近代史を踏まえて解決策を探る
加藤貞顕(以下、加藤) 猪瀬さんのご著書を読んでいて感じるのは、近代史をとても重視されていることです。近代の歴史を膨大な資料で調べて、それをストーリーにしている。『解決する力』に出てくる東電にまつわるお話も、近代史を踏まえた上で解決策を導こうとしているように読めました。
猪瀬直樹(以下、猪瀬) 僕はいつも、近代の歴史から物事を考えるんです。例えば、なぜ東京都が東電の筆頭株主なのかを知らなければ、どう対応するかの判断を間違えるかもしれないでしょう。あれは「チンチン電車」が元にあるんですよ。
加藤 チンチン電車……ですか?
猪瀬 東京にチンチン電車ができたのが明治44年(1911年)。有名な銀座のガス灯に火がともったのが大正時代、東京新橋を通っていた電車もまだ蒸気機関車だった。それよりも随分早かった。今は都電荒川線しか残っていないけど、最盛期には41系統もあったから、そのための電力供給が必要だった。
加藤 電気を確実に確保するために株をもつ必要があったと。
猪瀬 戦前は電力の絶対量が少なかった。まだ電力の販売が自由競争だったから、確実に入手するためには株主になる必要があった。だけど、日露戦争が始まる前に、それらの会社をまとめて統制会社にしてしまった。東京都はその株をずっと持っていたわけだ。そういった経緯から、あれは一般会計じゃなくて「バス事業特別会計」で計上されているんです。
加藤 えぇ? それは今もですか?
猪瀬 そう。都電が都バスに変わったから、そのまま引き継がれてきたんです。バス事業は非常に苦しい部門で、東電の株主配当で成り立っていた部分があるから、東電の経営が悪化したから今はけっこう辛いんだよね。
加藤 猪瀬さんは何かしようと決めた時に、実行までのスピードがとても早いですよね。『解決する力』にもありますが、東電病院の問題を株主総会で突きつけた時のスピード感たるや……。
猪瀬 あれはねえ、株主総会を直前に控えた時に、東電をどう攻めるか考えあぐねていたの。東電病院は一般診療を受け付けないから、113床のベッドのうち20床しか埋まっていなかった。ホテルだって稼働率7割超えてないと経営できないのにだよ。完全に赤字なのに、売却リストに東電病院が含まれていなかったわけだ。
加藤 その赤字が全て我々の電気料金で補填されていると。
猪瀬 ありえないよね。東電に尋ねたら、売却しない理由を「病院の職員が福島の人たちの支援にあたっているため」と回答してきた。こちらの調査では、これは非常に疑わしかったんだ。だから、どうにかしてそれが嘘である証拠を掴む必要があった。
調べると、立入検査は医療法に基づいて都道府県に一任されていたことがわかった。担当の福祉保健局の局長を呼んで、すぐに立ち入り検査をさせることにしたの。通常、立入検査の通告から検査までは2週間かける。だけど、翌週の水曜日に株主総会が行われるから、そんな時間はない。だから金曜日に通告して、翌火曜日に立入検査してしまった。そうしたら、土日には医者一人しか出勤していないことがわかった。つまり、福島に出せるほどの人出を使っていないわけ。で、その翌日が株主総会だった。
加藤 ドラマのような展開ですね。
猪瀬 当日、僕はこれを東電に突きつけたんだ。最初は副社長が弁解していたんだけど、勝俣会長が観念して「わかりました」と。
喧嘩というのは証拠を集めてディティールをつめて勝負する。これは法廷でもどこでも同じ事だね。あとはスピード感。間を置いたらやられちゃうから。時間をかけて確認していたら、証拠がどこかに消えてしまうかもしれないからね。
猪瀬流読書術とは
加藤 多くの資料と向き合ってまとめてきた経験は、猪瀬さんのそういった問題発見能力にも役立っているのでしょうか。
猪瀬 そうですね。それが先に言った、年を重ねる中で積んできた経験と言えます。例えばね、官僚がよく「レク」というのをやるでしょう?
