第5回】失敗続きの海外への移住と投資 節税包囲網に戦々恐々の富裕層

富裕層による節税狙いの海外移住や海外投資がブームだ。さぞやうまい汁を吸っているかと思いきや、意外にも失敗続きだという。国税当局の監視も強まる一方で、多難の時代が到来しつつある。

 「日本に帰りたい」「子供の国籍を日本に戻したい」──。

 都心に事務所を構える大手税理士法人に、そんな不可思議な相談が舞い込み始めたのは今年に入ってからだ。いずれも日本人の富裕層からだという。

 厳しくなる相続税負担、財政の破綻懸念、放射能の危険など、高まる“ジャパンリスク”に嫌気が差し、祖国を見限る富裕層が昨年来、急増しているといわれる。

 複数の国内メディアもここ最近、富裕層の海外移住が増加していることを取り上げ始めた。1年前、本誌でも同様の特集を組んだが、事態は想定外の方向に進んでいる。

 流れに乗って日本を脱出し移住したはいいが、結局、慣れない海外生活に耐えられず、帰国を願い出る富裕層が出てきているという。ブームの足元では早くも逆流現象ともいえる事態が起きているのだ。

 富裕層が海外移住する理由については、いろいろ言われているが、最大の要因はやはり相続税対策だ。

 日本の相続税は最大50%で、世界的にも高い。いくら巨額の遺産があっても3代続けば財産がなくなるといわれるほどだ。さらに日本政府は相続税の適用範囲を広げ、最高税率の引き上げまで打ち出している。そのため、富裕層が日本を脱出して、相続税から逃れようとする気持ちはわからないでもない。

 そもそも、日本の相続税の対象からはずれるパターンは大きく二つある。

 「財産を渡す親と、受け取る子が共に5年以上海外に住むか、子だけが海外に出る。後者の場合、国籍も日本以外に変更しないといけない」(大手税理士法人)

人気の移住先は
相続税がゼロのシンガポール

 課税の網をかいくぐるため、「海外移住を検討する富裕層が増えているのは間違いない」と、富裕層の財産コンサルティングを手がける青山財産ネットワークスの蓮見正純社長は断言する。

 そして、その移住候補地として注目されているのが、香港やスイス、シンガポールといった相続税がゼロの国・地域だ。

 ただ、香港は昨今の日中関係の緊迫化で、カントリーリスクが意識され、敬遠される傾向にある。また、「スイスは距離の問題に加え、黄色人種はどうしても下に見られてしまう」(日本人富裕層)。

 そのため、富裕層の間で特に人気となっているのが、政治的にも安定し、同じアジアのシンガポールへの移住だ。元フジテレビの中野美奈子アナウンサーが移住することでも話題となった。

 大手会計事務所のプライスウォーターハウスクーパースは、これまでスイスが担ってきた世界一の富裕層の資産管理センターの座をシンガポールが2013年にも奪うと予測している。

 というのも、シンガポールは相続税がゼロであることはもちろん、所得税は最大で20%、資産の運用益にかかるキャピタルゲイン課税もゼロ。その上、教育、医療の水準が高く、治安もいい。

 フェイスブックの共同設立者であるエドゥアルド・サベリンや世界的な大物投資家のジム・ロジャーズ、日本からも精密機器大手、HOYAの鈴木洋CEOなど、著名人が続々と拠点を移しているとされ、まさに世界中の富裕層から熱視線を浴びているのだ。

移住先として富裕層から熱視線を浴びるシンガポール。高級ホテルのマリーナベイサンズには世界中からセレブが集う。Photo:REUTERS/Matthew Lee/アフロ

 しかし、実際に移住するとなると話は別だ。

 子供時代から海外経験があれば問題ないが、「高齢になって初めて海外に移住する場合、病気などになると途端に弱気になって帰国を望むケースが増えている」と富裕層事情に詳しい会社幹部は明かす。5年の間に家族関係が大きく変わることもあり、移住に失敗する富裕層が後を絶たないのだという。

 富裕層が自らの事業で海外進出する際、留学経験のある子が拠点を海外に置くケースなど、ビジネスが関連してくれば移住の成功確率は高まるとされる。一方で、「相続税逃れが移住の第一目的では、成功するのは難しい」とこの会社幹部は安易な移住に警鐘を鳴らす。

 さらに今年に入ってからは、海外移住自体のハードルが高まっている。

 シンガポールへの移住は資産さえあれば簡単だった。「これまで純資産が約12億円、そのうち半分の約6億円をシンガポール国内で運用すれば、永住権を申請できたが、今年の4月をもってその制度自体がストップした」(青山財産ネット)というのだ。

 富裕層の海外移住はブームが始まった矢先に、早くも大きな曲がり角を迎えている。

悪徳業者に騙されて
海外投資でも失敗続き

 「香港やシンガポールで銀行口座を開設する富裕層が増えている」

 そう指摘するのは、富裕層ビジネスを手がけるアブラハム・グループ・ホールディングスの高岡壮一郎社長。しかし、こうした流れに対し、高岡社長は強い違和感を覚えていた。

 海外に移住する覚悟まではないが、海外資産に投資したいという資産家はごまんといる。実際、海外に銀行口座を開設して一部資産を移す「キャピタルフライト」がちょっとしたブームになっているという。

 しかし、移住と同様に成功事例はあまり聞こえてこない。なぜか。

 「海外で口座さえ開設すれば、日本では買えない金融商品が購入できると勘違いしている富裕層が少なくない」と高岡社長。

 香港などにオフショア口座を開設したとしても、日本に住んでいれば日本の課税が適用されるし、海外投資がしたいだけならば、ネット証券を使えばいいだけの話。現地で口座を開いてもメリットは限られているのが実情なのだ。

 そうした事情があるにもかかわらず、日本人が安易なキャピタルフライトに手を出す背景には、悪徳業者の暗躍がある。

 近年、投資コンサルタントが香港などへの口座開設ツアーを次々と企画しては、お得な金融商品が買えるようになると勘違いした日本の富裕層らがこぞって参加した。が、大半は詐欺まがい。今ではその多くが休眠口座となっているともいわれる。

 アブラハムが今年9月、子会社を通じて「海外ファンド救済センター」を立ち上げたところ、そうした悪徳業者に騙された被害者からの相談が相次いでいるという。

 富裕層を狙った怪しい勧誘は、オフショア口座の開設に限った話ではない。実にさまざまな手口で富裕層の資産をかすめ取ろうとしているのだ(百武資薫・ワンハンドレッドパートナーズ社長インタビューの表2‐5参照)。海外投資でも、おいしい話はそうそうないことを肝に銘じておくべきだろう。

 移住でも投資でも失敗続きの富裕層。さらに国税当局の“富裕層包囲網”が追い打ちをかけようとしている。

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この連載について

富裕層のカネと知恵【2】~お金持ちの失敗から学ぶ 資産運用の裏側と投資哲学

週刊ダイヤモンド

富裕層でも失敗はする。海外移住しても途中帰国、海外投資では詐欺に遭う。おまけに当局の監視は強まる一方だ。それでも財産を増やしているお金持ちがいる。彼らの運用の裏側と投資哲学を探った。※この連載は、2012年10月20日号に掲載された特...もっと読む

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