【ハーレクイン豆知識:ハーレクインの舞台】
ハーレクインの舞台と言えば、どこの国を思い浮かべますか? 日本ではスペイン、ギリシャ、イタリアのお話の人気が高いのですが、その国々によって人気の舞台は異なるようで、アメリカでは今ロシアが舞台のお話が人気なのだとか。数は多くないのですが、中には日本が舞台のお話もありますよ。
【作品紹介】
1年前、スペイン人の夫サヴの運転する車が衝突され、 アイラは4歳の息子ケーシーを失った。 その後、サヴは罪悪感から心を閉ざし、 彼女に冷たい態度をとるようになっていった。 背中を向け合って眠りにつく日々が続き、 やがてアイラは離婚しかないと考えるようになる。 そのために仕事への復帰を決める彼女だったが、 皮肉にも、サヴと同じ職場を選ばざるをえなかった。 仕事場では気さくで、魅力的で、部下からの信頼も厚い彼。 妻の自分には見せてくれない顔に、アイラの心はさらに沈み……。
「子どもたちはどうした?」きちんと片づいた静かな居間を見て、サヴは眉を上げた。CDプレイヤーからは落ち着いた音楽が流れ、テーブルではキャンドルの火が揺らめいている。アイラはわずかに息をはずませながらテイクアウトの白い容器を受け取り、慣れないハイヒールでキッチンへ向かった。
「寝たふりをしてるわ」急に恥ずかしくなり、アイラは肩越しに振り返って答えた。サヴは上着を脱いでネクタイをゆるめている。結婚して九年の間には、数えきれないくらい一緒にカレーを食べたし、絵に描いたような結婚生活とはいえないまでも愛の営みは続けてきたのに、なぜ初めてデートをするみたいに緊張しているの?
「ワインを開けようか」サヴが言ったが、アイラはカウンターに置かれた二つのグラスを身ぶりで示した。片方の縁には口紅がついている。高ぶった気持ちを抑えようと先に飲んでみたものの、まったく役に立たなかった。アイラは震える手でライスを皿に盛り、チキンのカレーをすくってかけようとした。「こぼさないでくれよ」サヴがからかって、盛りつけを引き継いだ。妻の興奮ぶりには気づいていないようだ。
それとも、気づいているのかしら?
「きれいだよ」サヴが賞賛のまなざしで淡いグレーのドレスやなめらかな肩に下ろした洗いたての髪を見まわした。ずっと青白かった顔も今は頬がほてって若々しい美しさを取り戻している。きらめく目はサヴを見ようとしながら見られずにいる。
アイラは肩をすくめてほめ言葉を聞き流そうとしたが、強い視線を感じておずおずと目を合わせた。彼の目に燃え盛る愛情を見て、喉が締めつけられる。「きれいにしたかったの。あなたのために」
「ああ、アイラ」
サヴは喉の奥からかすれたうめき声をもらしてアイラに近づき、カウンターに押しつけて飢えたようにキスをした。唇の間に舌を滑り込ませ、張りつめた胸のふくらみに手を這わせながら、熱く高ぶったものを下腹部に押しつける。
サヴはわたしを求めている。わたしには今も彼を駆り立てる力があるんだわ。気持ちを高ぶらせながら、アイラはサヴにかかえ上げられ、カウンターの上に座らされた。両脚を彼のウエストにからめ、長い間封じ込めていた情熱を込めてキスを返す。巧みに舌先で喉をなぞられ、アイラは頭をのけぞらせた。彼の両手が腿を撫で上げ、繊細なシルクのショーツの縁をじらすように指でなぞる。二人の情熱が充分に高まったそのとき、理性が頭をもたげた。
「子どもたちが」アイラはあえいだ。「起きてくるかもしれないわ」
「大丈夫だよ」サヴはうめくように言ったが、アイラの緊張を感じ取って愛撫の手をとめたかと思うと、軽々と抱き上げて居間へ運んだ。もどかしげにドアを蹴って閉めると、椅子に下ろしてそのままドアの前まで引きずり、バリケード代わりにした。
アイラはふたたび緊張をゆるめ、サヴの愛撫や二人を駆り立てる欲望に身をまかせた。肌に触れたくてたまらず、シャツのボタンを外し始めると、サヴがネクタイもろともシャツを頭から脱ぎ捨てた。まるで初めて目にするような気持ちで、アイラはうっとりとたくましい胸から下腹部へと、なめらかな浅黒い肌に視線をさまよわせた。そのあとをゆっくりと指でたどっていき、スラックスのファスナーを手探りする。一つになりたいという欲望が二人をのみ込んでいた。そう、ゆっくり時間をかけて楽しみたいときもあるけれど、今はとにかく確かめ合いたい。
「アイラ」かすれ声をもらしてサヴは下着を引き裂き、体を重ねた。アイラがくぐもった叫び声をあげると、サヴはさらに奥へと身を沈め、大きな波で揺さぶって、彼にしか連れていけない場所へと彼女をいざなった。アイラがきつく足首をからめて太腿を震わせたとき、サヴは荒い息をつきながらぐったりと胸に頭をもたせかけた。すると、いつものように現実が戻ってくる。
「きみが恋しかったよ、アイラ」
これほどせつない言葉を聞いたのは初めてだった。
「二人でこうするのが恋しかった」
「そうね」アイラのささやきを聞いてサヴが顔を上げ、ほんのわずかな、しかし無限にも思える距離を埋めて彼女の顔に近づけた。
話してしまおうかしら。あなたはもう少しでわたしを失うところだったのよ、と。悪夢に変わってしまった九年間の夢を終わらせようとしていたのよ。
いいえ、できないわ。
今にも消えそうなこの希望の火を現実の冷たい風にさらしたくない。
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