。歌手としても「黒の舟唄」などをヒットさせ、同じく放送作家からタレントに転身した永六輔や俳優の小沢昭一と「中年御三家」を名乗り、日本武道館でリサイタルを開いたりもした。また責任編集を務めた雑誌『面白半分』に永井荷風作といわれる「四畳半襖の下張」を掲載し、わいせつ文書として摘発されてもいる。例のCMに出演したのは、ちょうどその裁判の最中のことだった。

野坂の大物でありながら、どこか稚気を残した大物らしからぬイメージは、テレビへの出演によってさらに定着した。もう少しあとのことだが、フジテレビの深夜番組『オールナイトフジ』の生放送中にとんねるずの石橋貴明を平手打ちしたり、『今夜は最高!』ではタモリと、どちらが吉永小百合をより愛しているかをめぐって議論を戦わせたりもしている。野坂は、デビュー当初のタモリにとってはモノマネの対象でもあった。

「文化人」の誕生

かつて政治学者の丸山真男は、戦前には「インテリ」のカテゴリーに入らなかったような、司会者や俳優ほかの芸能人の社会的地位が戦後になって急激に上昇し、《「インテリの芸能人化」と「芸能人のインテリ化」という二つの傾向が合流して、その両方を共通に括る言葉が必要になり、「文化人」という言葉が出て来た》と指摘した(『後衛の位置から—『現代政治の思想と行動』追補』)。

「文化人」という言葉そのものは、1950年代に郵政省から発行された「文化人切手」のように以前からあったが、それが丸山のいう意味合いで使われ始めたのには、テレビの普及が大きく影響している。とりわけ1970年代以降、野坂昭如のような「芸能人化したインテリ」がCMに出演したり、クイズの回答者やワイドショーのコメンテーターなどといった形で番組に出ることは珍しいことではなくなった。

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この連載がついに書籍化!「森田一義」はいかにして「タモリ」になったのか。関係者への追加取材や大幅加筆でその足跡をさらに浮き彫りにします!

この連載について

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タモリの地図—森田一義と歩く戦後史

近藤正高

2014年3月31日、『笑っていいとも!』が32年間の歴史に幕を下ろしました。約32年間、毎日テレビに出続け今や国民的タレントになったタモリ。そんな「昼の顔」だけでなく、アングラ芸で身を起こし、深夜番組『タモリ倶楽部』で披露する「夜の...もっと読む

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コメント

akakabe70 @tahe800 おぼろにおぼえてる。。ウィスキーは当時バーボンだったような??(ワタシ的には https://t.co/oroUNrjzWs 約1年前 replyretweetfavorite

m_nh :なかなかしっかりした内容で面白いけど(序盤の話題は野坂昭如と70年代「文化人」の誕生)、有料会員登録しないと寺山修司にまで辿りつけないもよう 3年以上前 replyretweetfavorite

sayanamikawa そうだったのかー、 3年以上前 replyretweetfavorite

goat_meeee おもしろい… 3年以上前 replyretweetfavorite