男ともだち』を頂戴!—薄気味悪い書店員のオススメ

有楽町の三省堂書店は、世にも不思議な謎に満ちている。そこに迷い込んだお客は、いつの間にか本を手に取りレジに並んでしまうという――。カリスマPOP職人であり、人気書店のTwitterの中の人として知られる書店員・新井見枝香さんの愛と妄想が炸裂した書評をお届けします。
今回は、直木賞の候補作になった千早茜さんの『男ともだち』について、新井さんの愛と妄想が渦巻きます!

男ともだち
『男ともだち』千早茜

「お待たせいたしましたー。シロノワールです」

 大きくて丸いデニッシュの上に、ソフトクリームがどっしりと腰を下ろした、この喫茶店の看板メニューを間にはさみ、向かい合った私たちは話を続ける。

「ちえりちゃんが送ってくれた写メ、超びっくりしたよ! くわしーく聞きたいんだけど!」
「うふふ、自分でもびっくりなんだけど、トントンと話が進んじゃって、ふたりで妙高山に行ってきたよ」
「ひえー、あの男の人とふたりっきりで?」
「うん、ケーブルカーにも乗って、山頂まで3時間くらいかな?」
「ふうん、どこにあるんだっけ? 現地集合?」
「ううん、新宿で拾ってもらって新潟までビューッと」
「車ァ?! あ、あんたっって子は! ビューッてラブホに連れ込まれたらどうすんのさ!」
「あはは、そういう心配は全然ないから。彼はともだちだよ」
「……男ともだち」

 私は一瞬、小説の『男ともだち』を思い出したが、すぐにそんなわけはないと頭を振る。あれは、私の理想の物語。

 ちえりちゃんとは、学生時代からのともだちだ。色白ロングヘアで、ほっそりしたお嬢様風だが、山登りという意外な趣味を持っている。もうお互い30歳を超えて長い付き合いだが、これまでずっと密に連絡を取り合ってきたわけではない。卒業後は数年会わない時もあったし、突然、週に何度も長電話をするときもあった。
 私は山どころか散歩に出るのも億劫なインドア派だが、小説を読むという共通の趣味のおかげで、今まで途切れず続いてきたのだと思う。

 先週、1年ぶりにちえりちゃんからメールが届いたと思ったら、とても気になる写真が添付されていたので、真相を問いただすために、大学時代によく遊んだ池袋に呼び出したのだ。

「ねぇ、ちえりちゃんさ、あのゴリラ顔の婚約者はどうしたのよ」
「ごうくん?」
「そうそう」

 写メの男は、ごうくんとは似ても似つかない、アイドル顔だった。無邪気に頬を寄せ合うふたりは、どう見てもお似合いのカップルなのだが。

「順調だよ? この前も一緒にゼクシィ見て、式場見学行ったし」
「なんで山もごうくんと登んないのよ。あのムキムキ男、ファイトいっぷぁーつ!とかやりそうじゃん」
「ハハハ! いや、ごうくんの興味があるのは筋トレだけなの。ちなみに音楽は長渕剛だけ」

 音楽大学でピアノを専攻していた彼女は、小学校の音楽の先生になり、同僚の体育の先生「ごうくん」と婚約をして、今は一緒に暮らしている。なぜかホルンを専攻していたのに書店員になってしまい、仕事で出会う出版社の編集者や担当営業と刹那的な関係を結んでは後悔をする日々を送る私とは大違いだ。

「ごうくん、クラシックのコンサート連れて行っても、3分で寝ちゃうんだよ」
「うわちゃー! それじゃぁ、全然聴きに行ってないの?」
「ううん、たまに。先週も行ったよ、教授のオケ」
「えっ……教授って。もしや、まだ続いてんの?」
「うふふ、まぁね」

 ちえりちゃんはさして後ろめたそうでもなく、ニッコリと笑って答えた。ついこちらもニッコリ笑って、「そう、よかったね~」と言いそうになるが、よくはない。

 ちえりちゃんは学生時代から、指揮科の教授と不倫していた。もう10年も経つから、教授はもうおじいちゃんに近い年齢だ。別に軽蔑はしないが、彼女にはそういう奔放で危ういところがあった。

「それでどうして突然、男ともだちの彼から連絡があったわけ?」
「うーん、わかんない。でも、今すぐ会おうって」
「10年以上会ってなかったんでしょ?」
「うん、まあね。別に喧嘩したわけじゃなくて、子供ん時からずっと仲良かったけど、お互い高校生になって恋人ができて、なんか自然に離れただけだから」
「でもさぁ、すごい変わっちゃってるかもしんないじゃん」
「いやぁ、驚くほどあのまんまだったよ。私だって変わったかもしんないけど、会った瞬間に中学生だった頃に戻っちゃった」
「でもきれいな顔だよねー。ジャニーズにいそう」
「うーん、そう? 新井ちゃんみたいに面食いじゃないからよくわかんないけど」
「でもあんなに美しい男の子だと、恥ずかしくてエッチできない」
「ちょっとやめてよ~。そういう風に見たことないし」

 ちえりちゃんは顔を赤らめるどころか、本当に嫌そうに顔をしかめている。

「ふたりっきりで新潟までドライブして、山登って、帰りに温泉宿って、モロそういうムードじゃん。まさか別々の部屋に泊まったの?」
「ううん、一緒の部屋だったよ、そっちのが安いし。でも、映画一本観て、仲良く眠った」
「仲良く眠っただけ? ふぎゃー! それって……それって……」
「やっぱ三十路同士の男女でそれって、変なのかなぁ。宿の人にも、旦那さんかっこいいわねって言われたし。でもほんとうに、そういう風になる関係じゃないの。付き合いの長い新井ちゃんなら、引かないでくれるかなって思って、話したんだけど……」

 私は、不安そうにしているちえりちゃんの腕に手を伸ばして、ぎゅっと掴んだ。

「ううん、引くどころかむしろ私、倒れるほどうらやましい」

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なぜ有楽町の三省堂書店は手ぶらで帰してくれないのか

新井見枝香

有楽町の三省堂書店は、世にも不思議な謎に満ちている。そこに迷い込んだお客は、いつの間にか本を手に取りレジに並んでしまうという――。カリスマPOP職人であり、人気書店のTwitterの中の人として知られる書店員・新井見枝香さんの愛と妄想...もっと読む

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コメント

hon_web 大笑いしながら、ちょっと切ない気分にもなりましたw 3年以上前 replyretweetfavorite

yrakch_sanseido 書いてよかった!“@ryoma200: このコラムを読んで買わない人はいない!” 3年以上前 replyretweetfavorite

ryoma200 このコラムを読んで買わない人はいない! 3年以上前 replyretweetfavorite

stillsteeldown 女のいない男たちに似てる。どちらも書評しか読んでない 3年以上前 replyretweetfavorite