chapter1-6 愛の方程式

非モテな人生を送っていた僕は、気晴らしに行った六本木のバーで取引先の思わぬ人に出くわすことになった。

「非モテコミット?」

「非モテコミットというのは、お前みたいな欲求不満の男が、ちょっとやさしくしてくれた女を簡単に好きになり、もうこの女しかいないと思いつめて、その女のことばかり考えて、その女に好かれようと必死にアプローチすることだ」

「でも、それはその女の人のことを愛しているということじゃないんですか?」

「似たようなものかもしれない。どっちにしろ結果は同じだがな。女はこういう男をキモいと思うか、上手く利用して搾取しようとするかのどっちかしかしないんだよ」

 確かに、思いつめて麻衣子の携帯を見た僕は、キモいと思われて逃げられた。それでも麻衣子に非モテコミットし続けたら、麻衣子は突然連絡してきて、高いプレゼントだけありがたく受け取ると、そのまま去っていった。美奈もさんざん僕を利用したあげくに、何も与えてくれなかった。しかし、非モテコミットと愛することのちがいは何だろうか……。

「フレンドシップ戦略というのはなんですか?」

「お前みたいなモテない男が、非モテコミットした女にアプローチするときにやる、唯一の戦略だよ。まずはセックスしたいなんてことはおくびにも出さずに、親切にしたりして友だちになろうとする。それで友だちとしての親密度をどんどん深めていって、最後に告白なんかして彼女になってもらい、セックスしようとする戦略のことだ」

「まずは友だちになる、というのはダメなんですか?」

「基本的にはダメだ。なぜなら女は男と出会うと、そいつが将来セックスしたり、恋人にするかもしれない男か、ただの友だちにする男かをすぐに仕分けてしまう。いったん友だちフォルダに入れられると、そこからまた男フォルダに移動するのは至難の業だ」

 僕みたいな害がなさそうな男は、幸いなことに女の人と友だちになることまではできた。しかし、そんなふうに僕が女友だちと親交を深めていっても、性的な興味があることを示すと、とたんに疎遠になってしまうのだった。しかも、友だちといっても、それは美奈との関係のように、男である僕が一方的に何かを与え続けるわけで、対等な関係というものではなかった。

「だったら、僕はどうすればよかったんですか?」

「お前は恋愛というものを重く考え過ぎなんだ。いや、ある意味ではまったく考えていない」

「重く考え過ぎで、考えてもいない?」

「お前は、恋愛だとか、好きな女だとかを何か神聖なものというか、特別な存在だと思っている」

「そりゃ、そうですよ」

「お前は勉強や仕事では方法論について考えたり、効率的に目的が達成できるように努力するよな。恋愛でも、それと同じように行動しているのか?」

「いや、だって、恋愛って、やっぱりちがうものですよね」

「恋愛も、勉強や仕事といっしょで、効率よくやるべきものだ。最小限の努力で最大限の成果を得る。生産性が大切だってことだよ。恋愛なんて、ただの確率のゲームに過ぎないんだから、正しい方法論があるんだ」永沢さんはそう言うと、テーブルの上のナプキンに、ボールペンで数式を書きはじめた。

モテ = ヒットレシオ × 試行回数

「いいか。男の恋愛なんて所詮はこの一本の方程式で表される通りなんだ」永沢さんは言った。「まずは女と出会う。それから連絡先を聞き出して、居酒屋でもフレンチでもなんでもいいけど飲みに誘う。もちろん、昼間にカフェで会うのだっていいし、クラブやバーで出会って、連絡先なんか聞かずにそのままってこともある。とにかくふたりきりで話す機会を作る。それから手をつないだり、キスしたりして、家に連れ込むなり、ホテルに誘うなりする。最後にセックスするわけだ」

「それで1回の試行、ということですか?」

「そうだ。そしてその試行が上手くいく確率、つまり女が喜んで股を開く確率がヒットレシオ」

「なるほど」

「お前みたいな欲求不満の平凡な男のヒットレシオは、試行回数の定義にもよるが、10%も行けばいいほうだ。それからまともにトライできる女の数は、年に3人ぐらいってとこだな。そうすると1年当たりに獲得できる女の期待値は、10%×3人=0.3人。お前は男子校出身で、いま27歳だったよな?」

