「私はアイスラテのトール」
「あっ、私も」
「渡辺は?」と永沢さんが聞いてくれた。「俺が買ってくるよ」
「僕もアイスラテのトールでお願いします」
「オッケー」
永沢さんはカウンターに並ぶ。僕はひとりテーブルで女の子ふたりと座っている。さっきまで全く知らなかったふたりの女の子といっしょに、コーヒーを飲むことになるなんて! 僕の人生はどうなってしまったというんだ。僕はまた、喜びを噛み締めていた。
「ふたりはどんな仕事してるんですか? 僕は弁理士をしています」
「弁理士って何?」とパーカーの子が聞く。
僕が弁理士という仕事について説明していると、永沢さんがトレーにアイスラテを4つ乗せて戻ってきた。
そこからの話の展開は、街コンと同じだった。街コンでのトレーニングが活きていたのだ。名前はレースのカーディガンが沙英で、パーカーが優子。沙英が有楽町にあるデパートの化粧品売場の店員、優子が携帯電話のショップ店員をしているとのことだった。
それからLINE IDを交換した。さっき永沢さんに褒められた通りに、僕はしばらく会話を続けた。
「僕、沙英さんのデパートに会いに行こっかな」
「えー、来なくていいよ」
「じゃあ、俺たちそろそろ行くわ」と永沢さんが切り出した。「短い時間だったけど、いっしょにおいしいカフェラテ飲めてすごく楽しかった」
彼女たちと別れてからLINEメッセージを送るために永沢さんに相談すると、ダブルバインドというちょっとしたテクニックを教えてくれた。
[わたなべだよ。本当に今度、デパートに行こうと思ってる。いいよね? もし困るんだったら、お茶かディナーでもいいけど、どうする?]
最初のデパートのほうにイエスとこたえれば、デパートでまた再会することになる。ノーとこたえても、今度はデートしなければいけない。つまり、どうこたえても、また会うということにしかならない問いになっているのだ。これが、ダブルバインドと呼ばれるものだ。
六本木ヒルズの広場を、僕と永沢さんはまだ徘徊していた。
僕のこんばんはオープナーは、まるで機関銃から発射される弾丸のように次々とターゲットに浴びせられた。写真オープナーは精巧なホーミングミサイルのように狙った獲物を確実に仕留めていった。
1組目と2組目のこんばんはオープナーは、残念ながらターゲットを外した。無視され、かすりもせず、次の1発も相手にちょっとしたかすり傷を負わせただけだった。「すいません、急いでいます」と一言しゃべってくれたものの、会話はオープンできず。3組目へのこんばんはオープナーは、相手の女の子たちを立ち止まらせることができ、ちょっと会話をしたものの連絡先はゲットできず。永沢さんは、僕を鍛えるためなのか、あまりサポートしてくれなかった。最低限の会話に参加するだけだ。
ついに4番目のターゲットに僕の写真オープナーが命中した。専門学校生のふたり組で、スマホでイルミネーションの写真を撮っているところに僕が話しかけた。
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。