永沢さんはいつもちょっとした会話のやりとりで、男がナンパした女の子の気を必死で引こうとしているんじゃなくて、むしろ女の子のほうがいろいろとアピールしたり、説得したりして永沢さんに気に入られようとがんばらなければいけないと思い込ませてしまう。まるで魔法のようだった。
永沢さんがドリンクを4杯買ってくれて、僕たちは乾杯した。"Cheers!(乾杯!)"
僕は、フィリピン人女子大生とスカイプで喋れる格安のインターネット英会話で練習した英語を披露する。"Uh-huh"を多用して、聞いているふりをしながら、なんとかお互いの自己紹介をやり遂げた。
ふたりとも女子大生で法律を勉強しているという。休暇に日本に旅行に来たらしい。名前はモデル風のブロンドがエリスで、ぽっちゃりの赤毛がアンナ。女子大生と言っても、休学して働いたあと、また、大学に戻ったので、ふたりとも僕と似たような歳みたいだ。永沢さんはかわいいほうのエリスと楽しそうにしゃべっていた。
永沢さんは、また、いつものように連絡先を交換しようとした。しかし、ふたりともLINEをやっていなかった。どうやらドイツではLINEはそれほど流行っていないみたいだ。永沢さんは代わりにWhatsAppでふたりと連絡先を交換した。僕はWhatsAppをインストールしていなかったので焦ったが、その場で無事にインストールすることができて、ふたりと連絡先を交換した。
僕はこうして人生ではじめた外国人の女の子のナンパに成功したのだ。とは言っても、最初から最後まで永沢さん頼みではあったのだけれど。
"You know, Anna, I am a patent attorney in Japan. So, we can talk about laws, Japan and many things sometimes. I would like to see you again.(アンナ、僕は弁理士だから、法律の話をしたりできるし、日本の話しとかいろいろできるよ。また、君に会いたいな)"
"Sure. We will see each other, soon.(もちろんよ。また、会えるわ)"とアンナが言った。
"We gotta go now. We have to find one of our friends. See you soon.(ちょっと、俺たち友だちを探しに行かないと行けないんだ。また、すぐ会おう)" 永沢さんが、またTime-Constraint Methodを使って、次のターゲットに移ろうとしている。
"Ok. See you soon.(わかったわ。またね)"
"It's really nice meeting you.(会えてすごく嬉しかった)"
"You, too.(私も)" とアンナが言うと、彼女はなんとハグしてくれた。人生はじめての女の子からのハグである。彼女の胸が僕の胸に当たった。それは温かく柔らかかった。そして、とてもいい匂いがした。僕はすでにアンナに恋をしていた。
クラブってこんなに楽しいところなのか!
それから僕と永沢さんは階段で3階から1階ずつ下に降りていった。僕は途中で何人かの女の子に声をかけたが、無視されたり、「私たち友だちのところに行かないといけないの」などとあしらわれて上手くいかなかった。ナンパで毎回上手く行くほうがおかしいというものだ。それでも僕のテンションは全く下がらなかった。僕はアンナの胸の感触をまだしっかりと覚えていたからだ。匂いまでも。
「圭一! 圭一じゃない。こんなところであなたに会うなんて」
また、地下1階に戻ってくると、突然すごい美女が永沢さんに話しかけてきた。キラキラ光る白いドレスがとてもゴージャスだ。顔も文句なしに上の上だ!
「おう、真奈美」
「相変わらず、こんなところで遊んでるのね。あなたは」
「おいおい」と永沢さんがあきれたような素振りを見せた。「それは、こっちのセリフだぞ」
「誰、そっちのかわいい坊やは? 圭一、あんたついに男にも手を出したの?」
「紹介するよ」と永沢さん言った。「こいつは、弁理士の渡辺。最近、いっしょに仕事をする機会があってね」
「はじめまして」と僕は言って、軽くお辞儀をした。「渡辺正樹です」
「ふーん、あなたがわたなべ君ね。この男には気をつけたほうがいいわよ」
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