加藤 専門の係が政治家にする「レクチャー」のことですね。
猪瀬 僕が副知事になる前のことだけど、石原さんが怒ったそうなんだ。「都知事に対してレク(講義)はおかしい。ブリーフィング(報告)だから“ブリ”にしろ」って。
加藤 確かに立場を考えるとブリが正しいかもしれませんね。
猪瀬 僕に対しては面倒だからレクでいいって言ったんだけど(笑)。ただ、ブリの前に必ずレクを入れるようにさせたんです。石原さんに上がってくる案件は、かならず僕が一度目を通すぞと。そうするとね、時々数字をごまかした資料が紛れ込んでくるんですよ。怪しいなと思った時に「これはなんだ?」って聞くと、担当は必ず答えられなくなる。そういったものが、感覚的にわかるんですね。
加藤 ものすごくたくさんの資料を見るわけですよね。それを経験と感覚で見分けているんですか。
猪瀬 ある程度は直感力だね。もう一つは、子供の頃からなんだけど、頭の中で写真を撮る感覚があるんです。本や資料を開いて、「ここだな」というところでシャッターを切る。それを頭の中でデジタル化して、いつでも検索できるようにしておくわけです。
加藤 ええ! もう少し詳しくうかがいたいんですが、開いた本のページがそのまま頭の中に保存されるんですか。
猪瀬 ちょっと違うな。そこから浮かび上がってくる風景や人物が出てくるシーンを撮るんです。カメラマンは感動があるからシャッターを切るわけでしょう? 同じように「ここだ」って感じる瞬間があるんです。これでおかしいところがある資料は見つけられる。
加藤 それは子供の頃からなんですか?
猪瀬 子供の頃からシャッターをたくさん切ってきて、全て保存されているね。それを検索するとぱっと出てくるんです。たまったものを固定観念化しないで、新しい事実が出てきた時の参考資料に使う。それを貯めてきたことが、僕にとって年を取るということだな。
加藤 おおお、不思議な能力ですね。それでも、役所が出してくる資料は膨大ですよね。どれくらいのスピードで処理していくんですか。
猪瀬 これくらいだよ(文庫本のページを1秒も見ないで次々めくっていく)。こうやってパパパっとめくって、ここだなというところで止まってじっとみる。これがシャッターだね。
加藤 そんなに早いんですか!
猪瀬 あと、これは読書のコツなんだけど、買ったら必ず10分読むこと。どのページでもいい。10分読めばある程度は記憶に残るでしょ? どこかでふっと思い出した時に読み返せばいいんです。本当に必要な本というのは、100冊に1冊くらいですから、それは出会った時に気がつきますよ。
加藤 完全な積読はしないわけですね。
猪瀬 必ず10分は読んで、頭の中でインデックス化するんです。全部読み終えて、ああ面白かった!ってすぐに忘れちゃったら意味が無い。もちろん娯楽ならそれでいいんだけど、時間は有限だから、娯楽と好奇心を同時に刺激してくれる本を読むべきだね。
家長の鴎外、放蕩息子の漱石
加藤 もう一つ、猪瀬さんにぜひうかがいたかったのは、夏目漱石の話なんです。大半の識者が漱石を大絶賛している中、猪瀬さんは漱石を批判している数少ないお一人ですよね。
猪瀬 漱石の作品が内包しているものが、日本が抱えている問題そのものだと思っているんです。たとえば『こころ』という作品の登場人物は、全員が不労所得者なんですよね。お金を稼いでいる現場がひとつも出てこない。友だちを裏切ったとか、そういう自意識の問題をテーマにしているけれど、裏切りなんてビジネスの世界では当たり前の話でしょう。
加藤 その通りですね。僕もそうですが、名作というだけで誰もそういう視点を持てなかった。
猪瀬 『こころ』のなかで唯一面白かったのは、普段は非常に冷静な「先生」が、突然自分のおじさんの悪口を言い始める場面。「先生」は、父親の相続をおじさんに横取りされたことに怒りだす。ここだけリアリティがある。本当は、お金の話をおざなりにして、物語をつくることはできないんだよ。だから、この部分にだけリアリティ出たんだね。
加藤 一方で、森鴎外を高く評価されていますよね。
猪瀬 鴎外は昼に仕事をして、夜に原稿を書いていたからね。
加藤 立場として共感できると(笑)。
猪瀬 それは冗談だけど、漱石と比較するとわかりやすいんだ。漱石は国からお金をもらってイギリスに留学しました。それで、近代化が進んだロンドンの街を見てショックを受けるわけだ。
