平野啓一郎 vol 1. 三島由紀夫から広がっていった文学体験

さまざまなプロフェッショナルの生き方を、その人の読書遍歴、本に対する考え方などからひもといていくインタビュー。今回のゲストは、6月30日に新作『透明な迷宮』を上梓した芥川賞作家の平野啓一郎さんです。文学や音楽に造詣が深く、デビュー作の『日蝕』ではその壮麗な文体も話題となった平野さんは、中高生の頃どんな作品が好きだったのでしょうか。

三島由紀夫が好きで、太宰治が嫌いだった理由

—平野さんは小さい頃、どんな本を読まれていましたか?

平野啓一郎(以下、平野) 小学校の頃は、学校の図書館で江戸川乱歩の「少年探偵団」シリーズなどを読んでいました。あとは、伝記。それから図鑑も好きでした。でも、国語の授業などですすめられていた日本の名作といったものは、あまりおもしろいと思っていなかったんです。

—平野さんといえば、名作とうたわれる国内外の古典的な文学作品を愛好していらっしゃる印象があったのですが、最初は興味がなかったんですね。

平野 そういった作品に興味を持ち始めたのは、中学生の頃からですね。14歳のときに三島由紀夫の『金閣寺』を読んで、大変なショックを受けたのがきっかけです。まず驚いたのは、文体。絢爛豪華で、今まで自分が読んでいた日本語とまったく違っていました。また、ロジックが明晰な上に、表現も華麗なんです。「こんな言い回しがあるのか!」とページをめくるたびに感動がありました。何より、主人公が暗いところがいいなあ、と(笑)。10代の悩める時期に読んだものですから、その暗さがたまらなかったんですよね。「嘲笑というものは何と眩しいものだろう。」と書かれているのを読んで、ああ、本当にそうだなぁ、とか。

—暗さがたまらない(笑)。中学生で暗い文学作品にハマるとなると、太宰治の『人間失格』などにいく人が多いですよね。なぜ、太宰じゃなくて三島だったのでしょう。

平野 いま読むと、太宰はすごい才能だとわかります。でも当時は、太宰作品の主人公の「ああ、こういうやついるな」という感じが嫌いだったんです。『人間失格』でも鉄棒の練習であえて失敗して笑いをとった主人公が「ワザ。ワザ」(わざとやったんだろう)とクラスメイトに言われて、ドキッとするシーンがありますよね。そういう人、小説で読まなくたって現実にいっぱいいるじゃないですか(笑)。

—イタいやつ、ですね(笑)。たしかに、中学生くらいだとたくさんいます。

平野 また、太宰作品というのはどこか、「おれは繊細でだめなやつ」と言いながらも、ナルシスティックで、まわりに対して屈折した優越感を持っている。でも僕は、そんなにまわりの人間が主人公に比べて嫌なやつだとは思えなかった。当時はトーマス・マンの作品も読んでいたのですが、彼の社会の見方が、僕にはすごくしっくり来たんです。19世紀のフランス文学などでは、よく芸術や文学に傾倒している人間が、プチブルジョワ的な小金持ちを揶揄するという関係性が描かれています。でもトーマス・マンの作品では、芸術や文学の世界もいいけれど、市民社会もけっこう立派なもので、どちらで生きていったらいいかわからないと揺れ動く主人公が描かれていたんです。そっちの方が、僕自身の社会に対する実感と近かったんですね。

—『金閣寺』以外で、影響を受けた三島作品はありますか?

平野 『仮面の告白』、『鏡子の家』、『豊饒の海』四部作……あと、10代の頃は短編に魅了されていました。才気がほとばしっているというか、「ああ、この人は天才だ!」という感じがしました。「ねばならない」という表現が多いんですよ。「金閣を焼かなければならぬ」が典型的ですけど。それが、まったくストンと腑に落ちないんです(笑)。その理解を超えたところに、「この人はすごい人だ」という感覚をおぼえていました。

