第65回】「イスラム国」と闘うクルド族への武器供与を決定したドイツ政府のジレンマとは

ドイツのシュトゥットガルトに在中の川口マーン惠美さんが、EUから見た日本や世界をテーマにお届けするコラムです。

武器供与を決定したドイツ連邦安全保障委員会

先週、ドイツ政府がクルド族に対する武器の援助を決定したと書いた(記事URL)。メルケル首相が、9月1日、それについての政府声明を臨時国会の場でおこなうという。

ただ、それにより、この決定が変わるわけではない。武器輸出に限っては、ドイツ政府は、議会の承認なしに許可することができる。許可するかどうかを決めるのは、内閣のメンバーで構成された連邦安全保障委員会というところで、会議は秘密裏に開かれ、時期や内容を公表する義務は一切ない。一年以上たってから、報告書を提出すればよいだけだ。

委員会の構成メンバーは、首相、外相、内相、財相、法相、国防相、経済技術相、経済援助相で、そもそもこの委員会は、1955年にアデナウアー政権の下でつくられた連邦国防委員会をそのまま継承したものだ。当時は、西ドイツはソ連の脅威にさらされており、その後の冷戦下でも、国防は最重要事項であった。ゆえに、武器輸出も国家機密に属していたのである。

ところが状況は変わり、今でもこれを極秘にする意味があるのかという疑問が湧いている。3年前には、サウジアラビアにドイツの優れものの戦車「レオパルト2」の輸出を決定した秘密会議の内容がマスコミに漏れてしまい、それ以来、武器輸出を秘密ではおこなえない雰囲気となっている。ちなみにドイツは、アメリカとソ連に次ぐ世界第3位の武器輸出国だ。

今回のクルド族への武器輸出は、従来のように軍事産業が輸出するのを委員会が認めるのではなく、ドイツ政府からの供与となる。それもあって半公開のような形で決められたが、政府がこの決定を議会に承認してもらおうと考えているわけではない。臨時国会は、「武器を供与しますよ」ということを発表する場になるのだろう。

ドイツ政府がクルド族への武器支援を躊躇する理由

クルド族への武器供与に関しては、ドイツ政府は十分納得しているわけではないようだ。そもそも、今までドイツは、戦闘地域には武器を輸出していない。2000年に定めた武器輸出の指針に、戦闘地域への武器輸出を禁止した項があるからだ。

そのため、第一弾として、まず医薬品、毛布、その他の衛生用品を送ったのが8月15日。しかし、クルド族は、そんなものでは満足しなかった。そこで第二弾が殺傷兵器ではない軍事物資となり、ヘルメットや防弾チョッキ、赤外線双眼鏡などを送ったが、クルド族はなおも満足せず、さらに強く、武器を要求してきたのだった。

そうするうちに、毎日のように、IS(イスラム国)が信じられないほどの残虐さでクルド族を追い詰め、殺している様子がニュースで流れ始めた。アル・カイーダでさえ、ISはあまりにも残忍だとして批難しているほどだ。シリアにおいて、すでにISが実効支配している場所では、公開処刑や、鞭打ちや、手首の切り落としやらが当たり前のようにおこなわれ、その動画が逐一インターネットにアップされている。

イラク北部のクルド人が、殺されないうちに逃れようと、水のない砂漠や山岳地帯をさまよっている様子を、米軍が上空から撮影していた。このままではジェノサイドとなる可能性もある。ドイツ政府は、それを手を拱いて見ていることが、道義上、難しくなってしまった。

そこで21日、メルケル首相は、どうすれば一番よいか、比較考量は非常に難しいとしながらも、「ISの侵攻による残虐行為とテロの脅威が大きくなり、我々が立ち上がらなければならないときが来たと確信しています」と述べるにいたる。クルド族が少なくとも防衛できるように、武器を送るゴーサインだ。

最初は、NATOのパートナーであるハンガリーやポーランドの武器庫に眠っているロシア製の武器が送られることになるだろうという。ドイツ製の武器はその後で、ドイツとフランスが共同で開発した対戦車ミサイル「ミラン」も含まれる。クルド族が欲しいのは、まさに、この「ミラン」なのである。

しかし、今に及んでも、メルケル首相やガブリエル大臣のコメントを聞いていると、かなりのジレンマと躊躇が感じられる。躊躇の原因はいろいろあるが、まず、この情勢では、クルド族に与えたつもりの武器がISの手に落ちる可能性がかなり高いことだ。

今でさえISは、イラク軍から奪った最新の武器を大量に所有している。米政府が援助としてせっせとイラク軍に与えたものだ。つまり、現在ISを攻撃している米軍は、自国の武器を潰すために戦っている。このうえドイツ政府がクルド族に供与した武器がISに奪われれば、西側は何をしているのだかわからないことになる。

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シュトゥットガルト通信

川口マーン惠美

シュトゥットガルト在住の筆者が、ドイツ、EUから見た日本、世界をテーマにお送りします。

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