chapter2-6 魔法のオープナー

街コンはまるでホテルのプールみたいに快適だけど、狭いフィールドだった。僕は、いよいよ本当の大海原へと漕ぎ出していく……。

「はい」とチェックのシャツの子がちょっと驚いたようにこたえた。

「銀座に300円バーというのがあると思うんですけど、どうやって行けばいいかわかりますか?」

「すいません。ちょっとわからないです」

「そうですか。ありがとうございます」

 僕があきらめてその場から離れようとすると、永沢さんがとなりにやってきた。「ふたりはなんか映画見てきたの?」

「あっ、はい」サスペンダーがうろたえる。

「どの映画を見たんですか?」と、僕が会話に加わうとすると、永沢さんが「ちょっと、言わないで」と彼女たちを制した。「俺に当てさせて。俺、人の心読めるから」

 ふたりの女の子は黙って永沢さんを見入っている。「俺の目をじっと見て……」

 永沢さんは、いま大ヒットしているディズニー映画の名前を静かに口にした。

「えー!」とサスペンダーの女の子がとても驚いている。「どうしてわかったの?」

「だから、俺は人の心が読めるって言っただろ」

 いったいどんな魔法を使ったんだ!?

 永沢さんは、瞬く間に、まったくの初対面の女の子たちとうちとけている。

「僕もその映画は見ましたよ。面白かったですよね」

「しかし、困ったな」と言って永沢さんはチラリと時計を見た。「俺たち6時半に、その300円バーってところで重要な人物と待ち合わせなんだよ。あと20分しかないよ」

「すいません。わからなくて」サスペンダーの子が申しわけなさそうにしている。

「ふたりとも大学生?」と永沢さんが聞くと、サスペンダーの子は「はい」とこたえた。

「何、勉強してんの?」

「私たちはいちおう英文科です」

「じゃあ、英語しゃべれるんだ」

「いや、しゃべれません」

「ダメだよ。英語ぐらいちゃんと勉強しなよ。就職できないよ」

「私たち、就職決まったもん」と青いシャツの女子大生は自慢気な表情を見せた。

「大学4年生なんだ。仕事は何するの?」と僕が聞くと、青いシャツの子が食品会社で、サスペンダーの子は旅行会社に内定しているという。

 僕が、就職活動について彼女たちと話していると、永沢さんが入ってきて、また、会話を切り上げようとした。

「俺たち、また、300円バーを探しに行かなきゃいけないんだけど」

「待ち合わせなんですよね」サスペンダーの子が少し残念そうに言った。

「ああ」と永沢さんがうなずいた。「とても重要な人物なんだ」

「どんな人なんですか?」

「それは企業秘密で言えない。情報が漏れたときの影響が大きすぎてね」

「えー、気になる!」

「悪いな。ところで、せっかくだから連絡先を交換しよう」

「これって、ひょっとしてナンパだったの?」青いシャツの子が言った。

「君は、映画みたいに、俺と偶然に再会することを期待しているのか?」 永沢さんが切り返した。

「ここは奇跡を期待するよりは、やはり素直に連絡先を交換したほうがいいと思います」

 僕も必死にこのナンパを成功させようとたたみかける。

「じゃあ、LINE交換しようよ。私たち来年から社会人だから、いろいろ教えて」

 サスペンダーの女の子がそう言って、肩掛けカバンから携帯を取り出した。

 僕たちも携帯を取り出し、街コンのときみたいにLINE IDの交換をした。

 やったあ!

「鈴木真理子って言うんだ?」と永沢さんがLINEで出てきた名前を見て言った。

「そうです」と彼女はこたえた。「永沢圭一さん?」

「渡辺正樹さん」と青いシャツの子がつぶやく。

「綾?」と僕が聞くと、彼女は「うん」とこたえた。

 そして、僕はすかさず綾にメッセージを送った。

[わたなべです。就職おめでとう! 今度飲みに行こうよ。]

 僕のLINEメッセージを確認すると、綾はOKとスタンプを返してくれた。

「それじゃあ、また」永沢さんが手をふる。

「うん。またね」真理子も手をふる。

 道で、見ず知らずの女の子に話しかけて連絡先を聞き出せたのは、人生ではじめてのことだった。永沢さんといっしょにいると、「はじめて」がたくさん起こるようだ。

 喜びがこみ上げてきた。


 数寄屋橋交差点を渡り、ソニービルの前まで来ていた。

「どうだ」と永沢さんが言った。「ストナンなんて簡単だろ?」

「すごいですね。ストナンっていうのは、道を聞くオープナーで話しかければいいんですね」

「道を聞くオープナーは、本屋に売られているナンパマニュアルなんかには必ず書いてある。映画『マディソン郡の橋』では、主人公のクリント・イーストウッドが、メリル・ストリープ演じる人妻をちょろまかすときに使ったオープナーでもある。冒険家でカメラマンの主人公が、橋の撮影に訪れた街で、道に迷った振りをして、暇そうな主婦にこのオープナーを使ったんだ。彼はまんまと人妻とセックスしてタダ飯まで食っている。でも俺は、このオープナーは本当は嫌いなんだ」

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ぼくは愛を証明しようと思う。

藤沢数希

恋人に捨てられ、気になる女性には見向きもされず、非モテな人生をおくる主人公のわたなべ。ある日、恋愛工学と出会い、彼の人生は大きく動き出す……。 ファイナンス、経済学、エネルギー政策に関する著作をもち、リスク・マネジ...もっと読む

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Fujisawa_bot 道聞きオープナーは嘘をついてはならない。> 2年以上前 replyretweetfavorite

Fujisawa_bot 道聞きオープナーは嘘をついてはならない。> 2年以上前 replyretweetfavorite

kuniken_817 道聞きオープナーは嘘をついてはならない。> 2年以上前 replyretweetfavorite