佐世保市の教育から考える、日本的「良い子」への疑念

7月に長崎県佐世保市で起きた、女子高生殺害事件。10年前にも女児による同級生殺人事件があった佐世保市ですが、街ぐるみで教育改革が行われ、なかでも子どもたちの自尊感情を高めるための取り組みは全国トップの水準に達していました。そんな地域でもショッキングな殺人事件が繰り返されてしまうとすれば、一体どうすればいいのでしょうか。今回、事件が発生した地で開かれた日本PTAの研究大会に参加してきた川上慎市郎さんが考えます。

先週は、浦安市PTA連絡協議会の役員として、長崎で行われた日本PTA全国協議会(日P)の全国研究大会に行ってきました。

この大会は毎年行われているもので、全国の都道府県から1万人近くのPTA関係者が集まり、「地域連携」「家庭教育」などのさまざまなテーマごとに行われる分科会で、当地のPTAの取り組みの発表を聞いたりテーマについて討議したりするものです。

今年で62回目となるこの全国研究大会では、域内の各都市に分散して行われる分科会、そして最大の都市で行われる全体会ともに、開催地のPTA組織が威信をかけて発表やおもてなしをします。今年の長崎大会は、異国情緒豊かな長崎やその周辺の個性溢れるそれぞれの街のカラーを押し出した発表が多く、大変素晴らしいものでした。

私は、今回の大会で参加する分科会のテーマに「学校教育」を選択しました。PTAが学校教育に携わるというと、「え? 学校での教育は教職員の役割であって、保護者のかかわる話ではないのでは?」と思われる方もいるかもしれません。実は、近年のPTAは地域住民を巻き込んで「学校支援」と呼ばれる教育活動の一翼を担うようになってきています。このテーマもそうした最近の動向に焦点を当て、PTAの役割について論ずるものでした。

しかし、それにしても因果なものです。7月のはじめに申し込んだ時には予想もつかなかったのですが、私が選んだテーマの分科会の開催場所は、何と佐世保市だったのです。

10年前の小六女児殺人事件を教訓として

佐世保といえば、みなさんもご存じのとおり、7月末に女子高生が中学時代から仲の良かった同級生を自室で殺害しバラバラにするという、凄惨な事件が起きたばかりです。そしてそこは、今からちょうど10年前にも、当時小学6年生の女子が学校で同級生の首を切って殺すという、世間を驚かせた事件が起きた街でもありました。

どちらの事件も、教育関係者にとっては衝撃的な出来事です。でも、佐世保のPTAの人たちがこの問題にどのように向き合い、何を考えてきたのかを直接聞くことができるというのは、私を含めてこの分科会に参加する約1000人の全国から集まったPTA関係者にとって、またとないチャンスだと私は思いました。

すでに新聞などでも報じられていますが、佐世保市は2004年6月1日に起きた小学生殺害事件以来、まちを挙げて「命の教育」というものに力を入れてきていました。その取り組みは、大きく3つの柱からなります。

「心の教育の充実」、「コミュニケーション能力の向上」、そして「子どもの居場所づくり」です。

1つめの「心の教育」では特に、毎年6月1日を「いのちを見つめる日」に制定して市内全小中学校で校長の講話を実施し、また6月を「いのちを見つめる強調月間」として道徳教育の地域への公開をはじめとする各校独自の取り組みをしてきたそうです。

また、2つめと3つめについては、市内全ての学校に「学校支援会議」が設置され、PTAや地域住民が参加して地域でどのような子どもを育てるのかの共通目標を立て、それに基づき地域が主体となって具体的な教育支援活動を展開していました。

子どもたちの自尊感情が全国トップの水準に!

この学校支援会議というのは、元リクルートの藤原和博さんが杉並区立和田中学校で導入したことでも有名な「学校地域支援本部」のことです。公立学校の生徒たちに、地域社会の特色や働くことの意味といった学校の先生だけではカバーしきれないテーマを学ばせることを狙いとして、地域住民が先生たちと一緒に子どもたちの教育に携わる活動のことで、文部科学省が近年推進している政策です。

ただ、全国レベルで見ると学校支援本部に類する組織を設置して活動している学校は3割程度に過ぎず、地域によって取り組みに大きな温度差があるのが実情です。そんな中、佐世保市は10年前の事件をきっかけとして100%の学校に支援会議を発足させたという意味で、国内の最先端を行く地域になっていました。

また、PTAの方の発表を聞くと、このコラムでも昨年紹介した「ワークショップ大会」のような保護者や地域住民が学校に入って子どもたちと触れあい、放課後や週末にも子どもたちの居場所を作る取り組みが普通にどの学校でも行われており、すごいなあと感心しきりでした。

なかでも私が感嘆したのは、これらの取り組みの結果として、自尊感情(自分には良いところがあり、それを分かってくれる人がいると思う気持ち)のある小中学生の割合が90%台と、この8年間で10ポイント以上上昇しており、全国平均を大きく上回っているという話を聞いたときでした。(ちなみにこの指標の全国平均は、小学生で74%、中学生で63%程度と言われています)

私が昨年、自分の子どもの通う小学校で実施したワークショップ大会の中に、「友だちの良いところ、自分の良いところを見つけよう」という自尊感情を醸成するプログラムを入れてありました。自慢ではありませんが、この小学校はかなり恵まれた家庭の子どもが多いと思っていましたが、驚いたことにその中でも約1割の「自尊感情のまったく持てない」子どもがいることがワークショップの中で判明したのです。

ですから、佐世保市の小中学生の自尊感情が極めて高く、10年間の街を挙げた取り組みが決してムダでなかったことは、その数字を聞いた瞬間に私には分かりました。

聴衆に疑念を抱かせた当事者の最後の一言

しかし、目の前で披露されている発表が素晴らしければ素晴らしいほど、「では、いったいあの殺人事件は何だったのだ? 10年前の事件を踏まえた反省が間違っていたということなのか?」という疑問が湧いてきます。7月に殺人事件を起こした女子高生は、10年前の当時に小学校に入学して以来ずっと佐世保市で過ごし、まさにこの教育を受けてきた子どもだったからです。

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グロービス・マネジメント・スクールでマーケティングを教える川上慎市郎さんが、若手ビジネスパーソン向けに、マーケティング、メディア、そして教育について、深くやさしく解説をします。かつて有名ブログ「R30::マーケティング社会時評」を運営...もっと読む

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コメント

_daisylily "しかし一方で、自尊感情は他者に対する攻撃性や怒りの表現、またリスクの高い賭け事など反社会的行動などを抑止する効果をほとんど持たないことも、過去の研究によって報告されています(※)。" http://t.co/tJknlGR0mb 3年以上前 replyretweetfavorite

_daisylily "7月に殺人事件を起こした女子高生は、10年前の当時に小学校に入学して以来ずっと佐世保市で過ごし、まさにこの教育を受けてきた子どもだったからです。" 3年以上前 replyretweetfavorite

R30 10年前のあの事件以来、市を挙げて取り組んできた教育改革の成果とは何だったのか、考えさせられました。 3年以上前 replyretweetfavorite

takaho_maeda 地域という多様な存在が入っても、自尊感情など何か目的ができるとそこに猛進する多様性のなさが学校教育だけでなく地域の大人にも共通する課題ってことかなぁ。。 3年以上前 replyretweetfavorite