出口治明 vol 4. ひとつを選ぶということは、他を捨てるということ

本との向き合い方をじっくり教えてくれた、ライフネット生命株式会社CEOの出口治明さん。最終回は、映画・音楽・美術鑑賞など、本以外の趣味について聞いていきます。そして、そこから見えてくる出口さんのベンチャー経営に関する考えや人生論とは?

本だけは、空いた時間に読めるので残している

— この部屋には本だけが並んでいますが、映画や音楽もよく鑑賞するのでしょうか。

出口治明会長兼CEO(以下、出口) 映画も音楽も、あと美術も大好きなんです。ただ、時間がないので全部捨ててしまった。前の会社にいるときは、例えば東京国立博物館など、いつも年始に年間チケットを買っていました。また、国際ビジネスをやっているときは、ニューヨークに行くことも多かったので、メトロポリタン美術館の年間会員券も買っていた。いつでもタダで入れるし、サービスも受けられますから。

— ベンチャー経営は、時間がありませんよね。

出口 そう。ライフネット生命というベンチャーをはじめたら、時間が全部なくなってしまった。けれど惜しいとは思いません。そう思うようなら、ベンチャーをやらなければいいんです。いいとこ取りは、できません。なにかひとつを選ぶということは、他を捨てるということです。だから美術館を巡ることも、ほぼ毎月2~3本観ていた映画を観ることも、音楽を聴きにいくことも、オペラを見にいくことも、好きなことはぜんぶやめてしまった。本だけは、空いた時間に読めるので残している、という感じですね。

— 自分のペースで、自分の読みたいように読めるので。

出口 そうです。あとは全部捨てて、本しか残っていない。

— 本を読む時間は、毎日割いているのですか。

出口 新聞3紙を朝1時間、本を寝る前に夜1時間、というのが生活のリズムになっています。1時間は眠る前に本を読まないと、何か気持ちがわるくて眠れないのです。もちろん時間があったらもっと読みたいのですが、たいてい時間がないので眠る前と後は移動の時間ですね。

— 読むスピードは早いのですか?

出口 普通の人よりは早いと思うのですが、ゆっくりじっくり読みますからね。いま鞄に入れているこの本(『「音楽の捧げもの」が生まれた晩: バッハとフリードリヒ大王』)だと、500pくらいのハードカバーなので、集中して読んで4~5時間ぐらいかな。あまり早くないです。でも、バッハも、ホーエンツォレルン家も「音楽の捧げもの」も全部好きなので、もう少し早くなるかもしれません(笑)。予備知識なくすーっと読めるので。

— 速読については、どう思われますか?

出口 速読は時間の無駄です。速読したければウィキペディアでも読んだほうがいい。速読は害悪に近いと思っています。読書は著者と話をすることです。人と話して速読されたいですか。僕はいやです。どの本もそれなりにロジックが組まれているはずなので、頭から読むのがいいのです。そしてじっくり吸収しつくす。

— 読書スタイルに関連してお伺いしますが、電子書籍は読まれますか?

出口 試みてみたのですが、僕の目には、本のほうが読みやすい。それだけのことです。身体が慣れているというだけ。本のほうがいいという訳でもないし、電子書籍がいいという訳でもなく、僕には、昔から本を読んできたので本のほうが慣れているというに過ぎない。価値観の押しつけは大嫌いなので、紙のほうがいいに決まっていると主張する人の気持ちがわかりません。僕はこっち(紙)のほうが好きだ、ということぐらいしか、言えないと思います。

知らない言葉があるかな、と思って
広辞苑を手あたり次第に読んでいたこともある

— この棚にある『広辞苑』が気になります。

出口 今度、(岩波書店の)雑誌『図書』に「あなたが選ぶ古典の3冊」とかいうテーマで書いてくれと言われたので、はいと返事をしたのです。そうしたら、この広辞苑を原稿料としていただきました。

— 原稿料が広辞苑(笑)。

出口 1500字くらいの文章で『広辞苑』をもらえるなんて、すごく経済効率がいいなと思いましたよ(笑)。僕は昔から『広辞苑』や辞書が大好きで。サラリーマンをしていたときに、入社したての頃ですが、あるとき早く仕事が終わったので本を読んでいたんですね。そしたら上司が怒るんですよ。おまえ仕事中に本を読むな、と。

— ありそうですね。

出口 「仕事は全部済んだのですが」と言ったんですが、「あほ、そういう問題じゃない」という答え。これを聞いて、この上司はアホやな、と思って、これ以上話してもしょうがないなと思ったんですね。そして、じゃあ何を読んだら怒られないか、と考えて、『広辞苑』や国語辞典を読んだり百科事典を読んだりしていました。

— すごい(笑)。

出口 そうすると、その上司は怒らないんですよ。『広辞苑』や百科事典を読んでいたら、こいつ仕事のために調べものしてるんだな、と思うみたいで(笑)。まぁそんなわけで、辞典類を読んでいるのは好きでした。

— 辞典を読む、というのは、気になった単語を読んでいくのですか?

出口 手当たり次第に読んでいきますね。そうだ。僕、カバが大好きなんですよ。

— カバ。動物のカバですよね。そういえば、本棚の上にもカバの置き物がありますね。

出口 僕がカバを好きになったのは、実は岩波の国語辞典がきっかけなんです。

— なんでですか?

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本棚は人を表す、といいます。本連載は、さまざまなプロフェッショナルの考え方・つくられ方を、その人のもつ本棚、読書遍歴、本に対する考え方などからひも解いていこうという試み。本がいまの自分をつくったという人から、ほとんど本を読まない人の本...もっと読む

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コメント

MaestroVonSeiji "@appbank: 辞書の話がおもしろかった" 約4年前 replyretweetfavorite

guri_co この人面白いなぁ 約4年前 replyretweetfavorite

appbank 辞書の話がおもしろかった 約4年前 replyretweetfavorite