僕、蛭子能収も、テレビに出るようになってから30年以上が経ちました。もしかしたら……ご存知ない方もいらっしゃるかもしれませんが、僕の本業は漫画家で、一応これまでに30冊くらい単行本も出しています。大ヒット作品がないから、どれもなかなか入手しづらいのが難点なのですが、れっきとした漫画家ではあるんですよ。
でも、ある時期からテレビに出るようになって、気がついたら芸人さんと仕事をする機会が多くなっていました。いわゆるバラエティー番組への出演です。漫画を描きながら、たまにテレビに出演する。そんな生活を、もう何十年も送ってきたことになります。
しかし、ここ2年くらいでしょうか。テレビタレントとしての仕事が、過去に経験がないくらいに増えてきているんです。あちこちの番組から、急にまた呼ばれるようになりました。僕は基本的にテレビの仕事は断らない主義で、どんな番組でもホイホイと出てしまうから、ちょっとだけ忙しい日々です。
恐らく、そのきっかけとなったのは、『ローカル路線バス乗り継ぎの旅』(テレビ東京系)だと思います。俳優・太川陽介さんと僕、そして〝マドンナ〟と呼ばれる女性ゲストの3人が、路線バスを乗り継いで3泊4日の旅をするという、シンプルな番組です。1年に3回くらい放送される特別番組なのですが、もう7年近くやっていることになるのかな。
じつは、それが最近とても視聴者にウケていて、どうやら視聴率が抜群にいいらしいんですよ。聞くところによると、僕は〝裏視聴率男〟なんて呼ばれているらしい。そんなことを聞くと、恥ずかしくて、恥ずかしくて、申し訳ない気持ちになってしまう。でも、そこでふと思うのです。「路線バスの旅での僕の、なにが一体面白いんだろう?」って。
僕としては、他の番組と変わることなく、いつもどおりの自然体で旅をしているだけなのになあ……。そして、その場その場で思ったことを、正直に言っているだけなのに。
すると、ある人から「蛭子さんの、その自然体こそが絶妙に面白いんですよ」と言われました。旅の途中に食事をとるときも、太川さんはきちんと、その土地の名産を食べようとします。出演者として場をわきまえた立派な行動だと思います。でも、僕はそういうものにまったく興味がない——とくに魚類はまったく食べたくないので、ひとりだけトンカツやカレーを注文してしまうことになる。そういうことが、視聴者の方には笑える瞬間なんだそうです。そんな意見を聞くと、不思議な気分です。あまり芸能人らしくないのがいいのかな?
ただ、そんな僕の振る舞いは、10年前だったらみんなに非難されるだけで、面白いとは思われなかったんじゃないかな? そのころから比べて、一体なにが変わったのでしょうか。僕自身はまったく変わらないにもかかわらず、世の中の空気みたいなものが、ちょっとだけ変わったのかもしれない。
そして、違う人からはさらにこんなことを言われました。「みんな、本当は蛭子さんみたいに、自分勝手、自由気ままに振る舞いたいんですよ」と。
僕としては、相当いろいろ気を遣っているつもりなので……「自分勝手」にやっているつもりはないのですが、「僕みたいに振る舞いたい」という人がいるのは、ちょっと衝撃的でした。長いこと、そんなことは考えたこともなかった。でも、いまの世の中、たくさんのことを我慢して、とても窮屈に感じている人が多くなっているのかもしれない。だからそういう意見もあるのかなあ。
すると、また別の人から、「蛭子さん、本を書いてみませんか?」と話がきた。僕の発想法や行動原理みたいなものを、本に書いてみたらどうでしょうと出版社の方が提案してくれたんです。
正直、最初はあまり乗り気ではありませんでした……。僕は漫画家だし、誰かに物事を教えられるような人間でもない。そして、なにか特別に偉大なことを成し遂げたわけでもありません。ただ、テレビの仕事を生活のために淡々とこなしていたら、こんな感じになっていたというだけで、読者ウケするような苦労話やコツコツと努力した経験などじつはひとつもないんですよね。
ただ、これだけはやってはいけないというルールやちょっとしたポリシーみたいなものは、あるのかもしれない。そして、それが子どものころから、ずっとブレていないようにも思う。もちろん、テレビに出るようになってからも、まったく変わっていません。
そして、もうひとつ。昨今の「友だち」偏重傾向みたいなものに、僕は日ごろから違和感を持っていたということがあります。
僕は昔からひとりぼっちでいることが多かったし、友だちみたいな人もまったくいませんが、それがどうしたというのでしょう? ひとりぼっちでなにが悪いというのだろう? というか、むしろ「ひとりでいること」のよさについて、みんなにもっと知ってもらいたい。友だちなんていなくていい。ひとりぼっちだっていいんじゃないかな。
そんなことをモヤモヤ考えているうちに、結局本を書いてみることにしました。
ひとりの楽しみ方や、僕自身が子どものころから一貫して考えていること——それはとても〝哲学〟と呼べるようなものではないかもしれない。でも、僕と同じように内向的な人間、ひとりになりがちな人たちにとって、この本がなにかの指針になるようであれば、それはすごく嬉しいことです。
そんなひとりぼっちな蛭子能収の、独り言のような話かもしれませんが、しばしおつき合いください。
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