無責任に頑張れた『テニスの王子様』時代

もともと映画俳優にあこがれて俳優の道に入った馬場徹さんですが、デビューのきっかけはミュージカル『テニスの王子様』でした。なんと最初はオーディションを受けること自体を断っていたという馬場さん。はたしてその理由とは。また、どこか老成した雰囲気もある馬場さんは、同年代ばかりの若い現場で、当時どんな刺激を受けていたのでしょうか。

舞台に「稽古」や「リハーサル」があると知らなかった

— 劇団に入って、少しずつ芸能活動を始めていくわけですが、馬場さんにとって俳優としての最初の大きな転機になったのがミュージカル『テニスの王子様』への出演だったと思います。どのような経緯で出演することになったのでしょうか?

馬場 それまで映画やドラマをちょこちょこやらせていただいたのですが、舞台への出演は『テニスの王子様』が初めてでした。実は僕、17歳のときに一度オーディションを断っているんですよ。

— えっ、それはなぜ?

馬場 舞台というものをほとんど知らなかったので、単純にやりたくなかったんです。あと、舞台って本当に天才がやるものだと思っていました。そもそもリハーサルというものがあるということを知らなかったんです。台本を読んだ人が集まって、いきなり本番をやるものだと思っていたんで、そんなものは自分にはできないと(笑)。

— 本当に何も知らなかったんですね(笑)。

馬場 ただ、次の年もまたオーディションがあって、いい経験になるから受けるだけでも受けてみないかと事務所の人に言われて、受けたんです。そうしたら受かってしまって、「マジか! マズい!」と(笑)。それで顔合わせの場所に行ったら、「明日から稽古です」と言われて、「稽古って何ですか?」と聞いたんです(笑)。

— それは相手の方もびっくりしたでしょうね(笑)。

馬場 そこで初めて1ヵ月ぐらい稽古の期間がちゃんとあって舞台を作っていくんだと知り、安心して舞台を楽しめるようになりました(笑)。

— 『テニスの王子様』は同世代の若い役者さんが多い現場だったと思いますが、馬場さんはすぐに溶け込めましたか?

馬場 すごく若くて、キャピキャピしていて、正直最初はついていけなかったです(笑)。イエーイ!感がハンパなかったんですよ。

— イエーイ!感(笑)。

馬場 逆に、みんな若いし、自分も若いし、勢いで頑張れるところがありました。今じゃできないような、いい意味で無責任に頑張れるという部分がありました。緊張感がある現場というより、「みんなで頑張ろう!」という感じで毎日一生懸命になれる現場だったと思います。

— 若いエネルギーがほとばしる現場というか。

馬場 誰かの誕生日になるとサプライズをしたり、毎日いろいろありましたね。僕はちょっと斜に見ている感じでした。「ワッー!」じゃなくて「スッ」という感じ。(笑)

まわりに“いい”と言われても信用してはいけない

— 馬場さんとお話していると、すごく落ち着いているという印象を受けます。子どもの頃からそうだったんですか?

馬場 小中学生の頃からすごく人見知りで、あまり人と交流を持つのが好きじゃなかったんです。小学校の頃は、学校が終わると家の屋上から目の前の道を通る人たちの姿を、じーっと眺めている根暗な子供でした(笑)。今でも、あまり多くの人と交流を持ったりはしないですね。

— サッカー少年だったということで、チームプレーを重んじたり、熱血さを大切にしているイメージがあったのですが、そうではなかったんですね。

馬場 変な話、サッカーって10数年前まではチームプレーは重視されてこなかったんですよ。戦術やチームプレーが重視されはじめたのはここ最近のことで、それまでは個人プレーが中心だったんです。僕もけっこう孤高なプレーヤーでした(笑)。チームプレーより自分が活躍することが大事でしたね。チームメイトとは仲が良いんですけど、普段一緒に遊ぶわけでもなかったですし。

— マイペースな感じ?

馬場 相当マイペースですね。舞台に上がってからはチームの存在も意識するようになりましたが、マイペースさは今でも変わらないと思います。

— 舞台に初めて上がって、お客さんの前で芝居をするという経験に関してはいかがでしたか?

馬場 当時は一生懸命やるしかなかったので、お客さんの顔を見ている余裕もありませんでした。緊張することもなく、ワーッと終わったような感じでしたね。

— 『テニスの王子様』はとても人気のある舞台なので、反響は大きかったと思います。ライバル校である立海大学附属中のメンバー・柳生比呂士役だった馬場さんも注目されることになりましたが、どんな気持ちでしたか?

馬場 観てくれる人が多いほど、ちゃんとやらなきゃいけないな、と思っていました。若いからといって許されることと許されないことがあって、自分はまだ子どもだけど、ビジネスの中で生きているんだ、という意識が強かったです。素の自分にとっては抵抗のある仕事でもやらなければいけないとか。それは結果的に、自分がちょっとイヤでも見ている人が喜んでくれるならいい、と前向きに頑張れる意識につながっていきました。

— 当時の馬場さんはまだ18歳ですよね。そういう心構えはどこで身につけたんですか?

馬場 どこで学んだんでしょうかね?(笑)

— もっと調子に乗ったり、浮かれたりしてもおかしくないですよね。

馬場 母親がとても厳しい人だったんです。実家にいたときは、とにかく毎日叱られていました。当時は自分が出る舞台をほとんど観に来てくれて、一番厳しいことをハッキリ言ってくれるんです。「まわりの人が“いい”と言うのは当たり前。他人が他人に怒るわけがない。調子に乗ってるんじゃない」って(笑)。それでよく母親とケンカしたりしましたけど、一方で「たしかにそうだよな」と思っていましたね。

— お母さんが手綱をギュッと引き締めてくれていたんですね。


さらなるインタビューが、dmenuの『IMAZINE』でつづいています。
「過呼吸になっても食らいついた、つかこうへいとの出会い」馬場徹
ぜひこちらからお楽しみください。

構成:大山くまお 撮影:吉澤健太


広島への原爆投下スイッチを押すことになった運命の男・ディープ山崎少佐役に、
「つかこうへい最後の愛弟子」馬場徹がふたたび挑む!

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9月6日(土)~9月14日(日) シアタートラム

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イマ輝いているひと、馬場徹「プレッシャーがあるから、最高の自分を生きられる」

馬場徹

TVドラマ「ルーズヴェルト・ゲーム」「若者たち2014」などに出演し、その演技力と存在感で徐々に注目を集めている俳優・馬場徹さん。「ルーズヴェルト・ゲーム」では予定どおり第3話で出番が終了したにもかかわらず、視聴者から再登板の嘆願が殺...もっと読む

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コメント

asuka_0910_ 馬場徹さん最近テレビドラマで見る機会多くて嬉しいよ 4年弱前 replyretweetfavorite

hirarisa_ てにみゅの話 4年弱前 replyretweetfavorite