19世紀のフランス文学にのめり込んだ高校時代

—トーマス・マンを読み始めたのは、何がきっかけだったのでしょうか。

平野 三島由紀夫が言及していたからですね。僕は音楽もそうなのですが、好きになった作家・アーティストが影響を受けたものに興味がわくんです。だから三島由紀夫に関連して、バルザック、フローベルといった19世紀のフランス文学も次々と読むようになりました。また、日本の作家も、谷崎潤一郎、川端康成、森鴎外、泉鏡花といった作品を読みました。そうして、三島が影響を受けた作家の本を読み、三島の別の作品も読んでから、もう一度『金閣寺』に戻ってくると、最初に読んだ時よりも深く理解できるようになったんですよ。

—なるほど。

平野 それをまた繰り返して三度目に読んだときは、もっとよくわかった気がしました。それが、僕が読書をおもしろいと感じた原体験です。1冊の本の背景にたくさんの本がリンクされ、世界が広がっていく。

—いまあげていただいた作家で、好きだったタイトルはどんなものがありますか?

平野 トーマス・マンだと『トニオ・クレーゲル』、『ベニスに死す』、あと『道化者』という短編がすごく心に響きました。精神的には優れたものをもっているけれど、実生活では満たされない生活を送っている主人公の話です。10代の頃は、自分が将来どうなるのか悶々としていたので、その心境にマッチしたんですよね。あとは『ブッデンブローク家の人々』。『魔の山』とかはもっとあとですね。バルザックは高校生になって「恋愛小説というものを読みたいな」と思い、『谷間の百合』を手にしたのが最初です。でもそうしたら、冒頭から幼少時代のつらい話が延々と続いて、全然恋愛が始まらない(笑)。

—期待していた内容とは違ったんですね(笑)。

平野 やっと途中から恋愛が始まったと思ったら、主人公が相手の女性に抱いているのが聖母崇拝的な感情であることに戸惑いました。やはりキリスト教の影響が強いんですよね。10代の自分が求めていた恋愛とは全然違うな、と(笑)。ただ、「こういうのがヨーロッパ人の恋愛というものなのか」という、文化や信仰の違いに触れた感じはしました。あと、僕が一番好きだったのは、ボードレールやランボーなどの、フランスの象徴派の詩人の翻訳物。それは心情的にもピタッときましたし、詩の世界観を表現するために、明治から大正にかけての翻訳家たちがつくりだした美しい文体にものすごく惹かれました。デビュー作の『日蝕』の文体などは、その影響が大きいですね。

—本は自分で買って読んでいたんですか?

平野 そうですね。僕は田舎の文学少年だったわけですが、田舎の小さな書店って最新の文芸書などはなかなか置いてないんですよ。だからもっぱら、文庫でした。特に岩波文庫のクラシックな名作を買い続けていました。読み始めると、コレクション的な欲求もわいてきましたね。岩波文庫は海外文学が「赤帯」といってピンクの色をしているんです。その赤帯の各本の巻末についているタイトルリストを右から読んでいくのが楽しみでした。ひとつ読んで作品名を消していくたびに、「ああだいぶ読んだな」という実感がわきました。買った本が本棚に並んでいくのもうれしくて、そういうことも本を読む喜びの一つだったように思います。

小説家の「やりたいこと」「できること」「すべきこと」

—小説家になる前、文章を書き始めたのはいつですか?

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本棚は人を表す、といいます。本連載は、さまざまなプロフェッショナルの考え方・つくられ方を、その人のもつ本棚、読書遍歴、本に対する考え方などからひも解いていこうという試み。本がいまの自分をつくったという人から、ほとんど本を読まない人の本...もっと読む

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コメント

YOSLVM @mish0107 ビンゴですか。バンザイw 1つだとホワイトアウトですかね…僕は賞とかあまり意識してません。タイトルと作者をイメージしながら…勘です。 3年以上前 replyretweetfavorite

geela71 私も中学生の頃三島由紀夫が好きで、太宰治のナルシシズムが苦手でした。今は文体の美しさを再認識しています。 4年弱前 replyretweetfavorite

IRHTMHR 平野さんの本、読んでみたくなった。 4年弱前 replyretweetfavorite

orenoarts 素晴らしいわぁ。 http://t.co/C8Uvdy19uZ 4年弱前 replyretweetfavorite