chapter2-10 コールドリーディング

多くの失敗も経験したが、僕は心地よい疲労感を感じていた。そして、師匠と出会ったあの運命のバーに戻ってきた。

「乾杯!」

 4つのショットグラスを合わせてから、みんな一気に喉に流し込んだ。それからみんなでライムをかじった。このふたりの女の子は僕たちの名前を知らず、僕たちはひとりの嘘の名前と、もうひとりの本当の名前を知っているだけだった。それでも、バーの薄暗い照明とテンポの速い音楽、そして強いアルコールのせいで、僕たちの心の距離も身体同士の物理的な距離もグッと縮まった。

 僕と香織は、肩が触れ合うような距離で会話をしていた。気が付くと、永沢さんとローラが僕たちの隣でキスをしていた。すぐにそのキスは舌を絡ませるものに変わっていた。彼女のほうが積極的に見える。ローラが手を永沢さんの腰に回して抱きつこうとしたとき、永沢さんはその手を払いのけて、少し距離を取った。「ちょっと、これは早すぎないか。俺たちまだ会ったばかりだろ」

 ローラは目をうるっとさせながら永沢さんを見つめている。

「俺たち、待ち合わせしてて、あと10分ぐらいで行かないといけないんだ」

 この局面でタイム・コンストレイント・メソッドが繰り出されたことに、僕は驚き、そして感心した。

「えっ、そうなの?」

「ちょっと用事があってね。どうしたら、俺たちまた会えるかな?」

「LINEやってる?」

「もちろん」と永沢さんは言った。それから、ローラとLINEを交換するために、携帯電話を取り出した。「西野由美子?」

「そうよ」と彼女はこたえた。「いい名前でしょ。永沢圭一さんね」

 僕も、香織の連絡先を聞かなければ。「連絡先教えてよ」

「渡辺正樹君?」

「そうだよ。香織はいまどこに住んでるんだっけ?」

「中野だよ」

「僕は品川のほうに住んでるから、どっか行くとしたら新宿かな?」

「なに、もうデートすることになってるの?」と香織が言った。

「ちょっとご飯でも食べにいきたいな、と思って」

「ふーん」

 僕は沈黙を利用して、永沢さんみたいにキスしようとした。僕が顔を近づけると、香織はサッとよけた。「あー、ダメダメダメ!」

 残念ながら、永沢さんのようには上手く行かなかった。しかし、香織は笑っていて、それほど嫌われてはいないようだ。

「俺たち、もう行かないといけないから」

「うん、またね」と由美子が言って、また永沢さんとキスした。

 僕たちはバーから出て、六本木交差点のほうに向かって歩きはじめた。

「永沢さん、すごいですよ! あのローラ、じゃなくて由美子って子と、会ってあんなにすぐにキスしてるなんて!」

「あいつの目が、いますぐキスしてくれって言ってたからな」

「僕もあんなことやってみたいです」

「心配するな。このペースで行けば、そんな日はすぐに来るさ」

「本当ですか? ところで、あのまま彼女といっしょにいたら、そのままお持ち帰りできたんじゃないんですか?」

「それはどうかな。しかし、その可能性は低くもない。イチローがヒットを打つ確率よりは高いだろうな。確かに、あの場面での正しいアクションは、まずはもっと落ち着いた別のバーやカフェなんかに彼女たちを連れ出すことだ。そこで親密になれば、家に呼べただろうな」

「なぜそうしなかったんですか?」

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ぼくは愛を証明しようと思う。

藤沢数希

恋人に捨てられ、気になる女性には見向きもされず、非モテな人生をおくる主人公のわたなべ。ある日、恋愛工学と出会い、彼の人生は大きく動き出す……。 ファイナンス、経済学、エネルギー政策に関する著作をもち、リスク・マネジ...もっと読む

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コメント

murayama39 これ読んでるとなんだかなぁという気持ちになるのに読んでしまう(-ι_- ) 2年以上前 replyretweetfavorite

kuniken_817 ビッチと呼んではならない。> 3年弱前 replyretweetfavorite

irogonom またザ・ゲームの焼き直しか。つまらーん。 3年弱前 replyretweetfavorite

keeeen0207 つまらない質問はするな。観察して誰にでも当てはまることを『予言』せよ“@cakes_PR:” 3年弱前 replyretweetfavorite