漫画『賭博黙示録 カイジ』とは?
自堕落な日々を過ごす主人公、伊藤開司(いとう・かいじ)。そのカイジが多額の借金を抱えたことをきっかけに「帝愛グループ」をはじめとする黒幕との戦いに挑んでいく大人気漫画。命がけのギャンブルを通じて、勝負師としての才能を発揮するカイジだが、その運命は果たして・・・。
(作者:福本伸行講談社『週刊ヤングマガジン』で1996年11月号~1999年36号まで連載された作品)
ミスだけが評価対象になってしまう
ぼくが小さい時から感じていることがあります。それは「日本は"減点方式"が大好き」ということです。この減点思考こそが、日本人を不幸にしているのだと、強く感じています。
日本人は、何でもかんでも減点方式で考えます。すべてうまくやるのが前提で、うまくいかないことをそこからマイナスします。あたかも「最初に持っている点数が満点で、何かミスをしたりペナルティを課せられるとそこから点数が減っていく」という考え方をします。
何か理想的で絶対的な"正解"があり、至らない部分をそこから減点していくように考えています。その理想の姿に一歩近づいていればプラス1点ではなく、「99歩も足りないからマイナス99点」と考えるのです。
日本の教育はまぎれもなく「減点方式」です。学校のテストは加点方式じゃないかと思うかもしれませんが、違います。それは点数の上限が100点と定められていることにすべてが現れています。マークシート式ではもちろん、論述式でも、満点以上の点数を取ることはできません。加点方式で、よかったところを評価し、積み上げていくのであれば、「満点」という考え方すらなくなります。
あらかじめある水準が設定され、そのレベルまでたどり着くことが"善し"とされます。それ以上はどれだけがんばっても行くことはできず、むしろ足りないところが明らかになるような設計がされています。
仕事でも同じです。ミスをすると、減点されます。いい成果を出してもなかなか認められないのに、ミスをするとすぐに評価が落ちてしまいます。
決められたことを問題なくこなしていれば「満点」です。しかし一方で、将来のために新たなチャレンジをして、残念ながら失敗すると、減点対象になってしまいます。既存のビジネスをそつなくこなすことよりも、新しい分野で結果を残すことの方が圧倒的に難しいはずです。そして、圧倒的に重要なことです。しかし、そこにチャレンジしたことは評価されず、ミスだけが評価対象になってしまうのです。
この「減点思考」の影響が、いろいろなところに現われています。そして、本来は「減点」で考えないものも減点方式で考えて行くようになっています。減点方式で考えた結果、引き起こされるのは、「ミスをしなければ満点」「わざわざ動いてミスをすれば減点」という考え方です。これが日本人を不幸にしているのです。
動かないことが「満点」になる世の中
運転免許を考えてください。自動車やバイクで違反をすると、「減点」されますよね。軽い違反は「1点」、重い違反は「3点」など決まっています。
しかし本当は、「減点」ではなく、「加点」なのをご存じでしょうか? 違反をすると「1点減る」のではなく、「1点加えられる」というのが正しい理解です。そして、その点数が一定値に達すると、免許が取り消しになります。何もしなければ「ゼロ」です。違反をすると、チェックがついていき、それが貯まると免許停止になるわけです。
しかし、多くの人がそうではなく、減点方式で捉えています。あたかも持ち点があるかのように考えています。そして、ミスをしない人が「優秀な人」、減点されない人が「善」のように思われています。だから、何十年も運転していないペーパードライバーがゴールド免許を付与されるのです。
考えてみたらおかしな話です。何十年も運転していない人が実際に運転したら、スピード狂と同じか、もしくはそれ以上に危ないはずです。もはや細かい道路標識の意味を忘れているでしょうし、高速道路での合流などもスムーズにできないでしょう。それでも、ミスをしていないから「ゴールド」なのです。
減点方式で考えていくと、最初は持ち点100で、何かミスをするとそこから減っていきます。一方で何か特別いいことをしても、100点以上に加算されることは稀です。これが日本全体に悪い影響を与えています。
子どもの時からミスを責められて、減点されるという考え方にどっぷり浸っています。そんな環境を与えられた時、合理的な人間であれば「それなら、何もしないのがベストだ」と考えるでしょう。あえて行動しない、という選択肢をとるのです。それが一番合理的なのです。
減点思考の世の中では、「ヘタに動いて(チャレンジして)失敗すればマイナスになる、失敗したらどうしよう」と考えるようになるのは当たり前です。小さいころから「減点方式」が身についているから、「これをやって失敗したらどうしよう」と考えるのです。
そして同時に、「何もしなければ問題にならない」とも考えるようになります。この考え方が、日本人を動けないようにし、日本人を不幸にしていると感じています。
今までやってきたことを継続するのはたやすいことです。慣れていますし、決められた範囲内でミスをしないことだけに集中すれば、何とか減点は免れるでしょう。しかし減点を恐れるあまり、新しいことに踏み出せなくなってしまいます。その仕事を続けていても、市場の評価は得られないとわかっています。しかし会社の中で減点されることはありません。動かなければ、"マイナス"を免れるのです。
一方で、これから必要とされる仕事がわかっていたとしても、慣れていないので、完ぺきにこなす自信がありません。もしチャレンジしてうまくできなければ"マイナス"がついてしまいます。
本来は、チャレンジして失敗したら、"ふりだし"に戻るだけです。カイジのように、失敗=死となるような極限の勝負でない限り、失敗しても元の場所に戻るだけです。
高い木の枝につかまろうとジャンプしたとします。もし、枝をつかむことに"失敗"したら、落ちます。また地面に戻るだけです。本来は、それだけの話です。しかし、とにかく失敗を減点と考えられてしまうと、その減点が怖くて踏み出せません。「木の枝をつかみたいけど、届かなくて失敗したらどうしよう」と考えるようになるのです。
この木の枝に向けてジャンプする際に、失敗を恐れることが無意味であることは、多くの人に賛同いただけるでしょう。でも実際には、多くの人が実社会で同じような不安を抱えながら、ビクビク生きています。
その結果、このままではいけないと知りながら、その仕事を続けたり、新しいことができなくなったりしているのです。だから、安定した(ように見える)道を進みたがるのです。
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