加藤 日本は非常に遅れていると感じたんですね。
猪瀬 江戸時代から未来に飛ぶようなものだからね。漱石が帰ってきた後、東京の街をみすぼらしく感じても仕方がない。
そうこうしているうちに、日露戦争で日本は勝ってしまう。それはすごいことなんだけど、それでも漱石は日本を薄っぺらな近代だと思っている。それで、『三四郎』の中で漱石は、戦勝に喜ぶ人々の中「(この国は)滅びるね」とつぶやく男の姿を描いた。でもね、漱石はそこまでしか書かないんだ。
加藤 そこまで、ですか。
猪瀬 鴎外はそこで終わらないんです。『天皇の影法師』(朝日文庫)という本で書いたけど、鴎外は最後の仕事として元号考、つまり元号を考える仕事につく。鴎外はちゃんとした元号を付けるために、歴代の元号を中国の原典から確認した。すると、今の「大正」という元号は、すでに越(ベトナム)で使われていたことがわかった。しかも「正」という字は「一にして止む」と書いて縁起が良くない。そんなことも知らずに大事な元号が付けられていたのかと、鴎外もまたショックを受けたわけだ。我々が作ってきた近代はハリボテじゃないかと。だから自分はちゃんとした元号を考えなければならない。鴎外は明治を作ってきた人間の一人として、責任を取ろうとしたわけ。
加藤 漱石はニヒリズムに走ったけど、鴎外は責任を取ろうとしたと。
猪瀬 だけど、鴎外は志半ばで亡くなる。そして、鴎外のような「資料を精査し、記録を残す」という文学の系統も途絶えてしまう。そこで残ったのが夏目漱石だった。その系譜は芥川龍之介、太宰治に引き継がれてしまう。
芥川龍之介に『藪の中』という、映画『羅生門』の原作になった有名な作品がありますね。あの話のオチは、結局「藪の中」ってことなの。決して解決してない。漱石以降、こういう解決しない小説が広まってしまった。文学はこういうものだという考えが広まってしまったんです。
加藤 その考えは、現代の文学にまで残っているんでしょうか?
猪瀬 その系譜は、村上春樹さんにまで流れてきているでしょう。村上さんの作品が悪いとは思わない。だけれど、それは文学の一つの側面でしかなかったはず。家長的な鴎外が途絶えて、放蕩息子の漱石が生き残る。政治という家長が機能せずに、官僚という放蕩息子がこの国を動かし、いまだに決着をつけられない日本と同じことなんです。だから、今この国に必要なのは、決着が付けられる人間なんだ。それは政治家でも作家でも、そういう人間でなければいけないということだね。
加藤 なるほど。確かにそうですね。しかしそんなお話を聞くと、この先猪瀬さんが作家として、そして政治家として、どのような決着をつけられるかに期待してしまいますね。
猪瀬 その辺はまかせておいてください。ちゃんとやるよ(笑)。
加藤 本日はお忙しいところにありがとうございました!

猪瀬直樹(いのせ・なおき)
作家。1946年、長野県生まれ。87年『ミカドの肖像』で第18回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。『日本国の研究』で96年度文藝春秋読者賞受賞。以降、特殊法人等の廃止・民営化に取り組み、2002年6月末、小泉首相より道路関係四公団民営化推進委員会委員に任命される。その戦いを描いた『道路の権力』(文春文庫)に続き『道路の決着』(文春文庫)が刊行された。
06年10月、東京工業大学特任教授、07年6月、東京都副知事に任命される。
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インタビュアー

加藤 貞顕(かとう・さだあき)
ピースオブケイク代表取締役CEO・編集者。アスキー、ダイヤモンド社で雑誌、書籍、電子書籍の編集に携わる。おもな担当書は『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』、『スタバではグランデを買え!』、『なぜ投資のプロはサルに負けるのか?』(以上ダイヤモンド社)、『英語耳』など。独立後、2011年12月に株式会社ピースオブケイクを設立。12年9月に当サイト「cakes(ケイクス)」をオープン。
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