この『今日もかるく絶望しています。』の作者、伊東素晴さん、実はbar bossaに2回来店してくれたことがあります。
「え? このマンガの作家さんが渋谷のバーに2回も?」と思いますよね。実はそれにはこんな理由があるのです。
僕には今、25歳になる娘がいるのですが、そんなに社交的ではなく、うまく「リアルな世界」にはとけ込めないタイプの女の子なんです。
お子さんがいる方はわかってくれると思うのですが、自分の子供がこの世界でうまくやっていけるかどうかって、自分のこと以上に気になります。
幼稚園ではどんなお友達ができたのか。小学校ではちゃんとクラスにとけこんでいるのだろうか。中学校ではイジメられたりしてないんだろうか。いつまでたっても色々と心配してしまうものです。
そしてcakesで始まった『今日もかるく絶望しています。』に出会いました。これ、主人公ひーちゃんがうまく「リアルな世界」にとけ込めなくて、ジタバタして、また今日も落ち込んでしまうというギャグマンガで、おもいっきり笑える内容なのに、なぜかちょっと涙がこぼれそうになるんです。
どうしても娘とひーちゃんを重ねて読んでしまうんですよね。それでツイッターで「このマンガ面白いです!」とツイートしたところ、作者の伊東素晴さんが気づいてくれて、そして担当の編集者の方とbar bossaに来店してくれたというわけです。
伊東素晴さんご本人は、確かに最初はちょっとひーちゃんと重なる「挙動不審」な印象もあったのですが、お酒も入ってうちとけてくると、自分の生活や家族の話をおもしろおかしく喋る「頭の回転の速い女の子」という印象で、「才能」っていうのはこういうちょっとした会話でもあふれてくるものなんだなあと思いました。
そこで僕が「このマンガを描こうと思ったきっかけは何なんですか?」と質問すると「失恋です。すごい失恋をして悔しくて何か表現をしたくて」という意外な答えが返ってきました。
またうちの娘の話になってしまって申し訳ないのですが、うちの娘は大学では油絵を専攻しまして、当然ですがすごく絵が上手いんです。それで娘に「イラストとかエッセイマンガみたいなの描いてみたら?」と一度すすめてみたことがあるんです。
すると娘に「見たものをそのまま描くのはすごく簡単なんだけど、イラストとかマンガとかは自分だけの絵を作らなきゃいけないから、実はすごく難しいの。そんな簡単なものじゃないんだから」と叱られました。
そんなことを知っていたので、伊東さんにとって「失恋」はそんな「自分自身の絵を作る難しさ」というハードルをも越える、すごい原動力になったんだなあと驚いてしまいました。
さて、そんな伊東さんの「マンガを描くきっかけ」を聞いてから、もう一度1巻を読みなおしてみると、いくつかのことに気がつきました。
このマンガは伊東さんにとって「私小説」であり、「あんなにおどおどしてて、世界とうまくわかりあえなかった自分の過去を笑い飛ばしてしまおう」という「決別宣言」なんです。
この作品には「親友のみかこ」や「一時の間恋人だった山田くん」といった魅力的なキャラクターが出てくるのですが、みんなに共通しているのは、伊東さんの分身である主人公の「ひーちゃん」をすごく理解してくれていて、愛してくれているということです。
そしてそのことを「ひーちゃん」も頭では理解しているのですが、何故か彼らの愛情を上手く受け止められなくて、そしてまた閉じこもってしまうんです。
そんな自分の分身である「ひーちゃん」を描くことで、作者の伊東素晴さんは、かつてのおどおどしていた自分を笑い飛ばすことができて、そしてかつての友人や恋人たちへの「愛情」を表現できたのだと思います。
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さて、この秋に『今日もかるく絶望しています。』の第2巻が発売されました。
主人公の「ひーちゃん」は相変わらず内向的なキャラクターなのですが、1巻の時とはもう完全に変わってしまっています。
主人公のひーちゃんは「自分はどうやったらこの世界と上手くやっていけるんだろう」と悩み、未知の世界へとどんどん踏み込んでいき、最終的には「カウンセラー」になるために大学に編入しようと勉強を始めます。
そしてひーちゃんは、なんと「どうして私はこんなに世界と上手くいかなくなったのか。全ての原因は高校時代にあるのじゃないのか」と自分自身を「カウンセリング」し始めるんです。
この高校時代のエピソードに関しては、今までのように自分を笑い飛ばそうとしません。ひたすら自分の過去を告白していくのみです。僕は娘とどうしても重ねてしまうので、実は読んでいてかなりつらくなる内容です。
例えばクラスの女子たちの間で「グループ分け」が始まっているのに、ひーちゃんはそのどこのグループにも入れません。「お弁当箱をオソロにすること」や「一緒にトイレに行くこと」なんかについていけません。日本の学校で女子生徒をやっていく上ではすごく苦しい日々だったことでしょう。
そして、ここでもひーちゃんはまた「わかりあえる友人」に出会い、助けられます。
最後に「あとがき」で作者の伊東素晴さんが、こんなことを書いています。
前作を出した際、ありがたいことに、「ひーちゃんに共感した」「自分だけじゃないんだ」という感想をたくさんいただきました。
自分自身を投影した主人公のキャラクターに、こんなにも多くの方が共感してくださり、私自身「自分だけじゃなかったんだ」と心強く思えます。
大人になった現在も決して生きやすい毎日ではありませんが、あの頃の自分に「それでも何とか大丈夫だよ」と言ってあげたいです。
そうかあ。1巻は「失恋を原動力にかつての自分を笑い飛ばす決別」だったのだけど、2巻は「自分と同じような経験をした読者と、かつての自分のために『それでも大丈夫だよ』とエールをおくっている」んですね。
そうそう。bar bossaに伊東素晴さんが2回目に来たときの話です。伊東さん、全く挙動不審な雰囲気はなく、僕がワインのメニューを出したら、一緒の編集者さんに相談もなく「私はこのシャンパンをグラスで」と素敵な注文をされました。
伊東素晴さんの、これからの作品がますます楽しみになってきました。
※伊東素晴さんがbar bossaを訪れた時の様子はこちらからどうぞ
『今日もかるく絶望しています。』1~2巻
全国書店にて発売中です。
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