桃太郎

bar bossa店主・林伸次さんの人気連載。今回は林さんが、最近は昔話の絵本の内容も時代に合わせてソフトになっている、なんてことをお客さんから聞くところから話が始まります。お客さんが帰り、店じまいしようとしたところに大雨が降ってきてしまったのですが、灯りを消したbar bossaの軒先で雨宿りしていたのは、なんと”あの人”でした。

閉店後に来た突然の訪問客

いらっしゃいませ。
bar bossaへようこそ。

先日、小さなお子さまのいる常連の男性のお客様とカウンターをはさんでこんな話をしました。

「この間、息子の運動会に行ったらさあ、徒競走で本当にみんなが手をつないでゴールインするんだよね。勝ち負けを作らないためっていうの、噂には聞いてたけど、あの光景ちょっと不思議だよね」

「最近は絵本とかも変わってきてるんだよね。ほら、これなんてさっき娘のために買った桃太郎なんだけど、物語の中では鬼のことは殺さないんだよね」

「勝ち負けがないとか、殺さないとかってある意味、平和だと考えて良いんでしょうかねえ」

そんな話をした後、その男性はお帰りになり、そろそろ閉店にしようかなと思って片づけていると、大雨が降ってきました。するとbar bossaの軒先で雨宿りをしている人がいます。

桃太郎です。

僕は驚いて、「実はさっきまで桃太郎さんの話をしてたんですよ。もし良ければ雨がやむまで店の中でふたりで一杯飲みませんか?」と声をかけてみました。すると桃太郎は「申し訳ありません」と言いながら店内に入ってきました。

僕は桃太郎と冷えたリースリングで乾杯しながらこう質問しました。

「渋谷にお勤めなんですか?」

「そうなんです。この近くにNGOの事務所があってそこで働いているんです」

「へえ、NGO。意外ですね。で、何のNGOなんですか?」

「『戦争で両親を亡くした子供たちを救う会』っていうんですけど……」

「おお、それは立派なお仕事ですね。どうしてまたそのNGOで働くことにしたんですか?」

「まだ雨はあがりそうにないですね。マスター、僕の話ちょっと聞いてもらえますか」とことわり、桃太郎はこんな話を始めました。

「インターネットが一般家庭にも普及し始めたころのことなんです。まあみなさんも似たようなことをしたと思うんですが、僕も自分の名前を『桃太郎』って入れて検索してみたんですね。ええ、自分がどんな風に噂されているかってやっぱり気になるじゃないですか。

けっこう色んなサイトがヒットして、僕もヒマだったから一つひとつ読んでたんです。そしたらある男の子が書いたブログを発見したんです。その子は鬼次郎っていう名前でどうやら鬼ヶ島の子供らしいんですね。

僕、それを読んで、もうどうしていいのかわからなくなって……。今もそれをプリントアウトしてこうやって肌身離さず持ち歩いているんです。マスターもちょっと読んでみますか?」

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes・note会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

渋谷のバーのマスターが教える、恋愛作法のエトセトラ。ついに書籍化!

ケイクス

この連載について

初回を読む
ワイングラスのむこう側

林伸次

東京・渋谷で16年、カウンターの向こうからバーに集う人たちの姿を見つめてきた、ワインバー「bar bossa(バールボッサ)」の店主・林伸次さん。バーを舞台に交差する人間模様。バーだから漏らしてしまう本音。ずっとカウンターに立ち続けて...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

sekichiku_12 桃太郎と鬼と善と悪 4年弱前 replyretweetfavorite

nishiaratter なんか、考えさせられました⇒ 4年弱前 replyretweetfavorite

guropan 今日のケイクスの「 4年弱前 replyretweetfavorite

jun_nkm 正義って怖くて難しい(-。-; 4年弱前 replyretweetfavorite