あのキャラクターは「突然変異」だった?
—— 黒崎って、もともとはオネエ言葉じゃなかったんですか?
池井戸潤(以下、池井戸) シリーズ二作目の『オレたち花のバブル組』の雑誌連載のときは、普通の……というか、コワモテの検査官でした。ところが、連載を終わって書き直している段階で、この小説に書かれているような事件が、銀行で実際に起こっていることだと思っている読者が多いらしいということに気がついたんです。「銀行って、こんなひどいことしてるんだ」と、真に受けちゃう人が多いのだと。
だから、これは物語なんですよということをよりわかりやすくするために、アイコンのような、マンガ的なキャラクターを入れようと思いついて、黒崎の台詞をすべてオネエ言葉に書き換えたんです。
—— それはまた、大胆な……。
池井戸 編集担当者はびっくりしていましたよ。「黒崎が、黒崎がオネエ言葉になってるんですけど!?」って。そりゃあ、驚きますよね(笑)。
—— しかし、それでもぴったりハマるところがすごい。今では逆に、ああいう人がいてもおかしくないような気さえしています。
池井戸 そのせいか、ドラマの放送後には、金融庁に抗議した視聴者もいたみたいです。「何だあの検査官は!」って(笑)。それで、ドラマの最後に流れる〈この物語はフィクションです〉という注意書きを、いつもよりしっかりしたものにしたと聞きました。
愛之助さんも、あそこまで受けるとは思っていなかったかもしれませんね。撮影のときには、「あのー、何で僕だけオネエ言葉なんですか?」って言ってましたから(笑)。
ずっと「人間」を書いてきた
—— もともと、ミステリ小説から出発された池井戸さん。現在は人間ドラマに重きを置いた作品で、より幅広い読者を獲得しています。ジャンルや作風の変化は、ご自身の中で、どのように訪れたのでしょうか。
池井戸 江戸川乱歩賞をもらってデビューしたとき、審査員から「銀行ミステリの誕生」と評されたことがあって、しばらくそれに乗っかって書いていた時期がありました。そのうちのひとつが、ドラマ「花咲舞が黙ってない」の原作になった『不祥事』や『銀行総務特命』、また、この秋に放送される『株価暴落』の原作だったりするんですが、そのうち「何か、ちょっと違うよな」と思うようになった。それで、2、3年、ずっと考えて……。
で、気づいたのが、僕はそれまできちんとプロットを立てて小説を書いて、作者は全知全能の神、どんなふうにでも登場人物を動かせると考えていたこと。でも、そこにそもそも間違いがあるとわかったんです。作家は神じゃないし、登場人物は作家の子どもではなく、読者にとっては、生きている人間そのものなんだと。その発見は、僕にとっては小説の真実に近い、非常にコア(核)な部分です。
—— ええ。
池井戸 その発見をきっちりとかたちにしようと思って書いたのが、2006年に発表した『シャイロックの子供たち』という小説です。ひとつの銀行の支店の中で、10人くらいの人物が、それぞれの人生を語りながらあるひとつの事件に関わっていく……という連作短篇集ですが、この作品は今でもすごく気に入っていて。それ以前と以降では、小説の書き方がまったく変わりました。半沢シリーズでは前半の、通称『オレバブ』『花バブ』は、ちょうど過渡期に書いたもの。『ロスジェネ』と『イカロス』は、以降の書き方になっています。
—— 確かに、シリーズを通して読んでいくと、そのあたりの変化が読み取れます。主人公にやり込められる悪役であっても、どうして彼がそんな人間になったのか、どうして鼻持ちならない行動を取るのかが、じっくり描かれていたり。
池井戸 実際の世の中でも、イヤな奴っていますよね。「何であいつはああなんだろう」と感じるような。現実ではその人のその一面しか見られませんが、小説ではなぜそうなのか、その理由を示すことができるんです。こんな育ち方をして、ここでこんなヤツに会って、本当はいいヤツだったのに誰かの影響で……といったふうに。それは、小説だからわかるし、書けること。でもやっぱり、作家の側に人間を書こうという気持ちがないと、絶対に書けないことではあると思います。
さらなるインタビューが、dmenuの『IMAZINE』でつづいています。
「おもしろく書く」ことだけを目指して
ぜひこちらからお楽しみください。
構成:大谷道子 写真:喜多村みか