第3章 幽鬼 ―勇気―
ゆうき【幽鬼】
(1)亡霊。幽霊。
(2)ばけもの。おばけ。
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なんて気味の悪い屋敷なんだ。
三階建ての古びた洋館を見上げ、たけしは二の腕をこすった。
分厚いダウンジャケットを身につけているから、まだ誰にも気づかれていないが、両腕にはびっしりと鳥肌が立っている。卓郎がいなければ、たぶん大声で泣きわめき、ソッコー逃げ出していたに違いない。
頭に超がつくほどの臆病者であることは、充分すぎるほど自覚していた。とくに、幽霊や宇宙人など、得体の知れないものは大キライだ。
だから、化け物が棲みついていると噂されるここ——ジェイルハウスにはこれまで一度も近づいたことがなかった。ジェイルハウスの先にあるゲームセンターへ出かけるときですら、わざわざ遠回りをしていたくらいである。
ジェイルハウスの前で待っててくれ、と卓郎の連絡を受けたときからずっと、手の震えが止まらなかった。美香には寒さのせいだとごまかしたが、本当は違う。怖くてたまらないのだ。しかし、だからといって、卓郎の命令を断れるはずもない。断れば、幽霊よりも恐ろしい仕打ちが待ち受けているに決まっている。
冗談じゃない。
たけしは毒づいた。もちろん、声に出すことはない。
ジェイルハウスは一時的な待ち合わせ場所で、そこからゲーセンにでも移動するのだとばかり思っていた。それがまさか、門扉を押し開けて敷地内に足を踏み入れることになるとは。
夢なら早く覚めてくれ。
目を閉じ、ひたすらそう祈る。
ここに新しいホームセンターを作るだって? あまりにも馬鹿げた考えだ。こんな呪われた場所に、誰が好きこのんで買い物になんて来るものか。絶対、うまくいくはずがない。
今すぐにでも卓郎の父親に助言してやりたかったが、たけしがそんなことをいい出したところで、鼻で笑われるのは目に見えていた。
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