「そうですけど」

「大学に入ってから恋愛市場に曲がりなりにも参戦して、9年目ってことか。0.3×9=2.7だから、大体2、3人か。お前、生まれてからいままでにやった女の数は2人か3人ぐらいだろ?」

「ぴったり2人ですよ! あっ、それって風俗嬢とかは含まないんですよね?」

「もちろん含まない」永沢さんはそう言うと焼き鳥を頬張りながら、計算が当たったことに満足そうな表情を浮かべた。それから永沢さんは携帯を取り出して、「面白いものを見せてやる」と言った。「いま何時だ?」

「ちょうど8時半です」

「会社の接待だとか、合コンだとか、デートだとか、ディナーは大体7時〜7時半ぐらいにはじまる。今日みたいに」

「それが何か?」

「つまり、この時間は合コンだったら、お前みたいな欲求不満の男どもがどうやって二次会につなげるか必死で考えている時間だ。接待だったら、そろそろデザートかもしれない。デートだったら、やっぱりお前みたいなセックス不足の男が、今夜は最後まで行けますように、と神様に祈りながら、期待に胸と股間をふくらませているところだ。いずれにしても、これより先は女にとって完全なプライベートな時間になる。つまり好きな男と時間を過ごしたいわけだ」

 そう言うと永沢さんはLINEを開いた。かわいい女の子のアイコンがずらりと並んでいる。それからひとりを選んで、[いま何してるの?]とメッセージを送った。

「この女は彼氏がいるんだが、この前、俺とやった」

「彼氏がいるのに!? それって、ひどくないですか」

 永沢さんは、僕が言ったことを無視して、さっきのナプキンを、また僕に見せた。「この方程式のヒットレシオと試行回数を最大化するために、様々な恋愛工学のテクノロジーが開発されているんだ」

「れ、れんあいこうがく?」

「進化生物学や心理学の膨大な研究成果を基に、金融工学のフレームワークを使って、ナンパ理論を科学の域にまで高めたものだ」永沢さんはまた焼き鳥を口に運んだ。僕はビールをゴクリと飲み込んだ。しばらくすると、さっきメッセージを送った女の子から返事が来たようだ。

[飲み会。もうすぐ終わるよ。圭一さんは何してるの?]

 永沢さんは、僕に見せながらメッセージを返した。[俺もディナーがもうすぐ終わるところ。今夜会う?]

「いいか、わたなべ。恋愛というのはスキルと確率のゲームなんだよ。頭を使って効率よくプレイしないとダメなんだ」永沢さんがそう言うと、さっきの女の子から返事がきた。

[会いたい! どこにいけばいいの?]

 僕は不愉快になって、「永沢さん、ゲームって、ちょっとひどいんじゃないですか?」と言った。この女の子だって、永沢さんのことが好きだから、大好きだからこんなふうにすぐに会いたがっているのに、それをゲームだなんて。

「おやおや、わたなべ君。『ひどい』とはあんまりじゃないか」永沢さんはLINEでこの店の名前を彼女に送っていた。

「でも、やっぱり女の子と友だちになって、好きになって、それからやさしくして、結ばれるのが恋愛じゃないんですか? 非モテコミットとかフレンドシップ戦略と永沢さんは馬鹿にしますが、たとえば『世界の中心で、愛をさけぶ』というラブストーリーでは、まさに友情から恋に発展し、そして、ひとりの女性を愛し続ける、死んでしまったあとでさえ、ずっとずっと愛し続ける、という話じゃないですか。ドラえもんのしずかちゃんだって、最後は、何の取り柄もなかったけどずっと一途だったのび太を選ぶんですよ。やっぱり、非モテコミットでも何でも、本当に愛し続ければ、いつかは報われるんじゃないですか?」

