疑心暗鬼

最大の難敵、お笑いの「間」

博多温泉劇場で、漫才をやりながらの音響係。頭出しと再生のスキルはどんどんアップしていくけれど、相方との距離も大きくなって……。不安を振り払うように、大吉さんは「今できること」に没頭していきます。少しずつ手応えを感じながらも、肝心の「音出し」タイミングにどうしても自信が持てません。雰囲気って? 「間」って? 臨機応変って?! 手本を見せてくれる栗城さんに、涙目で詰め寄る大吉青年でしたが……。

 頭出しと再生の技術で、カセットテープの「間」は埋めた。

 問題はその先である。埋めるべき「間」を埋める「間」が、最大の難敵だった。

 たとえば新喜劇の前半部分、第一景の暗転直前によく使われていたのが、コントなどの最後に使われる定番の効果音「チャン・チャン♪」である。
 これをどんなタイミングで流せばいいのか、もちろん、一端のお笑いマニアとしてなんとなくは掴んでいるつもりだったが、いざ再生ボタンに指をかけると、その先には無数のタイミングが連なっていて、押すに押せない。かといって、押さないという選択肢はありえない。

「あの、それっていつ押せばいいんですが?」

「そんなもん、台本に書いてある通りや」

 音響の手本を見せてくれている栗城さんに尋ねた時の答えはこうだった。  
 あらためて台本を見返すと、オチ台詞のすぐ後に

M-効果音・暗転

 と書いてある。

 なるほど、台詞を聞いたら押せばいいのか。

 これなら何とかなるだろう……という僕の目論見は、しかしすぐに崩れ去った。  
 本番で栗城さんが再生ボタンを押したのは、台詞の「直後」とはいえない謎のタイミングだったのだ。  
 今の微妙な「間」はなんだ?
 明日の公演から音響を担当する僕にとって、こんなに気がかりなことはない。
 本番中にもかかわらず、僕は栗城さんを小声で問いつめた。

「栗城さん……」

「ん?」

「今ちょっと違いましたよね?」

「何が?」

「台詞のあと、少し『間』がありましたよ」

「そうか?」

「言い終わってすぐじゃなかったですけど」

「……そりゃそやろ」

 何事もなかったかのように作業を進める栗城さんを見て、僕は血の気が引きそうになった。

「そやろって、台詞の直後じゃないんですか?」

「そこは臨機応変に、やがな」

 いきなりの方向転換に振り落とされまいと、必死で食らいつく。

「あの、今のは台詞の何秒後ぐらいですか?」

「そんなん知らんわ」

「知らんことないでしょう……」

「雰囲気でやれば大丈夫やから、心配すな」

 何一つ受け取れないアドバイスを、僕は持て余していた。

「雰囲気ってなんですか?」

「ここ!ってとこや」

「だから、どこですか?」

「そんなもん、わかるやろ」

「……わからないです」

 翌日。  
 涙目で懇願する僕に栗城さんが折れ、この日だけは僕の音響を栗城さんが横で見守ってくれることになった。  
 それでもさすがに緊張したが、再生ボタンを押すタイミングは全て栗城さんに目で確認が取れたので、特に失敗することもなく公演は滞りなく終了した。  
 たった2回の実践でも、習うより慣れろという言葉通りである。  
 前日までの憔悴が嘘のように、僕は音響に手応えを感じていた。  
 それどころか、自分も新喜劇に参加した一員のように思えて、無性に誇らしかった。

「じゃあ明日から頼むで」

「はい! あの……」

「ん?」

「一景の暗転は、今日と同じでいいですか?」

 いくら気分は高揚していても、やっぱり僕の心にはチャン・チャン♪問題が引っかかっていた。

「それは、自分で決めや」

「…………」

 昨日と同じ返答に、僕は黙ることしかできなかった。
 そんな僕を哀れんだのか、遂に栗城さんが第2ステージへと進む。

「お前も芸人やったら『間』ぐらい読まんと」

「…………」

「ここなら笑いがくるってとこで、自信持って押したらええねん」

「でも、もしタイミングを外したら……」

「みんなプロやから、どうとでもしてくれるわ」

 確かに、そうかもしれない。

「もしハズしたら謝っとけ。誰も怒らんから」

「はい……」


 これまでとは微妙に違う栗城さんのトーンに、僕は納得せざるをえなかった。  
 どれだけ不安でも、明日からは僕ひとりで音響をやらなければならないのだ。


「お前に足らんのは、自信ちゃうか?」

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疑心暗鬼

博多大吉

「どうして芸人になろうと思ったんですか?」一番多く投げかけられたこの質問に、いつも心の中で聞き返す。「どうしてみんな、芸人になろうと思わなかったんですか?」ーー時はバブルまっただ中。福岡の片隅で、時代の高揚感に背中を押された少年が抱い...もっと読む

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コメント

wkwkstr  新入社員歓迎会で「面白い話ができるようになりたい」と言ったらお笑い目指してるんじゃないんやから。と言われたこと思い出した。 2年弱前 replyretweetfavorite

ksgk_star @ksgk_star |疑心暗鬼|博多大吉|cakes(ケイクス) https://t.co/cnO1ddk6cE 2年以上前 replyretweetfavorite

maikamita しみじみ学べる。 約4年前 replyretweetfavorite

marunagesan 一生懸命やればそれがターニングポイントや学びになる。つまるところ、今を頑張れない人はいつも頑張れない。 約4年前 replyretweetfavorite