イノセント・デイズ』をあの人と—泣き虫書店員のオススメ

有楽町の三省堂書店は、世にも不思議な謎に満ちている。そこに迷い込んだお客は、いつの間にか本を手に取りレジに並んでしまうという――。カリスマPOP職人であり、人気書店のTwitterの中の人として知られる書店員・新井見枝香さんの愛と妄想が炸裂した書評をお届けします。
今回は、早見和真さんの『イノセント・デイズ』。真実の物語に打ちのめされる圧倒的長編を熱く推します。

イノセント・デイズ
『イノセント・デイズ』早見和真
あらすじ:「整形シンデレラ」とよばれた確定死刑囚、田中幸乃。殺されたのは三人。その死刑囚が犯した最大の罪とは? 衝撃指数極大値。先入観を紛砕する圧倒的長編。

 早見和真のデビュー作『ひゃくはち』を私に薦めてくれた上司は、もうこの世にいない。

 小説が好きで好きで10年も書店員をやっていて、それでもまだ好きになっていく。けれど、その気持ちが高まれば高まるほど本当に好きになれる小説が少なくなってしまうの、とその人は困ったように言った。

 か細い指で押し上げる、トレードマークの黒縁眼鏡。分厚いレンズの奥で、幸せそうに目が細められていた。

 私はまだその境地には至っていないけれど、その感じはなんとなくわかるような気がする。

 だからあの人に薦められた本は、何の迷いもなしに読んだ。だって、それはもう、よっぽどおもしろい本なのだから。

 あれから私は、ひとりになっても早見和真の小説を読み続け、ついに最新作『イノセント・デイズ』に行き着いた。

 そうか、ここだったのだ。今までの作品は、すべてここにたどりつくまでに絶対に必要な通過点だったんだ。

 私はあの人とともに一歩ずつ山を登り、途中途中、早見さんが拵えた山小屋で一泊し、あらためて後ろを振り返って気付く。

 どの作品にも共通するもの。『ひゃくはち』から受け取って、「嗚呼、おもしろい!」とうめきながら、ここまで私たちを引っ張ってきた力。

 それは何だろうか。

 熱くて、すごく生きている感じのするもの。

 違う。足りない。それがひとことで言えたら小説はいらない。

 だからきっとこの小説があるのだ。

 この本を、あの人に薦めたいと強く思う。

「すごいとこにいったよ、早見和真」と言って、今度は、私が

「死刑確定囚・田中幸乃が6年の時を東京拘置所で過ごしたある日、目を赤く潤ませた女性刑務官にその名前を呼ばれるところから物語は始まります。

 それに対して、彼女はとても落ち着いていました。死ぬことなど怖くなく、何も思い残すことがないかのようでした」

 彼女は何歳くらいなの?

「30歳です。私が書店員になって、あぁ、仕事楽しいなぁ、今が人生でいちばん幸せだなぁって思っている間、田中幸乃はじっと死刑を待っていたんです」

 待っていた?

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なぜ有楽町の三省堂書店は手ぶらで帰してくれないのか

新井見枝香

有楽町の三省堂書店は、世にも不思議な謎に満ちている。そこに迷い込んだお客は、いつの間にか本を手に取りレジに並んでしまうという――。カリスマPOP職人であり、人気書店のTwitterの中の人として知られる書店員・新井見枝香さんの愛と妄想...もっと読む

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コメント

honya_arai 昔書いた記事 下手だけど直したくない→ 5ヶ月前 replyretweetfavorite

yrakch_sanseido うれしい記念に、ウソのようなマコトの書評を《 全部読むには「cakes」登録が必要ですが、cakes面白いんで大丈夫です。 4年弱前 replyretweetfavorite

yrakch_sanseido いろんなところでたくさん紹介されているけれども、俺もせずにはいられなかった!そういう本ってある!早見和真さん 4年弱前 replyretweetfavorite

nkg_13 小説の凄みを亡き人に託して、真っ直ぐに伝える豪放な書評です。冒頭から泣けます。 『イノセント・デイズ』をあの人と|なぜ有楽町の三省堂書店は手ぶらで帰してくれないのか|新井見枝香 @yrakch_sanseido https://t.co/HzW2Ekgq2y #fb 4年弱前 replyretweetfavorite