「だったら、そんなわたなべ君に、女たちはどうやって報いてきたと言うんだい? 現実はフィクションのようにうまく行ったのか?」

 永沢さんの言う通りだった。好きになった女たちが僕にしたことは、酷い仕打ちだけだ。女たちは、永沢さんみたいないけ好かない男たちに、みんな持っていかれた。

「もうすぐ、この彼氏持ちの女は俺に会いに来る。おそらく彼氏とのデートを切り上げて」

 麻衣子が僕とのディナーのあとに、急に用事ができて帰ってしまったことが幾度となくあったことを思い出していた。「永沢さん、僕に恋愛工学を教えてください!」

「なぜだ?」

「やはり、女の子を幸せにするには、まずは僕自身がモテないといけない。そのためには、僕も力をつけないといけないと……」

「うん? 何を言ってるのか、よくわからんぞ」

「永沢さん、僕、永沢さんみたいに、女に求められたいです。セックスがしたいです!」

「わかったよ。ただし条件がある」

「どんな条件でも言ってください」

「いまから言うふたつのルールを絶対に守ってもらう。いいね」

<ルール#1 恋愛工学のことは決して人に言わないこと>

<ルール#2 俺がなぜ恋愛工学なんてものを知っているのか決して聞かないこと>

「恋愛工学のテクノロジーは特許じゃ守れない。たくさんの男が恋愛工学を使えば、その優位性は薄れてしまう。だから、これからわたなべが学ぶことは、君と俺だけの秘密だ。それに、俺たちが会社が終わったあとに、毎晩こんな活動をしているなんてことを人に知られても、何もいいことがない。わかるね?」

「もちろんです」

「お前の場合は、まずは試行回数が決定的に少ない。これを圧倒的に増やさなければ」

「それは僕も常々思っていたことです。永沢さんが、僕を合コンに呼んだりしてくれるんですか?」

「そんなふうに魚を直接やったりなんかしないよ。俺がお前に教えてやるのは、魚の釣り方のほうだ。まずは50人にトライだな」

「えっ、1年に3人やそこらだったのが、1年に50人もですか?」

「1年? 1日に50人だよ」


次回、「chapter2-1 トライアスロンがはじまる」は9/18更新予定


藤沢数希さんが描く純愛小説、ついに書籍化! 『ぼくは愛を証明しようと思う。』6/24(水)発売予定です。

ぼくは愛を証明しようと思う。
ぼくは愛を証明しようと思う。


今回のストーリーを深く理解するために、以下のバックナンバーが参考になります。
●モテの方程式
『週刊金融日記 創刊号 モテの方程式』
●非モテコミット
『週刊金融日記 第36号 失敗を約束される非モテコミット』
●非モテコミット×フレンドシップ戦略
『週刊金融日記 第80号 なぜラブストーリーは全て非モテコミット×フレンドシップ戦略なのだろうか?』
そのほかの主要な恋愛工学に関する論文は、こちらで紹介されています。

noteでは、藤沢数希さんの人気メルマガ『週刊金融日記』の継続購読が大好評。
お申込みいただくと、初月は無料でお読みいただけます!

週刊金融日記

政治、経済、ビジネス、そして恋愛工学について毎週メルマガをお届けします。不特定多数が閲覧するブログ『金融日記』では書けないディープで具体的なお話が満載。

この連載について

初回を読む
ぼくは愛を証明しようと思う。

藤沢数希

恋人に捨てられ、気になる女性には見向きもされず、非モテな人生をおくる主人公のわたなべ。ある日、恋愛工学と出会い、彼の人生は大きく動き出す……。 ファイナンス、経済学、エネルギー政策に関する著作をもち、リスク・マネジ...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

larcfortdunord 復習。何度読んでも男子必読やな。 約2年前 replyretweetfavorite

goph_ 懐かしい内容! 2年以上前 replyretweetfavorite

kuniken_817 毎週月曜日(金融日記)と木曜日が待ち遠しい。 2年以上前 replyretweetfavorite

satoshifuziwara やっぱり『ザ・プロフィット』の恋愛工学版だ。めちゃおもろくなりそうですね。 2年以上前 replyretweetfavorite